第43話 悪の花が散る
アリアネルとフランシスの剣戟は、まるで嵐のようだった。
刃と刃が、鋼と鋼がぶつかり合い、金属音が響く。お互いに目や筋肉の動きから次に来る攻撃は予想できている。フェイントすらも読みあう戦いは互角で、鬼気迫る荒い呼吸が戦いの必死さを物語る。
「クソが……喰らえ、歪曲呪詛──!!」
フランシスがすべてを捻じ曲げる呪詛を放とうとしたその瞬間、晴明が雷を呼び寄せてその動きを止める。
アリアネルと晴明、二人は目を合わせずとも完璧なコンビネーションを維持しており、フランシスはじりじりと後退していった。
(──これがマトリか)
フランシスの心拍数が上がっていく。敗北が自らに迫っていくのが感じられる。
気を切らしながらフランシスは自嘲的に笑った。
「全く、つまらん時代になったもんだ! 呪詛戦争の時は良かった! 多少人を殺しても誰も騒ぎゃしねぇ! 喰うもんがなきゃ、そこらへんの浮浪児を殺してハンバーグを作ってたさ! 仲間のみんなで笑いあえる、大らかでいい時代だったんだ、あの頃は……!!」
その言葉が終わらないうちに、アリアネルはフランシスの剣を弾き飛ばし、体を蹴り飛ばした。
「もう終わりなんだよ! そんな時代はッ!!」
アリアネルの叫びに応えるかのように、晴明が呪文を唱えた。
「雷威雷動! 急々如律令!!」
轟雷がフランシスを貫いた。その体は力を失い、ぐらりとよろめく。
「…………は。はは。せいぜい頑張れ。うちのボスは強いぞ。気合入れて行ったほうがいいぜ、マトリさんよ────」
そう言い残して、べしゃりとフランシスは倒れた。心臓も呼吸も止まり、その体はぴくりとも動かなかった。
「……全く。キツい相手だった」
汗をぬぐう晴明の元にアリアネルが慌てて駆け寄る。
「晴明さん、大丈夫ですか?!」
「どうにかな。すまない、助かった」
晴明の体にはまだびりびりとした痛みが残っているが、それも癒えつつある。
「本当に大丈夫ですか? ひどいことされませんでした?」
「問題ない。五体満足だ」
「普通だったらぶっ倒れてもおかしくないのに……晴明さんの体ほんとすごいですね」
「なに、これも慣れだよ」
アリアネルに手を引いてもらい、晴明は立ち上がった。
「……ありがとう、アリアネル。正直言うとかなりピンチだった。助かったよ」
「あたしも晴明さんには助けられましたので。これでおあいこですよ!」
そう言ってアリアネルは朗らかに笑う。つられて晴明も笑った。
「私がこの国に来た時、初めて出会えたのが君だった。まさしく僥倖だったな」
「へへ。そう言ってくれますか」
「私は運がいい。もしかしたら、私はどこかのチンピラと出くわしていた可能性もあったわけだからな。そうならなくて良かったよ」
すると、廊下の向こうから聞きなれた声が聞こえて来た。
「おぉい、そっちは大丈夫か?」
ブルーセとミシェルであった。二人も見るからにボロボロで、体中に包帯を巻いている。下手をすれば自分よりダメージが大きいのでは、と晴明は思わず苦笑してしまう。
「そっちこそ大丈夫なのか?」
「なあに、五体満足さ。持ってて良かった包帯セット。体に着いた呪詛もできるかぎり洗浄した。キツいけど、とりあえずこっちは動けるぜ」
「それより本当なの? マフィアのボスがジャイルズ・パラポネラだっていうのは」
ミシェルの言葉に晴明が頷いた。
「本当だ。私はジャイルズと直に会ったから分かる。あれは……とてつもなく危険な男だぞ」
「そいつが今どこにいるかは分かるか?」
「この建物のあるところから、とてつもなく強い呪詛の気配がする。恐らくはそこにいるはずだ」
