第41話 まだらの死

 王宮3階にある会議室。


 緊急事態、と称してジャイルズが貴族や官僚を集めており、不安そうな声がひっきりなしに飛び交っている。


 ジャイルズにとって邪魔な者が集められており、折を見てまとめて始末できるようにしてある。


 王が死んだという情報はすでにここに伝わっている。


(……つまらんな。策を弄するというのはつまらん。もっとこう、シンプルな暴力で国を乗っ取りたいものだ)


 心の中でジャイルズはそんなことを思う。その心はわずかに冷めていた。


 するとそこへ、聞き覚えのある声が響いた。


「皆さん! 聞いてくれ!!」


 ルカノールの声であった。その場にいる全員が声を上げた。どよめきがさざ波のように広がった。


「この王宮の中で、緊急事態が起こっている。この私を殺し、国を乗っ取ろうと目論む者たちがいる! その首謀者はジャイルズ・パラポネラだ!」


 殺したはずの王が生きている。ジャイルズにとっては作戦失敗を告げる声だった。


 だがジャイルズはそこで初めて笑みを見せた。


「良かろう」


 作戦が破綻してもなお、ジャイルズの表情は崩れない。むしろそれを楽しんでいる節すらあった。


「策というのは予想外のことが起こってからが本番だ。では、プランBといこう」


 ジャイルズは立ち上がる。落ちくぼんだ瞳でその場にいる貴族たちを一瞥した。


 その中には、マトリの上司であるイサドもいた。


「ジャイルズ、これはどういうことなんですの」


 その言葉に応えることなく、ジャイルズは両の手のひらを広げ、前方に突き出した。


「私から君たちに言えることはただ一つだ。こうなった以上は仕方がない。ただシンプルに、殺し合いで決める他はない。だが感謝する。元々私が考えていたやり方は「これ」だからな」


 手のひらに青い燐光が集う。その光は手のひらの上で呪詛の陣を結んだ。


「死ね。ただただ死ね。葬られよ。人の屍と私の殺意によって編まれたこの呪詛で」


 イサドは命の危険を察し、叫んだ。

 

「みんな伏せて!!」

「遅い! 虐殺呪詛──スポテッド・アゴニー!!」


 ジャイルズの腕から、青い呪いが放たれる。それを浴びた者は、断末魔すら発さずに次々と倒れていく。その体は急激に血の気が失せ、黒いまだら模様が全身に浮かび上がっていく。


 彼らが身に着けている装飾品はみるみる錆びていき、衣服も変色していく。それを見た貴族が後ずさりし、恐怖の声を上げる。


「うわあああああッ?!」

「ジャイルズめ、貴様、呪詛を使いやがったな!!」


 恐ろしい呪詛だった。


 当たれば、問答無用で人が死ぬ。


 イサドが懐から杖を取り出し、周囲の生き残った貴族へ叫ぶ。


「ここは私が食い止めます! 皆さんは退避してくださいませ!」


 杖を振り、イサドは術を唱える。


「浮遊魔術。飛走乱舞」


 部屋中のモノが全て浮かび上がった。机も、棚も、花瓶も、小さなペンも、全てが浮かび上がり、複雑な軌道を描いてジャイルズに襲い掛かった。


小癪こしゃくだな」


 ジャイルズは虐殺呪詛でそれらを全て打ち落としていった。イサドの背中に冷や汗が浮かぶ。


「……なんてことですの。私の魔術そのものを、あの呪詛は無効化している……!」


 呪詛を使いながら、ジャイルズは魔道具を取り出した。


 ルカノールが使ったものと同じタイプの拡声機だ。それを使い、ジャイルズは自らの声を轟かせた。


「私はジャイルズ・パラポネラだ。先ほどのルカノール王の話通り、私はクーデターの真っ最中である。この国の元首の座を頂戴するためにな。このアトルムという名の花壇は私が管理する。もう二度と、戦乱という愚かな現象が起こらないようにしてやろう。そのため私は、「呪詛独裁国家アトルム」を宣言する。強い恐怖により、私は平和をもたらそう!!」

 


 ◆◆◆



 晴明とフランシスの元に、ジャイルズの声が響く。


「なんてこった。うちのボスめ、とうとうプランBをやるつもりか」


 眉をひそめ、苦笑いするフランシスに晴明が問う。


「一応尋ねるが、プランBとは?」

「こっそり王を殺し、騒ぎを大きくしないように国を乗っ取る……プランAが失敗したときの次善の策さ。いや、こいつはもう策なんてもんじゃないな。ただシンプルな暴力を行うだけだ。逆らう者を皆殺しにする。それがプランBだよ」


