第42話 襲来する悪意、集合する決意

 晴明とフランシス、そしてルーファスの戦いはまさに「死闘」と呼べるものだった。


 呪詛による意識障害、そして激しい痛みが晴明の肉体を容赦なく蝕む。


 フランシスの動きは以前戦った時よりも素早く、致命傷を避けるのが精いっぱいだ。気を抜くとルーファスの矢が飛んできて、一瞬でも休むことを許さない。


「はあ、はあ、はあ、はあ──」


 晴明の服は、血の色でまだらのような模様ができている。


 戦うたびに傷が増え、その傷から呪詛が体内に侵入し、晴明に痛みをもたらす。


「お前も物好きな奴だな、安倍晴明」


 フランシスが呆れたようにぽつりとつぶやいた。その顔には殺しあいの最中には似つかわしくない苦笑が浮かんでいた。


「お前、空の穴からやってきたんだってな? この世界で生まれたわけじゃない、いわば「よそ者」だ。「客人」なんだよお前は。だってのにそこまで必死に戦うとは、度し難いね」


 呼吸を整えながら晴明は静かに反論する。


「よそ者だろうと何だろうと、関係あるまい」


 血の匂いを漂わせながら不敵に笑う。呪詛をその体に受けながら、なお晴明は言い返す。


「私は縁あってこの国にやってきた。色々な人間と縁を結んだ。マトリの一員になった。ちょいとばかし面倒な敵が現れたからといって、その縁を投げ捨てて逃げるなぞ、安倍晴明の名折れだ!!」

「……いいだろう! 勇敢なマトリよ、お前のことは永遠に覚えておく。その勇気と共に心中しろ!!」


 刃。そして矢。それが一斉に晴明に襲い掛かる。避けなければ──と気持ちだけが逸るが、痛みで脚の動きが鈍る。


 符に念を込めようとしたその瞬間、聞き馴染みのある声が響いた。


「ぜええりゃあああああーーーーーーーーーーっ!!!」


 横から割り込んできたのはアリアネルだった。


 飛来する矢を叩き落とし、フランシスの刃をはじき返す。洗練された、そして力強い動きだった。


「アリアネル!!」

「マトリだと?!」


 晴明とフランシスが同時に声を上げる。アリアネルは額の汗をぬぐいながら晴明に声をかけた。


「上手くいって良かった! 晴明さん、無事?!」

「こちらは無事だ! アリアネル、よく駆けつけてきてくれたな」

「晴明さんの声が聞こえてきましたから! 仲間と合流するのは当然です!!」


 アリアネルは歯を見せて笑う。その表情を見ると、晴明の心に熱が灯る。


「だが気を付けろ。向こうにはルーファスがいる」

「大丈夫です! こっちにもブルーセさんとミシェルさんがいますから!」


 晴明が廊下の向こう側をちらりと見ると、その言葉通り、ブルーセとミシェルがルーファスと対峙している。


「……流石だな。これならどうにかなるかもしれん。持つべきは頼りになる仲間だ」

「ふふん、そうでしょ!」


 晴明の背筋がぴんと伸びる。背中を丸めた情けない姿は、逆襲にふさわしくない。

 

「ではやるか、アリアネル。呪詛を操る不届き者をここで成敗しよう」

「当然! ここからは反撃の時間です! 全力で、ブッ飛ばしましょう!!」


 フランシスは不機嫌そうに目を細め、荒く息を吐いた。


「これだから。これだからな、マトリは。いくら叩きのめしてもちっとも絶望しやがらない。俺達悪党の天敵だよ──お前たちは!!」


 

 ◆◆◆



 ほぼ同時刻、ブルーセとミシェルは弓を構えるルーファスに不意打ちで襲い掛かった。


「おらァァァァ!! クソマフィア!! 喰らえやあああああ!!」


 無防備な背中に向かってブルーセが斬りかかる。ルーファスはそれを避けるが、避けた先にミシェルの魔法が炸裂した。


 ルーファスの右手は凍り付き、弓を取り落とす。


「ぐうぅっ!! 貴様ら、マトリか……!!」

「悪いなルーファス。牢屋から脱獄して王宮に呪詛をばらまく奴に、もうかける情けは残ってねぇ」


 ブルーセの隣にはミシェルが立っている。いつも以上に冷徹で、冷酷な表情だった。


「貴方の行動は、この国家に対する「挑戦」よ。貴方のことは殺してでも止めさせてもらうわ」


 にや、とルーファスが嗤った。


「つまり殺し合いってことか。いいねぇ。マフィア冥利に尽きる!」


 ルーファスは上着のポケットから細長い瓶を取り出し、勢いよく中身をばらまく。


 ばらまかれたのは黒い粉だ。「人間粉末」である。それはどす黒い燐光を伴い、空気中に霧のように広がる。


「練りに練った窒息呪詛と痛苦呪詛だ! 苦しみでショック死しないように気を付けるんだなァーーーーーッ!!」


 ルーファスの体にも粉が付着し、痛みで顔を歪めている。だが顔を歪めながらもその表情は笑顔だった。


 ブルーセとミシェルの体中に、針で刺されたような痛みが走り、酸欠で立っていられなくなる。呪詛避けの腕章を携帯していても、耐え切れない。二人はその場に膝を突いてしまう。


「く……そぉっ!!」


 毒づくブルーセを見つめ、震える手でルーファスは二つ目の瓶のフタを開けた。体中をこわばらせながら、心から楽しそうな笑みを浮かべる。


「もう一発!! くたばれェ、マトリ共!!」


 ぶわり、と黒い粉が空中に広がる。不吉で危険な気配をまとったそれは漆黒の霧になって二人に襲い掛かる。


 真っ先に動いたのはブルーセだった。


「やらせるかよッ!!」


 体を盾にして、ミシェルをかばうように立ちふさがった。黒い粉は全てブルーセの体に降りかかる。痛みに顔を歪め、ブルーセがうずくまる。自分をかばって倒れたその背中にミシェルが叫ぶ。


「ブルーセ!!」

「今だ! ミシェル!」


 ブルーセの短い言葉でミシェルは察する。これは好機だと。攻撃の隙を作るためにブルーセは身を挺してくれたのだと。


「氷結術・槍衾やりぶすま!!」


 痛みを耐えながら、ミシェルは氷結魔法を炸裂させる。大量の、不格好な、しかし鋭く尖った氷柱が一瞬で出現し、ルーファスの体を幾重も貫いた。


「が……ッ!!」


 ルーファスの口から血が洩れ、手に持った瓶が落下する。


「──なんて、奴らだ。僕の計算じゃ呪詛の痛みはとても耐えきれないものなのに。こいつら、耐えやがった。なんて奴らだ──」


 かすれた声を上げながら、痛みに顔を歪ませながら、ルーファスは絶命した。


「……ブルーセ、ブルーセ! 大丈夫?!」


 ミシェルがうずくまっているブルーセの体を起こす。顔をしかませながらブルーセが呻く。


「俺なら大丈夫だ。ルーファスは? どうなった?」

「……ルーファスなら、今倒したわ」

「そうか。助かった、ミシェル」


 ブルーセは座り込み、倒れ伏すルーファスの亡骸を見つめる。


「人を呪わば穴二つ……晴明の世界じゃそういう言葉があるそうだ。簡単に呪詛なんて使ってるからそうなっちまうんだぜ、ルーファス」


 その言葉には、深い哀れみがこもっていた。

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