第40話 反撃の一撃
「ぜえええりゃあああああああーーーーーーー!!!」
アリアネルの傘が、騎士の額を的確に突く。
たたらを踏む騎士に、アリアネルが問う。
「答えてください! あなたたちは何者なんですか!!」
「……誰が言うものか」
「なら、けっこう!!」
再度、騎士の額に傘の一撃を食らわし、目の前の相手を昏倒させた。
相手の武器を払い落とし、怯んだ隙に傘で連撃を行う。相手の無力化を狙った効率的な戦いだ。アリアネルの背中に威勢のいい声がかけられる。
「OKだ、アリアネル! この場は片付いた!」
「ブルーセさん、そっちは大丈夫ですか?!」
「問題ねえ、朝飯前だ」
ブルーセとミシェルも騎士を無力化させていた。アリアネルはほっと安堵の息をつく。
「で、これからどうするの?」
ミシェルの問いに、体の埃をはらいのけながらブルーセが答える。
「まずは情報がほしい。イサドさんか誰かに会って、何が起こってるのか確認しよう」
「今、どこにいるんでしょうね?」
「分からん。だが、状況はよくないだろうな」
机の上にあるコップを取り、ブルーセはまだ残っていたお茶を一気に飲み干した。
「今頃、平和記念日の式典をやってる時間のはずだ。普通なら係員やらでバタバタした雰囲気のはずなんだが、今はしんとしてる。ここらへん一帯の「予定」は全て狂わされてるんだ」
「……それに加えて、今の人たちは騎士の恰好をしてましたよね。そこらへんのごろつきの仕業とも思えない」
アリアネルが顎を触りながら言葉を引き継ぐ。
「もしかして、マフィアが絡んでるんでしょうか」
「ありうるかもね。連中が王宮や騎士の一部とつながっててもおかしくはない」
眉をひそめてミシェルが答えた。その声には不安の色がにじんでいる。
「……晴明さんはもしかしたら誰かにさらわれたんでしょうか」
「それもありうるな。マフィアにとってみたら晴明は一番邪魔だろうしな」
「うう。こんな時に晴明さんがいてくれたら」
アリアネルの肩を叩き、元気づけるようにブルーセは言った。
「とにかく確かめるまでだ。行くぞ、お前ら」
ブルーセは窓をがらりと開ける。アリアネルが目を丸くして問うた。
「行くって、窓から行くんですか?」
「そりゃそうさ。廊下を歩いてたら敵に見つかるからな。大丈夫、ちょっと危ないが人目につかずに3階に上がるルートを知ってる。3階に行けばイサドさんのいる執務室があるんだ。そこを目指そうぜ」
それがどれくらい危険なルートなのかアリアネルは気になったが、あえて聞かなかった。
「分かりました、行きましょう。晴明さんも今頃危険な目にあってるかもしれません。それに比べればなんてことないはずです」
アリアネルの背中を、今度はミシェルが軽く叩いた。
「今、晴明のことは心配しなくてもいいわ。私たちにできることをやりましょ」
「ミシェルさん……」
「大丈夫よ。あの男が……安倍晴明が簡単にくたばるはずないもの」
根拠のない言葉だったが、アリアネルも全く同じ気持ちだった。
「……はい! 私も全く同感です!」
自分自身を励ますようにアリアネルは言うのだった。
◆◆◆
ルカノールの体は医務室へと運ばれ、ベッドに横たえられた。
遺体を運んだマフィアの男二人が息をつく。
「これで良しだな」
「うまくいってよかったぜ。もし失敗してたら、うちのボス……ジャイルズさんが何て言うか」
「ああ。全くおっかねえ。国を巻き込む全面戦争になってもおかしくねえよな」
ほっとした顔で、彼らはボスであるジャイルズの陰口を叩き始めた。
「ボスってどっかおかしいよな。頭はいいはずなのに、どっかネジが飛んでるっつうか、たまに頭おかしくなるよな」
「ああ。最初は、宮殿のお偉方を皆殺しにするとか言ってたよな」
「そんなことしたらまた戦争になるっつうの。俺らは甘い汁をすすれればそれでいいんだよ」
「全くだ。ボスって、もしかしたら人間じゃねえんじゃねえの?」
「はは。人の皮をかぶった化け物か。そうかもな」
その時、ルカノールの体がむくりと起き上がった。
音を立てずゆっくりと上体を起こしたルカノールは、そばに会った瓶を掴み、迷わず談笑するマフィア二人の片方に殴りかかる。
「ぐァッ?!」
「なに?! う、うそだろ?!」
死人が起き上がっている。その事実を受け止め切れず、残った一人は硬直してしまう。
「悪いね。ちょっとしたトリックってやつさ」
さらに瓶による一撃を食らわし、マフィアは二人とも昏倒した。
「ここは医務室だな。よし、今すぐに王宮全体に緊急事態を発令させなければ」
呟いて、ルカノールは全速力で駆けだした。
