第24話 それは君の方なのだよ
晴明は、冷静にフランシスを観察する。
フランシスの呪詛は、周囲にある物をねじ曲げてしまうという、「歪曲」の呪詛だ。
それが木の枝なら、へし折れてしまう。それが地面なら、巨人に鷲掴みにされたように、土がえぐれて陥没する。
恐らく人間の体も、一瞬でねじ曲げてしまうだろう。
万物を歪ませ、破壊し、その性質を否定し、無意味で空虚なモノに変えてしまうという、単純だが強力な呪詛だ。
フランシスが走り、右手をかざした。晴明はすぐにそれを避ける。先ほどまで晴明が立っていた地面がボコリとえぐられる。
地面にはすでに、いくつもの穴が開いていた。晴明は反撃とばかりに雷を放つ。だがフランシスはそれを易々と回避していく。
(ヤツはかなり素早い。北斗を呼び出すのはまずいかもしれない。あの呪詛を受けたらひとたまりもないかもしれん)
晴明の体に呪詛は通らない。だが立っている地面すら歪ませる術に、不用意に近づく理由はない。相手の呪詛をかわしながら晴明は観察を続ける。
(奴の呪詛はあまり遠くには届かないのだろう。強力だが、近づかないと威力を発揮できないとみた。しかし恐ろしいな。あんなものを普通の人間が喰らったら本当に即死してしまうぞ)
フランシスは体についた土を払いのけながら、晴明の顔を見つめた。
「俺が相手をして、ここまで生き延びたのは初めてだ。流石はマトリだ。改めて聞くけど、お前、名前は?」
「呪詛を使う人間に名乗る名前などないよ」
「用心深い奴だな。確かに俺たちは今、殺し合いの真っ最中だが、それはそれとしてコミュニケーションを楽しむべきだぞ」
「……なら一応尋ねるが、マフィアの構成人数は? トップを率いているのは誰だ? そいつはどこに住んでいる?」
「はっはっはっは。そりゃ答えられないな」
フランシスが高笑いする。
「だが、いいぜ。一つだけ教えてやる。俺がブルービアードに入った理由を話してやろう」
「ほう」
「理由といっても単純さ。お察しの通り、俺は異常な食欲を持っていてね。生きてるモノなら基本、何だって食える奴なんだ。だがそれにはどうしても金がいる。マフィアで働けば金が手に入るし、人間の死体を料理して食える。一石二鳥なんだよ」
「……お前には人の心が無いらしいな」
「おお、その通りだよ。俺に人の心なんてものはない。むしろそんなものは邪魔だとすら思ってるくらいだ」
フランシスが、顔だけ笑顔のまま、目だけを細めた。
「いいか。この世界ってのは、
瞬間、フランシスはきらりと光る何かを投げつけてきた。
身をかがめて晴明は回避する。それは小さなナイフだった。
「よくかわした! ならこれはどうだ!!」
フランシスが駆け寄り、歪曲呪詛を地面に放つ。姿勢を崩されまいと、後退して素早く避ける晴明だが、既にその動きをフランシスは予測していた。
「甘いなマトリ! そこだ!!」
包丁ほどもある短刀を取り出し、フランシスは素早く切りつける。斬撃が晴明の左腕をかすめ、鋭い激痛が走った。
「ッ……!! 急々如律令!!」
晴明は雷を放つが、フランシスは獣のごとき素早さでジャンプし、それを避ける。
「もう無駄だ。お前の雷は俺には当たらん」
「……そのようだな」
じんじんと左腕が痛む。血の匂いが空気に混じる。傷口は深くはないが、晴明はかすかに顔をしかめた。
(恐らく、フランシスは私の視線や体の動きから、攻撃の軌道を推測し、先読みで回避しているのだ。なんという厄介な男だ)
呪詛と刃物、二つの暴力を織り交ぜるという、破壊的な手法をとる敵。
晴明にとって極めて珍しい敵だ。
身体能力に関して言えば、フランシスは晴明以上だろう。
だが──晴明はうろたえることなく、脳内で思案を続ける。
(身体能力で勝つ必要などない。見たところ、奴の体はごく普通の人間だ。渾身の一撃を当てさえすれば勝機はある)
さらなる攻撃を加えようとフランシスが駆け寄り、ナイフを投げる。晴明はそれを一目散に走って避けた。
「野の獣のように逃げるだけか?! どうしたマトリ!」
フランシスの挑発も、晴明の心には届かない。
素早い動きも、刃物も、確かに恐ろしい。だがそれは恐ろしいだけだ。
全く理解不能な巧妙な罠などではない。人知を超えた災害などではない。
攻略可能な特性だ。晴明はそう確信していた。
次々に投げつけられるナイフが音を立てて晴明の体をかすめる。そのうちのいくつかが、晴明の皮膚を切り裂き、そのたびに晴明は体勢を崩す。
晴明が反撃のために雷を放とうとしたその時、地面のくぼみに足が引っかかった。
「──!!」
ゆらり、と体の重心がブレて、晴明が片膝をついた。
「そこだ!!」
短刀を構え、フランシスが全速力で疾走する。もう、晴明のどんな動きも間に合わない。
だが晴明はその時、不敵に笑った。
「急々如律令」
その瞬間、道路のあちこちの窪みから閃光が走って、フランシスの体を幾重にも貫いた。
「なッ──!?」
何が起こったか理解できず、フランシスは困惑の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちる。雷撃の痛みを全身に感じながら、数秒かかってフランシスは直感で理解した。
自分は、目の前の男にしてやられたのだと。
「……そうか、貴様、地面に何か仕込んだな」
晴明は何も答えないが、不敵な笑みがその通りであると告げていた。
地面の窪みには、目をこらさないと気づかないほど小さな、折りたたまれた紙が引っかかっている。晴明が雷を扱うときに使う雷符であった。
「成る程。成る程な。貴様、俺のナイフで痛がる素振りをしつつ、地面に符の切れ端を設置していたのか。さっきよろめいたのも、俺を雷が当たる位置に誘うためのフェイクだったんだな」
「はは。普通に攻撃しても当たらないと思ってね」
体中に傷があるはずなのに、それを思わせない爽やかな笑顔で、晴明は笑う。
「フランシス君。君は先ほど、私のことを野の獣と呼んだね。残念ながら間違いだ。それは君の方なのだよ」
さらに符を取り出し、晴明は追い打ちをかけるようにフランシスに雷を食らわした。
「ぐっ、あぁ……!!」
「少々残酷趣味に思えるが、君のような悪党に手加減は無用だ。このまま意識を奪い、生け捕りにさせてもらう!!」
身もだえするフランシスだが、歯を食いしばりながら地面に手をかざす。
「この俺を、生け捕りだと?! ……できると思うな!!」
瞬間、晴明の足元の地面が大きく歪む。晴明は素早くかわすが、激しく歪む地面の一部が圧力に耐えかねてはじけ飛び、砂を巻き上げ、晴明の顔面に砂煙がふきかかった。
「目つぶしか!!」
ほんの一瞬、晴明は雷を停止してしまう。視界を潰すほどの砂煙はすぐに収まった。だがそのわずかの間に、フランシスは既にどこかへ逃げ去ってしまっていた。
後には、穴だらけの道路と、傷だらけの晴明だけが残された。
「……フランシス。一筋縄ではいかない獣のようだな。覚えておくぞ」
道路の奥に広がる闇夜を見つめながら、晴明は呟いたのだった。
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