第50話 魂を呼ぶとき
細い針のような雨が、朝からずっと降っている。
晴明、ブルーセ、ミシェルの3人は薄暗い森を慎重に歩いている。マクベトを倒し、アリアネルを取り戻すためだ。
マクベトの居場所はおおよその検討がついている。晴明は多数の式神を飛ばし、その正確な位置を探査していた。
「……見つけたぞ」
晴明が声を上げる。式神「揚羽」のうちの一つが、木のウロで休むアリアネルの姿を捉えた。
ぼんやりと虚空を眺めるアリアネルの眼は赤く染まっている。
「やはりマクベトがまだ乗り移っているようだ。ここから北西、1キロメートリアの位置にいる」
「そうかい。それじゃ、作戦開始といきますか」
晴明が先陣を切り、3人は道なき道を歩く。
マクベトを倒す方法を彼らは用意している。一歩歩くごとに緊張が高まり、心臓の鼓動音が響き渡るようだ。
やがて、森の中の広場のような場所に出た。そこにマクベトはいた。
木のウロの前で、まるで全てを待ち構えていたかのように立っていた。
「気を付けろ。武器を持っている」
晴明が呟くとブルーセとミシェルは臨戦態勢をとった。するとマクベトは一歩踏み出す。
「来たか、マトリ」
アリアネルの声でおごそかに話している。マトリにとっては違和感でしかなかった。だがマクベトはアリアネルの口と声帯で己の言葉を発し続ける。
「お前たちなら私を追ってくると思った。逃げようかとも思ったんだがな、お前たちはここで始末することにしたよ」
「ほう、そうか」
晴明が答えると、マクベトは顔をしかめた。
「私がいくら逃げおおせても、お前たちはきっと地の果てまで追ってくるだろうからな」
マクベトがサーベルを抜いた。それを見て、晴明が決然と言葉を放った。
「その通りだよ、マクベト・レイブン。我々はお前を倒しにやって来た。私の仲間であるアリアネルを取り返しにやって来たのだ」
「やはりそうか。愚かだな。この私が平和な国を造ろうとしているのに邪魔立てするとは」
マクベトの顔に殺気がみなぎった。もちろんアリアネルの顔ではあるのだが、そうとは思えないほど鋭い目つきだった。ブルーセとミシェルが晴明をかばうように立ちふさがる。
「俺たちが時間を稼ぐ。しっかり決めろ」
「ヘマしたら許さないわよ、晴明!」
次の瞬間には、戦いが始まっていた。
弾かれるように晴明以外が動いた。ミシェルが氷魔法を放ち、マクベトを捕らえようとするが全て回避される。木や草むらに飛び移る変則的な動きだ。一直線に晴明を狙うマクベトをブルーセが妨害する。
「悪ィな、その体は俺たちの仲間のモンだ。返してもらう」
「邪魔だ!!」
マクベトが怒気と共にサーベルを振り回し、ブルーセはそれを全て傘で受け止める。が、その速さと力にはかなわずに少しずつ後退していく。
「くそっ! マクベトてめぇいい加減にしろ! アリアネルはそんな
マクベトに支配されたアリアネルの顔は、仮面のようだった。目的を達するために利用される「乗り物」にすぎないのである。
その時、晴明がゆっくりと呟いた。
「そこまでだ。マクベトよ、お前はもう十分生きた。そろそろ幕引きをするべきだよ」
晴明の周囲に、5つの式神がゆらりと浮かんでいる。
「マクベト・レイブン。安倍晴明が心を込めて命じる。我が元へ来い。
朗々と晴明はマクベトへ呼びかける。
トン、と力強く晴明は足踏みをする。手と手を強く握りしめながら、晴明は深呼吸を繰り返す。
「マクベト・レイブン。安倍晴明が魂を込めて命じる。我が元へ来い。その体は
マクベトの動きが止まった。
地を足で踏み鳴らし、呼吸を整えながら、目の前のマクベトを呼び続ける。それは古代日本のとあるまじないをアレンジしたものである。
それは「
死んだ人間の名前を大声で叫び、死人の復活を促すものだ。
むろん、それで死人が生き返ることはない。死をくつがえすという奇跡はそんな事では起こせない。
だが晴明はこう考えた。魂呼ばいとはその名の通り、魂を呼び寄せる儀式である。それを応用すれば、死人の魂を自分の元へ引き寄せることができるのではないか──と!
「マクベト・レイブン。安倍晴明が全精力を賭けて命じる。我が元へ来い。たわごとを並べる口を閉じろ。私は何度でも
ダン、と晴明が足を踏み鳴らす。一定のリズムで地を踏む動作も陰陽師のポピュラーなまじないだ。その場を清浄にし、邪な者の退去を促す、一種の結界作成である。
するとマクベトが低い唸り声を上げる。暗雲のような黒いモノがその体から少しずつ染み出していった。
「出たぞ! マクベトだ!」
晴明が叫んだ。
空間そのものに墨が混じったような、漆黒の姿。マクベトが今、アリアネルの体から出ようとしていた。
◆◆◆
「ぬううううううああああああアアアアアアアアアアーーーーーーッ!!!!!」
マクベトの苦しむ声は、アリアネルの魂にも届いていた。
真っ白な世界。アリアネルはそこで一人で倒れていた。
何度も何度も心の中でマクベトに殺され、横たわっていたアリアネルが目を覚ますと、目の前でマクベトが苦しみ悶えている。
「こんなことが! くそッ!! この私を体から強制的に呼び出すだと!?」
マクベトが、アリアネルの肉体から離れようとしているのがすぐに分かった。
うすぼんやりと、聞き覚えのある声がどこからか聞こえてくる。
『出たぞ! マクベトだ!』
間違いなかった。晴明の声だ。ブルーセとミシェルも周りにいる。アリアネルはすぐに跳ね起きた。
(みんな、助けに来てくれたんだ!!)
目の前にいるマクベトは怨嗟の声を上げている。人とも、獣とも、魔ともつかぬ、奈落のそこから湧き上がるような黒い声である。
アリアネルは自然とファイティングポーズを取っていた。
今やるべきは、ただひとつ。
目の前にいる暗雲の、マクベト・レイブンという漆黒の、その横っ面を全力で殴り飛ばすことだ。
「マクベトさん。私の体ン中で随分好き勝手絶頂やってくれましたね。あんたには色々言いたいことがありますが、時間が惜しいので一言だけにしておきます」
アリアネルは拳を振りかぶった。
「いい加減に私の体から出ていけ!! どうしても嫌だって言うなら──ブッ飛ばしてやるッ!!」
目の前の黒雲に、アリアネルは乾坤一擲の拳を見舞った。燃え盛るような怒りをもって、アリアネルは「征服者」に抗うのだった。
◆◆◆
「ぐおおぉぉぉ……あああああァァァァァァァッ!!!」
マクベトが、空中へと引きずりだされた。
ぐったりとしたアリアネルをブルーセとミシェルが受け止める。ゆっくりとアリアネルが目を開けると、二人は肩を叩いて声をかけた。
「しっかりして! 大丈夫、アリアネル?!」
「俺らのこと分かるか?!」
「……ブルーセさん、ミシェルさん……」
アリアネルは起き上がった。状況を尋ねようとしたが、尋ねる必要はなかった。
目の前には暗雲があり、晴明はそれと対峙していた。雨が降りしきる中、晴明は呪文を唱え、マクベトはまるで釘付けにされたように空中で蠢いていた。
晴明はアリアネルを横目でちらりと確認し、小さく微笑んだ。
「無事だったか、アリアネル。では仕上げといこう。浮世にしがみつく怪物を成敗しなければな!」
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