第23話 ミッドナイトクロウラー
「ディスマスさんはこちらで待っていてもらえるかな。流石に同行するのは危険だろう」
「し、しかしよ、ここで待ってたって危ないだろ」
「心配ない。結界を張る。……すまないが、ペンを持っていないかな?」
「ああ、一応持っているけど」
晴明はディスマスから借りたペンで床に五芒星を描き、ひそひそと小声で呪文を唱える。
「この中にいてください。そうすれば誰にも見つからない」
半信半疑の表情でディスマスはその星の中に入る。すると、その姿が一瞬でかき消えてしまった。床に描かれた星も、始めから無かったかのように見えなくなった。皆、驚きの声を上げる。
「あれっ?! 消えちゃった?!」
「隠形術だ。
「すげーなぁオイ!」
「ただし、これは決して万能ではない。ディスマスさん、どうかじっとしていてください。声も出してはいけない。床の五芒星からは絶対にはみ出ないように。さもないとすぐにバレてしまう」
「わ、わかったよ」
姿が見えないまま、ディスマスは答えた。
「これで、人質を取られる心配はなくなったわね。ここを出るわよ」
ミシェルの言葉に、一同は静かに頷いたのだった。
◆◆◆
宿屋の外の大通りに、マフィアが勢ぞろいしていた。
100人以上はいるであろう男達が、ひしめきあっている。その目の前にマトリは姿をさらした。
「マトリだな。大人しく街を出ていけ。そうすりゃ手荒な真似はしねぇ」
「それはできねぇな。お前ら、呪詛を使うんだろ? この街のどこかに呪物があるんだよな? 俺たちはそいつを取り締まるのが仕事なのさ。お前らこそ引っ込んでな」
ブルーセが言うと、男たちは一斉に怒気を放ち、「何だとコラ」「殺すぞコラ」と言いながら襲い掛かって来た。
「仕方ないわね。……痛い目を見てもらいましょう」
先陣を切ったのはミシェルだった。拳を握り締め、指輪を掲げる。にぶい青の光が輝いた。
「氷結術・
空気に白が混じったかと思うと、それが瞬時にして氷となり、マフィア達の体を縛り上げた。
「うわァァァァァッ?!」
「な、何だよコレは?!」
「氷だ! か、体が凍ってるッ」
マフィア達に混乱と動揺が広がった。アリアネルも武器を構えたまま、思わず「すっごい」と漏らす。晴明も興味深げに凍り付いたマフィアを眺めている。
「面白い術だ。氷結魔術だね?」
「悪いけど講釈してるヒマはないわよ! 見ての通り! 人とかモノとかを凍らせる能力よ! わかったらみんな手を動かしなさい!!」
「分かってます!」
そうして、4対100の戦いが始まった。
マフィア達の怒鳴り声が四方八方に響き渡るが、マトリの4人は一切怯むことはない。
敵を薙ぎ払うのは晴明とミシェルの術。そしてそこから漏れたのを、ブルーセとアリアネルが的確に傘による打撃で無力化していった。
暴力に慣れているはずのマフィア達が、だんだん表情を変えていく。
何だこいつらは、と。
ある者は雷撃に撃たれ、ある者は氷で体を縛られ、ある者は傘で殴打され、地面に倒れ伏していく。
するとある辺りから、無事なマフィアが次々に逃げ出していった。
「あ、逃げていきますよ!」
「奴らはダダ通りに逃げ込んでいる。恐らく本拠地に向かっているのだ。そこには呪詛もあるかもしれない」
「ひとまず呪詛を確保するか。俺達もダダ通りに急ごうぜ」
ブルーセの言葉に他の3人も頷き、マトリ達はダダ通りへと歩みを進めた。
◆◆◆
夜の街は誰も歩いていない。
マフィアとマトリの争いに、関わりたがる者は誰もいないということだ。
「晴明。敵が逃げ込んでいる本拠地、どんな建物か分かるか」
「うむ……式神から見える景色からすると、ダダ通りにある青い物置が怪しい。どうも地下に繋がっているようだ」
「青い物置だな。OK了解!」
もうすぐダダ通りが見えるかという所で、晴明が不意に足を止めた。
「まずいな」
「どうしたのよ?!」
「待ち伏せされていたようだ」
暗がりの中から、誰かがゆらりと近づいてくるのが見えた。
闇に溶けるような黒い外套を着た男だった。
群れを成す大群のカラスに似た、強い不吉を感じさせる気配を身にまとっていた。
「気を付けろ。この男、強い呪詛の気配がする」
晴明が言うと、他の3人に一斉に緊張が走る。
「困るなあ」
外套の男が言った。
「せっかく、のんびりと夕食を楽しもうと思ったのに。お前たちのせいで後回しだよ」
「君は誰だ。マフィアか」
晴明が聞くと、男は笑うように息を吐いた。
「説明するまでもないだろうが……まあ、その通りだ。俺はフランシス。お前らみたいなのを片付ける「掃除屋」だよ」
フランシスと名乗った男が、唐突に走り寄ってくる。
「この男、速い……!!」
ミシェルが即座に氷結術を唱え、男の手足を氷で拘束する。四肢の自由を奪われ、フランシスは地面に横たわる。
だが、フランシスの表情には焦りも恐怖もない。
「なんだ。魔術か。捕縛のつもりだろうが……甘い!」
フランシスを戒めている氷が、「バキ」「ボキ」と音を立てて砕けていく。何か大きな力が加わったかのように、氷が歪められているのが目視でも分かった。
「な……っ?!」
「気を付けろ。呪詛だ」
ほんの数秒で、氷は全てひしゃげ、砕け散ってしまった。
晴明もこのような呪詛は全く見たことがない。
(……マフィアというのは、私ですら及びの付かない呪詛を作ることができる。まったく、厄介だな)
心の中で舌打ちし、晴明は大股で一歩歩み出た。
「ブルーセ。ミシェル。アリアネル。そこの路地からダダ通りに抜けられるはずだ。ここは私に任せて、先に行ってくれ」
「……この黒コートを引き受けてくれるってのか? ありがたいが、大丈夫なのかよ」
「問題ない。ここで時間を食う方が良くない。私も後から追いつく」
晴明は涼しい顔で短く言ってのけた。
しょうがねえな、とブルーセは短く呟いた。誰も反対はしなかった。マフィアの基地に踏み込むのが何よりも重要だと皆分かっていたし、3人の思いは一致していたからだ。
──きっと安倍晴明なら大丈夫だ、と。
「わかった。また後でね!」
「無事でいなさいよ。安倍晴明」
「悪いな、今度メシでもおごる。その代わりこっちは任せとけよ!」
三者三様の言葉を残し、3人は走り出す。
「黙って行かせると思うか!」
フランシスが呪詛を使おうとした瞬間、晴明は稲妻を炸裂させ、動きを妨害する。
「君の相手はこの私だ」
「……いいだろう」
外套のフードを脱ぎ、フランシスが顔をあらわにする。
20代ほどの若い男だ。吊り上がった目が印象的で、野生の肉食獣を思わせる獰猛な表情を浮かべていた。
「セイメイ……とか言ったか。お前のような優秀な奴がマトリにいると面倒だ。ここで死んでもらう。後でバラバラにして、ハーブと一緒に炒めて食ってやろう」
「人を食らうのが好きなのかね。悪趣味なヤツだ」
口角を上げて、フランシスがにやりと笑った。
「仲間からもよく言われる。趣味が悪いとな。だがこれに関してはもうどうしようもない。俺の頭は、「殺意」と「食欲」が同居してんだよ!!」
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