第25話 おぞましい粉

 ダダ通りの片隅に、青い屋根の小さな小屋はあった。


「ありました! あれのことですよね?!」

「だと思う。早速乗り込もうぜ」


 ちょっとした物置程度にしか見えないが、扉を開けると、地下へ続く階段が現れた。


「いかにもって感じね。用心して進むわよ」


 階段を降りていくと、空気が重くなったような気がした。壁には「関係者以外入るな」という張り紙があったが、3人はそれを無視して先に進む。


 地下は、細長い通路で構成されていた。壁の下にはぼんやりとした灯りがあり、行く道を照らしている。


 人の気配はない。


「誰もいないな。マフィアの連中が逃げ込んだはずだが」

「……奥にいるのかしら。それとも別の出口から逃げてしまったのかもね」


 通路を進むとすぐに扉に突き当たり、それを開けると四角い部屋があった。


 部屋の棚には、上等そうな服、靴、そして人骨がインテリアのように並べられていた。人骨には「BLUE BEARD」とはっきり彫られている。


「やっぱりここは、マフィアの基地なんだ」


 目を伏せながらアリアネルが言った。


「きっとこれも、誰かを殺して手に入れたものなんですよね。こうやって展示品みたいにするなんて」

「……先を急ごう。この奥には呪詛の手がかりもあるかもしれん」


 ブルーセに促され、一行はさらなる奥底へ歩みを進めるのだった。



 ◆◆◆



 地下の通路も、部屋も、呪詛についての手がかりはほとんど見受けられなかった。


 マトリが街に来ていることをマフィアは察知していた。もうすでに目ぼしい物は持ち去られてしまったのかもしれない。


 マフィアの下っ端がマトリに襲い掛かっている間に、他のメンバーがアジトから物資を運び、すぐに退散する。恐らくはそういうことなのだろうとアリアネルは想像した。それくらいにこの地下はがらんとした、空虚な印象をもっていた。


 10分ほど地下を歩いて、3人の目の前に大きな扉が現れた。


 「保管庫」──ただそれだけが書かれた扉は、いくつもの文様が刻まれ、まさしくここは重要ですという雰囲気を放っていた。


 アリアネルが扉を開けようとするが、施錠されていてびくともしない。


「ダメですね。鍵が……」

「どいてろ。こういう時の開け方を教えてやる」


 ブルーセが助走をつけ、勢いよく扉を蹴破る。


 その部屋に入ると、たくさんの棚が並んでいるのが分かった。


 棚には、ビンに入った黒い粉がいくつか並んでいる。


「ここは……」

「しっ。誰かいるわ」


 ミシェルが部屋の奥を指し示す。人影がかがんで、何かを袋に詰めている。


「おい、お前、動くな」


 ブルーセが声をかけると、その人影がこちらに気づいて勢いよく立ち上がった。


「おお! マトリか! よくないなぁ、ここは立ち入り禁止のはずなんだけど」


 長い髪の男だった。


 首や腰に、骨でできた装飾品を着けている。着ている服にも骨の絵が描いてある。


 悪趣味のかたまりのような男が、朗らかに笑っていた。


 彼が袋に詰めていたのは、棚にも置いてあった粉入りのビンであった。


「マフィアですよね。貴方」

「そうとも」


 アリアネルの問いに、笑顔のまま答えた。怪しげな地下には似つかわしくない表情だ。


「僕はルーファス。ルーファス・スナーク。ブルービアードの、呪詛研究員筆頭というのをやってる」

 

 呪詛研究員筆頭。マフィアの呪詛に関わる、中核的人物ということだ。


 アリアネルとブルーセは武器を握りしめた。ここでひとまずこの男を確保しようと、マトリの3人が全く同じことを思った。


 だがそれは、ルーファスも当然分かっていた。


「おっと。悪いけど捕まるわけにもいかない。君たちはここでじっとしていてもらわないと」


 パチンとルーファスは指を鳴らす。すると天井と床から、巨大な植物の根が勢いよく這い寄ってきて、アリアネル達3人を捕らえてしまった。


「うわああ?! 何これ?!」

「くそ、気色悪ぃ!」


 ミシェルは咄嗟に氷結術を発動させようとするが、根の先端が器用に指輪を外してしまった。


「どうだい便利なもんだろ? 「肥大呪詛」をかけたサボテンさ。こうやってデカくした植物は突然変異を起こす。その中でも使えそうなヤツを僕の助手にしているんだよ」


 根は体にきつく巻き付き、容易には引きはがせない。


「うーっ! 離せ! 離せこんちくしょう!!」


 必死にもがくアリアネルだが、ミシェルとブルーセは暴れることなく落ち着いている。


「ずいぶんご丁寧に説明してくれるんだな? ルーファスさんよ?」

「そりゃもちろん」


 皮肉っぽく言うブルーセに対し、ルーファスは笑顔を崩さない。


「僕はおしゃべりが大好きだからね。それにさ、君たちはここに来てしまったからには、生きて帰すわけにはいかないんだけど、それはそれとしてコミュニケーションは楽しまないと。そうだろう?」