──ジャイルズを止めなければ。4人の思考が一致した。
「晴明さん、そこまで案内をお願いできますか? ジャイルズを止めないと」
「もちろんだ。急ごう」
晴明は式神である北斗を召喚する。いつも通りのりりしい顔で、北斗は「くゃぁん」とひと鳴きした。
「みんな乗れ! 目的地まで駆け抜ける!」
「大丈夫なの!? この子、4人乗りできるわけ?!」
慌てるミシェルだが、晴明は早速北斗の背にまたがる。
「ギリギリいける。いいから乗りたまえ」
「この状況だ、仕方ねぇ! 北斗、背中借りるぜ!」
北斗は4人を乗せ、疾走した。
フルスピードとは行かないまでも、北斗は速い。みるみるうちに景色が後方に流れていく。
「あいつら! マトリか!」
「ぶち殺せ!!」
近くにいるマフィアが口々に晴明たちを指さして叫んだ。そして怒気を発しながら駆けてくる。
「面倒だ! 一掃する!!」
晴明は雷符を掲げ、呪文を唱える。紫色の雷がほとばしり、目の前のマフィア達を次々に打ち倒していく。
「無理はしないでくださいよ、晴明さん!」
アリアネルの言葉に、晴明は小さく笑って答える。
「問題ない! このくらいなら朝飯前だ」
「そっか、さすが!」
呪詛の気配は王宮の中央、中庭付近から発せられていた。中庭の手前にさしかかると、大勢の騎士が立っているのが見える。その中から一人の騎士が歩み寄って来た。
「マトリの皆さんですね?! イサドさんの指示で、貴方がたを探していたんですよ!」
「イサドさん……無事だったんですね!」
騎士の言葉を聞き、アリアネルはほっと安堵のため息をつく。
こちらへどうぞ、と促す騎士の後に続いて歩く。一行は階段を降り、中庭の傍にある宿舎の中へと入る。そこは机や椅子が並べられ、騎士たちが座っている。さながら戦地に設営された臨時本部である。
そこにはイサドの姿もあった。
左腕と顔を包帯で覆い、負傷者さながらだったが、よく通る声で周囲に指示を出している。
「イ、イサドさん! 大丈夫ですか?!」
マトリに気づくと、イサドが駆け寄って来た。
「4人とも! よかった、みんな無事でしたのね」
「俺らよりイサドさんの方がよっぽど怪我してるじゃないスか!」
「ええ、ジャイルズに不覚をとりましたわ。でも大丈夫、傷は浅いですわ。……そちらは?」
「マフィアの幹部であるフランシスとルーファスと交戦し、これを排除しました。二名とも死亡しています」
「……分かった。よくやりましたわ。ちゃんと指示を出せてなくてごめんなさい」
「いいんスよそんなことは。この状況だ、無理もないですって」
ブルーセが言うと、イサドはようやく笑顔を取り戻した。
「……よく4人とも無事でしたわね。よくぞ敵を突破しましたわ! 来月の給料アップを約束します!」
4人の肩を叩きながらイサドが力強く言う。仲間の生還を心から喜ぶ、朗らかな笑みがそこにはあった。
「イサドさん。私たちは状況を全て呑み込めてはいません。マフィアの動きはどうなっているんです?」
ミシェルが聞くと、イサドの表情が真面目モードに切り替わる。
「ええ。マフィアは順調に排除できてますわ。ただし、マフィアの首魁……ジャイルズ・パラポネラはそうもいかない。うかつに手が出せないの」
「ジャイルズの居場所はどこなんです?」
「……ここから500メートリア向こうの中庭です。王宮で虐殺を行った後……中庭に移動し、居座ったまま全く動きがないんですの」
カーテンに覆われた窓を指さしながらイサドが言った。
晴明が感じた呪詛の気配も、同じように窓の向こうから漂ってきていた。
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