第38話 ブルーミング・ヴィラン
王宮の南側、
姿こそ騎士だが、その眼光は明らかに鋭い。
「よし、コイツを壊すぞ」
目の前には、柱と球を組み合わせたような小さな像がある。それは草むらの中に隠されており、注意して探さないと見つけられないほど小さい。
おもむろに、一人の男がハンマーを振り下ろし、その像を粉々に壊してしまった。
「ええと、この像を壊すと何かいいことがあるんですかい?」
ハンマーの男が尋ねると、奥にいる別の男が答えた。
「この像は呪詛避けさ。王宮全体に結界を張り、呪詛を無効化……あるいは軽減してしまう。だからこうして破壊しておく。こうすれば呪詛が使えるようになる」
すると、建物の陰から一人の騎士が現れた。像が破壊されているのを見て、慌てて駆け寄ってくる。
「お、おいっ! 何をしているんだ!! その像は大事なものだぞ、どうして壊れている?!」
騎士は、目の前にいる男たちの様子がおかしいことにすぐに気づいた。
「……待て、お前たち騎士ではないな。何者だ!!」
すると、怪しい男たちの中から一人が歩み出て、にこやかに答えた。
「どうもお邪魔してます。僕たちはマフィアです。あいさつ代わりにコレをどうぞ」
その言葉と同時に、黒い煙のようなものが騎士の体を包み込んだ。
「ぐッ?! な、何をする?! ぐうううッ!!」
首をおさえながら、騎士は倒れこみ、全く動かなくなった。間違いなく「呪詛」によるものだった。
それを確認し、呪詛の主は頷く。
「そいつは窒息呪詛サイレンス・アゴニーと言ってね。一瞬で呼吸を封じ、速やかに人を殺すという優れものだ。この僕、ルーファス・スナークの傑作だよ」
呪詛の主はルーファス──マトリによって捕縛されたはずのマフィア幹部であった。周囲の男達はルーファスを褒めたたえる。
「流石です。ルーファスさん」
「ははは、そうだろう。今まで牢屋にブチこまれてたんだ。ちょっとぐらいハッスルしてもバチはあたらんさ」
「おつとめご苦労様でした」
「うちのボスには感謝しなきゃな。まさか僕をこっそり出所できるように働きかけてくれるなんて思わなかった」
騎士に扮したマフィア達は王宮に足を踏み入れる。
「では行こうか。国を乗っ取るぞ」
◆◆◆
地下の薄暗い部屋で、安倍晴明はジャイルズと対峙している。
「…………そうか、そうだったのか。貴方がマフィアの首魁だったとは」
「そうだ。流石の君でも、人間の本性までは見抜けなかったわけだ」
ジャイルズもまた、晴明を見下ろす。威圧感のある無表情だった。
晴明の表情が苦いものになる。確かに、晴明は人間の「心」や「魂」までは見通せない。
「我々は現在、マトリを拘束している。安倍晴明よ、我々に協力しろ。拒否した場合、君を殺す。君の仲間も殺す」
残酷な要求をジャイルズは淡々と述べた。
「問答無用の脅しか」
「言っておくが本気だ。黙秘を貫いた場合も同じようにする」
晴明はこの場を切り抜けるための算段を考えるが、絶体絶命のこの状況を覆すアイデアはとても思いつかない。
深いため息をつき、晴明は口を開く。
「……分かった、協力しよう」
「それでいい。正しい判断だ」
悔しさに奥歯を噛みしめる。だが晴明はいたって冷静だ。
(ひとまずは協力するフリをする。そして機会を見て反撃か逃亡を行う。今はこれしかない)
殴られた時の痛みがまだズキズキとうずく。それに耐えながら晴明は尋ねる。
「ただ、教えてほしい。貴方の目的は一体何なんだ」
表情を崩さずにジャイルズは答えた。
「……呪詛戦争のような出来事を、二度と起こさない国を作る。それが目的だよ」
その紺色の瞳には決然としたものが宿っていた。どす黒い野望がそこにはあった。
「私は、この国が好きだ。美しい花壇のような国だと思っている。だが花壇と言うものは管理しなければ荒れ果ててしまう。この国はかつてそういう状態にあった」
晴明に一歩歩み寄り、ジャイルズは続けた。
「知っての通り、この国では呪詛戦争と呼ばれる大きな戦が起こった。戦争が始まった時、私はてっきりすぐ終わるものだと思っていた。だからこの騒乱を利用してのし上がってやろう……くらいに軽く考えていたのだが。実際は、予想以上に戦争は広がってしまった。まさか終結まで50年もかかるとは思わなかったよ」
「…………」
「それで、ある時私は確信した。人という生き物は、上位者が「管理」しないといけない。そのためには強い王が必要なのだ。今のアトルムは生ぬるい。再び争いが起こるかもしれない。私がそれをさせない王になる」
「……マフィアを使い呪詛を売りさばいたのもそのためだと?」
「呪詛を研究するためには技術と資金が必要だからな」
ジャイルズの表情は変わらないが、声色は強まっていた。うっかりその声に呑まれないように、晴明はつとめて冷静に尋ねる。
「つまり、お前がこの国の王になると?」
「そうだ」
「現在の王であるルカノール陛下には、いなくなってもらうというわけか」
「そうだ」
「必ずしも歓迎はされまい。反対意見はきっと出るだろう」
「反対する者は全員殺すから問題ない」
過激な発言に、晴明は一瞬たじろぐがすぐに言葉を返す。
「それでは収まるまい。お前に対抗しようという勢力が国に増えるかもしれない。もしそうなったらどうする」
「そういう者も全員殺す。問題ない」
「もう一回戦争を起こすつもりか?!」
「平穏な国を作るためなら犠牲が出るのは仕方あるまい。対抗する者は全員殺すしかない。私にはそれができる。何ら問題ない」
「……平穏な国のために戦争も辞さないというのか? それは矛盾ではないのか?」
「矛盾はしていない。国を良くするために暴力を使うというのは何も間違っていない。いや、むしろ、「暴力」や「殺人」を行うのは一番よい手段だと考えている。死人は多ければ多いほどいい。反対勢力は皆殺しにすればいい。その家族も友人も恋人も一族もことごとく死ぬべきだ。そうすれば平穏を望む者が、自ら武器を下ろし、私に従ってくれるからだ」
ジャイルズの口調は本気そのものだった。
「戦いや争乱が二度と起きない世界を作る。アトルムという名の花壇は私が管理する。呪詛を用いて、不穏分子を全員処刑する。その恐怖こそが平和をつくる。アトルムはこれより、「呪詛独裁国家」として生まれ変わるのだ」
晴明は愕然とした。
(この男は──暴力に心酔している。いや、それどころか、暴力を「崇拝」している)
ジャイルズは肉食昆虫を思わせる無表情で話を続ける。
「そんなわけだ。この国の王には死んでもらう。安倍晴明には力を貸してもらおう。今すぐにな。そうすれば仲間の命は助けてやる。安心しろ」
晴明は目を閉じ、唇を噛んだ。
(この男は、絶対に阻止しなければならない)
そんな決意が晴明の心に育っていった。ジャイルズに協力するフリをしつつ、仲間と王の両方を救う。できるだろうかという不安の芽を、晴明は強い気持ちで押しつぶした。
(できるか、ではない。やらなければならない。この安倍晴明が、ジャイルズを絶対に止めてやる!)
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