「離せ! こんちくしょう!!」

「あはは。彼女、元気いっぱいだねぇ。新人さんかい?」


 アリアネルを見て、ルーファスは楽しそうに笑う。


「そんなに話すのが好きなら教えてくれよ。ここで何してたんだ?」

「ああ。この街でマトリがウロウロしてるって聞いてね。つまり君たちの事なんだけど……そういう万が一の時は、呪物を持ち出して逃げる手はずになっているんだ。僕は凝り性だから最後まで残ってたんだけどね」

「ご苦労なこった」

「せっかくだから僕が直々に君たちを捕まえてやろうと思ったわけさ」


 ルーファスはアリアネル、ブルーセ、ミシェルと順番に目を合わせていく。


「いいねえ。いい目をしてるよ。絶対に負けるもんかという目をしている。そういう目、非常に好きだよ」


 うんうんと頷き、ルーファスは腕を組んだ。


「この間のジェフって男もそうだった。勇敢で、正義感があったな」


 ──ジェフ。その名前は、マトリの3人も聞き覚えがある。呪詛を受けて命を落とした金貸しだ。


「貴方がジェフを殺したのね」

「ああ。たまたま僕が他のマフィアと打ち合わせをしていたら、大声を上げてやってきてね。彼がお金を貸してる人間が、実はマフィアだと知って、それが許せなかったらしい。だから、新作の呪詛を使ってやった。うっかりして逃げられちゃったけど、そうか、ちゃんと死んだか」


 罪悪感をかけらほども感じさせない表情で、ルーファスは目を細めた。


「君らのような人間を放っておくと、ろくなことにならない。それじゃ、そろそろ死んでもらおう」


 ルーファスは服のポケットから、赤い瓶と青い瓶を取り出した。


「こいつは砂漠で採れる鉱物と、オストラコ地方に咲く花を煎じた汁さ。こいつらを混ぜ、少し待つと毒の煙を発する。動物が吸い込むと、眠ったように意識を失い、やがて死ぬという優れものだ」

「くそ! 気色悪いモンばっかり研究しやがって!」

「誉め言葉として受け取っておくよ」


 マトリの顔を眺めていたルーファスだが、首を傾げてミシェルの顔をまじまじと眺め始めた。


「……妙だなあ。君の顔、どこかで見たような気がするんだよね。僕ら前に、どこかで会った?」

「さあ。どうだったかしら」

「いや、どこかで間違いなく見た。どこだったかなあ、いつだったかなあ」


 腕を組み、ルーファスは真面目に悩みだす。10秒ほど悩んだ末、「あ!」と声を上げてルーファスが笑みを見せた。


「分かった。思い出した! 君、兄か弟がいただろ?」

「…………」


 どうしてそれを知ってる──という表情で、ミシェルの顔が固まった。


「君にそっくりな人と会ったことがある。呪詛戦争の終わりごろにね。僕らの動きをあれこれ探っていた、面倒な男がいた。そいつの名前は、ジーンといったかな」

「……ジーン兄さん……!!」


 ミシェルの瞳は震えていた。


「ジーン兄さんのこと、知っているのね。それじゃ、それじゃ……」

「そうとも」


 ゆっくりと、言い聞かせるように、ルーファスは言った。


「君の兄さんを殺したのはこの僕だ」


 皆、言葉を失った。


 雑貨屋に、ミシェルの兄の持ち物にそっくりな物があった時点で、予想はできた。だがこうして、目の前にその本人が現れた時、返す言葉を失ってしまった。


「僕らは呪詛戦争中から活動していてね。まあ、そこらへんを詳しく言うのはやめとくけど、君の兄さんは正義感が強くてねえ。呪詛を扱う僕らを不審がって調べまわっていたんだ。ちょうど今の君たちのようにね。だから命を奪った。すまないがね」

「……お前……お前ッ!!」


 ミシェルが歯噛みし、体をよじらせるが、その手も足もルーファスには届かない。


「あ、そうだ。君の兄さんに会わせてあげるよ。少し待ってるといい」


 ルーファスは床に置いた袋の中をごそごそと漁りだした。そして、番号が書かれた一つのビンを拾い上げた。


「これだよ」


 その中には、黒い粉がみっしりと詰まっていた。それを睨みつけながら、ミシェルが問うた。


「……何よ、それ……」

「決まってるじゃないか。君の兄さんだよ。今は粉末状になっちゃってるけど」


 ふるふると瓶を振り、ルーファスはおぞましい言葉を口にした。


「こいつは、人間の死体から作る呪物なんだ。まず、死体を乾燥させてミイラにする。そしたら、それを少しずつ削り取って粉にする。その粉に呪をこめることで、誰でも相手を呪詛できる「道具」になる。君の兄さんの勇敢さに敬意を払って、こうして少しばかり保存しているというわけだよ」

「そ、んなっ……」


 ミシェルの顔から血の気がみるみる引いていく。目には涙が浮かび、体は小刻みに震えている。


 まるで、心の奥底にある繊細で柔らかい部分が、引き裂かれ、崩壊していくようだった。


 それを見てルーファスは嗤った。愉悦と嘲笑の入り混じった、邪悪の極みの表情だった。


「いいか──人間てのはな、死んだら全員「粉」なんだよ!! 粉というのは便利なもんだ、持ち運びもできるし呪詛の研究もやりやすいからね。それにいい気味じゃないか。優しくて正義感の強い人間が、他人を呪詛する道具に成り果てるんだからな!!」

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