王であるルカノールは、懐の中にいくつか特殊な薬を携帯している。
その一つが「仮死薬」── 一定時間心臓と呼吸を止める、究極の偽装薬だ。
王になる前、薬売りとして働いていた時に偶然できた薬だ。何かの役に立つだろうと常に身に着けていたのが思わぬ所で役に立った。
蘇生したばかりで、足がふらつく。頭がぼんやりとする。だがルカノールは足を緩めない。力を振り絞り、必死に走る。
やがて一つの扉が見えて来た。平和式典で演説をするためのバルコニーへ続く扉だ。それを開けた瞬間、廊下の向こうから「王がいるぞッ」という叫び声が上がった。
ルカノールは急いで扉の向こう側へ周り、カギをしめ、早足でバルコニーへと向かう。
「開けろ」という怒号が扉の向こうから聞こえるが、全て聞こえないふりをした。
そしてバルコニーの傍らに設置された拡声器を起動する。魔術で声を大きくし、遠くまで響かせるものだ。
「皆さん! 聞いてくれ!!」
バルコニーの下には誰もいない。だがこの声が誰かに届くと信じてルカノールは叫んだ。
「この王宮の中で、緊急事態が起こっている。この私を殺し、国を乗っ取ろうと目論む者たちがいる! その首謀者はジャイルズ・パラポネラだ!」
ふらつきそうになる体を叱咤し、ルカノールは続ける。
「王宮の騎士に告げる! 今すぐにジャイルズを拘束せよ! そして騎士に化けたならずものも王宮に紛れている! 怪しい者も同様に拘束してほしい! それから私の身の安全も確保してほしい! どうか頼む! 今も追われている!」
必死に呼吸を整えながら、ルカノールは最後のメッセージを叫んだ。
その声は、王宮に響き渡った。
◆◆◆
晴明とフランシス、そしてフランシスの数名の部下は廊下を歩いていた。
ジャイルズにとって邪魔な貴族を始末するため、貴族たちの集まる会議室に向かっている途中だった。
フランシスは懐から魚の干物を取り出し、歩きながらむしゃむしゃと食べている。
「なあ、安倍晴明」
干物を全て食べきったタイミングでフランシスが口を開いた。
「お前、我々の味方になるんだよな」
「そうだ。さっき言った通りだ」
短く答える晴明の顔をじっとのぞきこみ、フランシスは目を細める。
「…………本当か?」
疑いのこもった声だった。晴明はつとめて表情を崩さず言い返す。
「なぜ疑うのかね」
「お前の眼だ」
晴明の瞳をフランシスが指さす。
「お前の眼は、服従者の眼じゃない。マフィアに屈する奴を何人も見て来た俺だから分かる。お前の眼は恐怖に濁っていない。思考停止していない。何か切り札を隠し持っている感じだ」
フランシスはナイフを取り出し、晴明に一歩近づく。
その時、大きな声が響き渡った。
「皆さん! 聞いてくれ!!」
ルカノールの声だった。フランシスと、周囲のマフィア構成員は仰天し、晴明から目をそらす。
「バカな?! ルカノールだと?!」
注意がそれた一瞬、その瞬間を晴明は逃さなかった。
握りこぶしでフランシスの脇腹を一撃し、相手がよろめいたスキに、フランシスの胸に右手をかざす。
するとそこから、奪われたはずの晴明の符が、吸い寄せられるようにして持ち主の元へ返っていいった。
「貴様?!」
「どうやらうまくいったらしいな。「作戦成功」だ」
晴明が雷符を持って呪文を唱える。周囲のマフィア達が一斉に雷を食らい、意識を失って倒れていく。
ただ一人、フランシスだけは持ち前の回避力でそれをかわし、晴明を睨みつけていた。
「ルカノールめ、生きてやがったか。そして安倍晴明。このことを知っていたな」
「その通りだ」
「我々に協力するというのも嘘か」
「もちろん。人を騙すのは心が痛むことだが、何しろ緊急事態だからね。それに、君たちのような悪党は、私を非難できる立場にないだろう」
ひらり、と誇らしげに符を掲げながら晴明は笑う。
晴明の符は、丹精を込めて作られた符だ。
上質な
「嘘偽りはこれまでにしようか。本音を言おう、フランシス。恐怖で国を支配しようというジャイルズの考えには一理ある。だが「一理だけ」だ。お前たちはあまりに暴力的だ。協力することはできない」
晴明ははっきりと、拒絶の意志を示す。
「私はマトリとして君たちを止める。この国は渡さん。来るがいい。立ち向かってやる」
フランシスは苦虫を噛みつぶしたような顔で、腰に差した大振りのナイフを抜いた。
「安倍晴明。全くお前は忌々しいよ──煮ても焼いても食えそうにない男だ!」
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