第37話 安倍晴明の失踪
平和式典。
呪詛戦争が終結した日。その当日には、王が平和を祈るスピーチを行う習わしになっている。
王宮はその準備で慌ただしい雰囲気に包まれている。マトリはいつものように事務所に集合していた。ただ、晴明の姿だけが見えない。
「……晴明、遅いわね」
「私、ちょっと晴明さんの部屋を見てきます」
アリアネルは外へ飛び出して行った。
「…………」
ミシェルは何か考え込んでいるような顔だ。それを察知し、ブルーセが声をかける。
「どうした白雪姫。何かあったのか」
「いえ……実はちょっとね」
前髪を指でかきわけ、ミシェルは答える。
「……いいわ。後でみんな揃ったら改めて話すつもりだけど、一足先にブルーセには教えておく」
「何だよ」
「サティルスにあったマフィアの基地があったでしょう? あそこから回収したモノの中に、ちょっと変わったものがあったのよ」
「何があったんだ」
「肖像画よ」
わずかに間をおいてミシェルは続ける。
「呪詛戦争の立役者、マクベト・レイブンの顔が書いてあった」
「へえ……」
マクベト。戦争において、大量の呪詛をばらまいた男だ。
「まあ、ありうることだろうな。マフィアにとっちゃ、マクベトは呪詛の父だ。絵を飾っててもおかしくない」
「それだけじゃない。その肖像画の下にはさらに文字が書いてあったの」
「文字?」
「ええ。‟アトルムに平和を”、って書いてあった。とても小さな文字でね」
ブルーセが思案顔で天井を見つめた。
「平和を、ねぇ。マフィアが描く言葉とは思えんな。ただの落書きとかじゃねえのか?」
「そう思うわよね。でも、この文字は極めて丁寧に書かれてるの。何度も何度も塗料を上塗りしてる。強い意志みたいなのを感じるのよね」
「ふうん。何だか気になるな……」
そこまで話した時、唐突に部屋の扉が開かれた。
装備を整えた騎士が入ってくる。5人の騎士たちは厳かな表情で、武器も構えている。
「……入るぞ」
「おい、何だあんたら。勝手に入ってくんなよ」
ブルーセが立ち上がるが、騎士達の雰囲気は異様だった。
平和式典には似つかわしくない、事件の気配を感じさせる佇まいであった。
◆◆◆
晴明の部屋は事務所から歩いて10分ほどの場所にある。小走りでアリアネルは部屋の前まで行き、リズミカルに扉をノックした。
「晴明さーーーーーん! 寝坊したんですかーーーーーー? それとも具合でも悪いんですかーーーーーー?」
返答はなく、部屋の中はしんとしている。何度かノックを繰り返しても無音のままだ。アリアネルが扉に手をかけると、カギはかかっていなかった。
「……扉、開いてるの……?」
おっかなびっくり部屋へ入る。中は無人だった。
「晴明さ~~~~ん?」
机の上には、コップや本が無造作に置かれている。コップにはまだお茶が入っており、さっきまで部屋の主がいたであろうと簡単に推測できる。
「どこ行っちゃったんだろ。まさか誘拐されたわけじゃないだろうに」
呟き、ひとまずアリアネルは事務所へ戻ることにした。
「すいませーん。晴明さん、部屋にもいなかったんです」
事務所へ戻ると、そこは緊迫した雰囲気が流れていた。
鎧をまとった騎士が5人ほど部屋におり、監視するようにブルーセとミシェルを見つめている。
「え、え?! 何なんです……?!」
騎士の一人が厳かに口を開いた。
「マトリには、事務所内にいてもらうことになっている。君たちの中に、クーデターを計画している者がいるという情報が入った」
「ええ……?!」
「順番に取り調べる。それまで待機してもらう」
ミシェルとブルーセは不機嫌そうな表情で席についている。
「……まあ座れよ、アリアネル。こいつら、さっきいきなり来たかと思えばずっとこれなんだぜ」
「詳しいことを教えてくれって言っても何にも教えてくれないのよ、腹立つわよね」
──何かが起ころうとしている。悪い予感は、アリアネル達の心に暗雲のように広がっていった。
◆◆◆
暗い部屋で晴明は目を覚ました。
「……む……」
石造りの薄暗い部屋だった。窓はなく、家具もなく、牢屋を思わせる部屋だった。
「ようやくお目覚めか。気分はどうだ?」
聞きなれた声が響いた。
周囲には柄の悪そうな男達が立っており、目の前には見覚えのある人物が立っている。
かつてサティルスで戦ったマフィアの幹部、フランシスである。真っ黒なパンをかじりながら晴明を見つめている。
「……お前は!」
「久しぶりだな、安倍晴明」
晴明の頭にずきりと痛みが走る。
最初は何が何だか分からなかったが、すぐに晴明は朝の出来事を思い出せた。
出勤の前、晴明は式神の調整を行っていた。
全て点検し終わったと思った式神の中に、調子が悪いものが混じっていたためである。
その途中、部屋をノックする音が響いた。
ドアを開けたその瞬間、問答無用で外に立っていた男に殴られたのだ。
気づいた時には、既にこの部屋にいた。
(……迂闊だった)
両手両足は縛られ、壁を背にして座らされている。しかも式神の符は奪われたようで、手元には無い。もっと警戒すべきだった、と晴明の心に苦い後悔が走る。
フランシスが見下ろすような形で晴明に語り掛けた。
「悪いな。ちょっとばかし急いでる。俺たちに協力してもらおう」
「何が目的なんだ」
「……ボスから直々に話がある」
晴明の目の前に、音もなく一人の男が現れる。
アトルムの重鎮、ジャイルズ・パラポネラであった。
「あなたは……!!」
「安倍晴明。君とは一度、お茶会の時に出会ったな」
ジャイルズこそがマフィアの首魁。
晴明は目を疑った。だが目の前にある現実を、晴明は無理やりにでも飲みこまざるをえなかった。
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