 フランシスの言葉の最中、晴明は遠くで強い呪詛の気配を感じた。


 ジャイルズの仕業か──と晴明は確信する。


「プランBってのはな、うちのボスが一番やりたがってたやり方さ。だが俺を含めた部下のみんなでそれを止めたんだ。全面戦争やるより、こっそり国を乗っ取った方が楽に甘い汁を吸えるからな。お優しいボスは、俺たちの考えた作戦をプランAとして採用してくれたよ。だがもうダメだ。こうなったらもうどうしようもない」

 

 フランシスがナイフを握りしめ、全速力で晴明に向かって駆ける。


「最悪の事態ってのは、起こる時には起こる! そいつを前向きに楽しんでこそ一流の悪党だ! 安倍晴明、ここで死んでもらう!!」


 晴明は雷符に念を込める。


「雷威雷動。急々如律令……!」


 雷を幾重にも広げて前方に放つが、フランシスはそれを器用に避けて晴明の肩を短刀で切り付けてくる。刃はわずかに晴明の肩を切り、数秒遅れて皮膚に激痛が走る。


「……っ!!」


 晴明の視界が一瞬黒く染まり、意識が遠のく。晴明は歯を食いしばって気を失うのを耐えた。


「フランシス、その短刀……呪詛を込めているな」

「流石だな、安倍晴明。そうだ。お前もご存じ「人間粉末」を短刀に仕込み、柄には呪詛の印を刻んでいる」


 呪詛の類を受け付けないはずの晴明の肉体は、攻撃がかすっただけで異常をきたした。


(ブルービアードは、この私の体を超越するレベルの呪詛を作っている)


 晴明の首筋に冷や汗が流れた。フランシスは勝ち誇りはせず、むしろ警戒に満ちた視線を送る。


(この短刀に込めた呪詛は「痛苦呪詛デンドロバテス・アゴニー」……ショック死するほどの激痛を体に流し込むが、こいつには効果が薄いな。まあいい。呪詛はただのオマケだ。体を鈍らせたスキに急所を一突きすれば殺せるはずだ)


 互いに、互いをにらみ合う。二人の息遣いだけがかすかにその場に響く。


 先に動いたのは晴明だった。


(来い、北斗!!)


 式神である北斗を呼び、フランシスを置き去りにして駆け抜ける。そうすればひとまずジャイルズの元にたどり着ける。それが晴明の狙いだ。


 だが、その試みはなすすべもなく失敗した。


 突然後ろからやってきた矢が晴明の腕に突き刺さる。呼吸が止まり、晴明はうめき声を上げながら振り返った。


 そこには、ボウガンを持ったルーファスが立っていた。


「あいつは……!!」

「おお、ルーファス。ようやく来たか。遅いぞ」


 フランシスの言葉で晴明も理解する。サティルスで捕らえたマフィアの幹部、ルーファス・スナークだ。


「よう、フランシス! 安倍晴明! いいねえ、役者が揃ってるよ!!」


 ルーファスは楽しそうな叫びを上げた。


 血のにじむ腕をかばいながら、晴明は痛みをこらえる。


(恐らくルーファスの矢にも呪詛が仕込まれている。呼吸ができん)


 腹に力を込めると、どうにか息が復活した。震える脚に気合をこめ、気力で痛みを耐え抜く。それを見てフランシスが心から感心したように言った。


「ほう、スゴいな。だいぶキツいはずなのにまだやるつもりなのか」

「もちろんだ。私は諦めの悪い男だ」


 フランシスは改めて短刀を握りしめる。ルーファスも次の矢をつがえた。晴明の体中にぶわりと鳥肌が立つ。自分が死の数歩手前にいることを改めて実感した。


 あえて晴明は不敵に笑い、腹の底から強気な言葉を叫んでみせた。


「言っておくが、ここまで来たら私も上品な戦い方はできないぞ。もはや手加減はできん。きっとお前たちの命を奪うことになる。──そうなっても悪く思うな、悪党ども!!」


 その言葉は予告であり、宣告だった。


 そして同時に、強い覚悟で戦いに臨むための、自らへの喝だった。

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