第49話 「良き勝利」のための方程式

 とっぷりと日が暮れて、窓の外は真っ暗になっている。


 王都の職員の大半が家に帰った後も、図書室でマトリは征服者の様子を調べていた。


「どうだよ晴明、そっちの様子は」

「駄目だ。ろくな情報がない」


 晴明たちの調査は、難航していた。


 征服者に関する書物は、大多数が噂や民話を集積したもの、あるいは貴族の日記だった。マクベトを倒す手がかりにつながるものではない。晴明たちの気力と体力はすっかり削れていた。


「全ッ然、役立つ情報がないじゃない。何なのよ、何で誰も研究してないのよー!」


 バンバンと本の表紙を叩きながらミシェルがうなった。


 晴明が式神を使ってその場にある本を綿密に調べつくした結果、図書室にあるそれらしき書籍は全て読み終えてしまった。


 ルカノールがアトルム各地にある書籍を集めさせているが、それが届くのは明日以降になるだろう。


「今日のところはもう、店じまいにするか?」


 ブルーセが目の間の皮膚を指で押さえながら呟いた。晴明も頷く。


「そうだな。根を詰めすぎるのも良くない。休息も必要かもしれん」


 本音では、晴明は徹夜で調べ続けていたかった。


 仲間が危機にあっているというのにそれを助けられないのが歯がゆかった。


 ブルーセもミシェルもなかなか席を立とうとはしない。


「だああああ! もう! 腹立たしいったらないわ!!」


 ミシェルが髪をかきむしり、悔しそうに言う。


「もうどうしたらいいのよ! アリアネルは今も苦しんでるはずなのに! 私は後輩一人助けられないっての!?」

「落ち着けって、ミシェル」

「落ち着いてられないわよ!」

「分かっている。みんな同じ気持ちだ」


 晴明は静かにさとすように言った。ミシェルの呼吸は荒かったが、その言葉で落ち着きを取り戻した。


「……ごめんなさい。ここで声を荒げてもしょうがないわよね」


 しばし、図書室は静寂に包まれた。


 するとドアを開け、書物を抱えたイサドが入って来た。晴明たちを見つけ、「お疲れ様ですわ」と声をかける。


「もう夜ですわ。今日のところは一旦切り上げてくださいませ」

「そうしようと思っていたところです。……その書籍は?」

「王宮の倉庫に眠っていた古い書籍ですわ。明日、すぐに読めるようにここに置いておこうと思って」

「そりゃご丁寧にどうも。手伝いますぜ」


 ブルーセが立ち上がり、本の山を半分持つが、机の角につまづいて盛大に転んでしまった。


「どわぁぁぁぁっ!! やっちまった!!」

「何やってんのよ。ほんとドジなんだから」


 ばさばさと床に散らばった本をミシェルと晴明が拾い上げる。するとミシェルが声を上げた。


「あれ? これって……」


 それはボロボロの手作りノートだった。「征服者の研究」と殴り書きされた題があり、下の方には小さく「著:グッドウィン」とある。


「グッドウィン! それってあれですわよね、あの幽霊でしょう?」

「なるほどな、研究ノートを残していたのか」


 皆がノートの周りに集合する。晴明は慎重にページを開き、内容を確認していった。


 

 ◆◆◆



 王宮に勤める下級役人であるレムレス・グッドウィンは病魔に侵されながら、不滅の存在である「征服者」の研究を進め、ノートに成果を記した。


 以下はその要約である。


 征服者とは、人間の突然変異種である。肉体が滅びても魂は滅びず、他人の体を乗っ取ることができる。


 生物なら基本的に存在するであろう「寿命」を超越していることから、これは人ではなく、むしろ魔物に近い存在と言えるだろう。


 人工的に征服者へ至る方法はまだ確立してはいないが、注意点がある。


 霊というものは、夜や暗がりにしか姿を現さない。それは日光の元では霊の力が弱まるからだ。


 たとえ征服者であろうとも、肉体を捨てた霊の状態で極めて強い日光を浴びれば、弱体化は避けられない。


 弱体化した霊魂は、呪詛や魔術の影響を受ける。そうなった時、征服者は不滅ではなくなるだろう。



 ◆◆◆



 ノートに書かれていたのは、征服者の弱点についてだった。一通り読み終えた後、ミシェルが興奮の声を上げる。


「ねえ、これって……マクベトを倒す手がかりになるんじゃないの?! なるわよね?!」

「ああ。大きな前進だ。強い日光があれば奴を弱らせることができるかもしれん」

「そういやマクベトが本性をあらわした時も、なんか苦しそうだったよな。そういうことだったのか」


 マクベトが暗雲のごとき姿を現した時、彼は不快をあらわにしていた。


『忌々しい太陽だ。気分が悪い!』


 苦しそうな声をあげるマクベトを、皆が思い出した。


「日光よ! 日光が切り札! これならやれるかも!」

「しかし、ただの日光で弱体化できるか? 常に晴れだとは限らんぞ」


 晴明が呟くと、イサドが胸をどんと叩いた。


「それならいい案がありますわ。日光石を使うのです!」


 日光石。


 アトルムでは照明として広く使われる特殊な石だ。日光を蓄え、放出する性質をもつ。


「日光石……そうか、その手があったか。そいつを使えば天候に関係なく光が出る」

「いける! いけるかもしれねぇぞオイ!!」

「ええ! やれるわよ私たち!」


 ブルーセとミシェルは立ち上がったが、やがてミシェルが不安を口にした。


「……でもちょっと待って。あのマクベトが都合よくアリアネルの体から出てきてくれるかしら? こっちが日光石を持ってると分かったら、体の中に閉じこもっちゃうんじゃないの?」

「あ、そ、そうか……」


 二人の勢いはすぐに消え、静かに二人揃って席に着く。


 だが晴明は違った。


「アリアネルの体からマクベトを引きずり出し……日光を浴びせ……そして滅却する……か」


 呟きながら、晴明は立ち上がり、部屋中をゆっくり歩く。頭の中でそれまで培ってきた経験や術式が流星のように瞬く。


 やがて静かに晴明は頷いた。


「いけるかもしれん」


 静かな、しかし熱を帯びた、確信の言葉だった。


「恐らくやれる。マクベトを滅ぼすことができると思う」

「マジでか?!」

「本当ですの?!」

「やれるの、晴明?!」


 ミシェルとブルーセとミシェルの声が重なった。晴明はさらに頷く。


「幽霊退治なんてのは陰陽師の専門じゃないが、勝ち目はある。ヤツをアリアネルの体から引きずり出す……あの儀式ならやれるだろう」

「詳しく教えてくださいませ!」


 真夜中の図書室で、マトリ達の明るい声が響いた。


 晴明はグッドウィンが消える間際に残した言葉を思い出していた。


『考えてみればわたしの家族はみんな死んでしまったし、親戚も、友達もいない。本当に独りの人間だった。誰かの役に立つことなく一生を終えてしまった』


 とても寂しい最期だった。だがそのグッドウィンの残したノートが、今や全ての勝算となっている。


(グッドウィン、貴方の研究は無駄ではなかったよ。貴方のノートのおかげで、我々は前へと進めそうだ)


 空に一筋の流れ星が走った。それはまるでグッドウィンからの返事のようだった。

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