第22話 ディスマスの告白
宿屋は、一番大きな部屋を取ることができた。
「おぉーー、すっごーい! ベッドがフッカフカですよ」
アリアネルはジャンプして部屋のベッドに飛び込み、ゴロゴロと布団を転がった。
「あまりはしゃぐと埃が舞うぞ、アリアネル」
「すみません。こういうとこ泊まるとつい嬉しくて」
「うむ。私もそれは分かるぞ」
きちんとした建物に泊まるのと、廃墟に泊まるのとでは、翌日のパフォーマンスが違ってくる。こうして良いベッドで休めるのはありがたい話だ。
「……私は、正直そこまでテンション上がらないわね。枕が違うとうまく眠れないのよ」
ミシェルがベッドに腰かけながらため息交じりに言う。
「あー、自分の枕じゃないと寝れないってヤツですね」
「そうよ。居心地悪くて。だからもう、こういうときはちゃんとマイ枕を持ってくるようにしてる」
「マイ枕?! それはすごいな」
居心地が悪ければ、自分の品物を持参する。なるほどそういう手もあるのかと晴明は感心した。
「わははは。ミシェルは神経質だもんなァ」
「うるさいわよ。別にいいでしょ」
そんな風にして話していると、部屋のドアがノックされた。入ってきたのは宿屋の従業員である。
「すいません、皆さんにお客だそうですよ」
「客?」
従業員が引っ込み、代わりに出て来たのは、ダダ通りで雑貨屋を営む、片手のない男だった。晴明とミシェルが立ち寄った、あの店の店主である。
「あら、貴方──」
おずおずと部屋に入ってきたその男は、声を震わせながら口を開いた。
「……伝えたいことがある。マフィアが、あんたらを狙ってるらしい。すぐに逃げた方がいい」
◆◆◆
マフィアが狙っていると聞き、晴明はすぐに式神を飛ばした。
紙でできた式神、「揚羽」である。宿屋の屋根から周囲を見張らせたが、特に不審な者は見当たらない。
「今は特に問題ないようだ」
「そうか、今は安全か。とりあえず、このおっちゃんの話を聞く時間はあるってことだな」
ブルーセは部屋の端から椅子を引っ張ってきて、片腕の男を座らせる。
「おっちゃん、よければ聞かせてくれないか。マフィアが俺らを狙ってるってどういうことなんだ?」
「……ああ、話すよ」
片腕の男の表情は張り詰めている。まるで罪を告白する罪人のようだった。
「自己紹介から話すよ……俺は、ダダ通りで雑貨屋をやっているディスマスという者だ。ずっと、マフィアの下働きみたいなことをさせられていた」
「そうか、やはり貴方はマフィアと繋がっていたのだな」
「ああ。マフィアが持ってきた雑貨を売るのさ。多分、マフィアが殺した奴からはぎ取ったモノだろうよ」
「どうして我々に話してくれる気になったのかな」
ディスマスはかたく目をつぶった。
「俺ぁ……どんくさい男でな。戦争が終わって、色んなところで働いたが、長続きしなくってよ。金が無くて死にそうな時に、マフィアの下っ端に声をかけられた。軽い気持ちで、俺はあいつらに協力しちまったんだ」
男の声からは後悔と自責がにじみ出ている。
「あの雑貨屋の奥は物置になっててな。マフィアの休憩所みたいなもんなんだ。時には、マフィアが、明日の朝まで置かせてくれと言って、人の死体を持ち込んでくることもあった。あいつらは「お前は何もしなくていい、ただそこに突っ立って、見ないフリをすりゃいい」と言ってたがよ。俺は怖いんだ……いつか俺も、用済みになって殺されるんじゃないかって……」
「十分ありえるだろうな」
「あんたら、マトリなんだろ。王都まで行くんだろ。頼む、俺も連れて行ってくれ。マフィアに協力してた俺はこれから逮捕されるんだろうが、それでもいい。ちゃんと罪は償う。だから……」
ディスマスは冷や汗をかき、ぎゅっと目をつぶる。それをなだめるようにブルーセが答えた。
「分かってる。そこは心配すんな。王都まで連れてってやるよ」
ほっと息をなでおろし、ディスマスはため息をついた。
「続きを聞かせてちょうだい。マフィアが私たちを狙っているってどういうことなの?」
「ああ。そもそもあんたらは、良くない時期に来ちまったんだよ」
「そうなんですか」
「1週間前から、この街でマフィアの定例会議があったんだよ。つまり今も、マフィアのお偉方が街に滞在しているんだよ」
「マフィア幹部……具体的な名前は分かるか?」
「分からない。俺みたいなのは幹部の名前も人数も知らされないからな」
苦々しげにディスマスは首を横に振った。
「今、ただでさえマフィアはピリピリしているんだ。というのも、何日か前に、ジェフっていう金貸しがマフィアの建物に乗り込んできたことがあったらしいからな」
その言葉に、晴明たち4人は一斉に反応した。
「ジェフ?! おっちゃん、今ジェフって言ったのか?!」
「もしかして、それってあのジェフさんですか?!」
「ああ。あんたら、ジェフが死んだのを調べにやって来たんだよな。……最初、知らないフリをしてしまって済まなかったな」
ジェフは、やはり間違いなくこの街を訪れていたのだ。ディスマスはそれについても詳しく話してくれた。
「口の軽いマフィアの下っ端が教えてくれたよ。ジェフは、この街の人間に金を貸していたらしい。だがそのうちの何人かは、俺のように、マフィアの手先になっている奴だった。ジェフはそれを知ってカンカンに怒ったそうだ。マフィアに手を貸した覚えはないぞ──ってな」
「なるほど」
「ジェフはすぐに、金を貸した店に一人で乗り込んだ。だが運悪く、その店の奥ではマフィアが話し合いをやっていた。すぐに戦いが始まったよ。だがジェフは体に呪詛を受けちまった。噂だと、そこに居合わせた幹部が呪詛を使ったらしい。マフィアはジェフを取り逃がしたのを残念がっているよ」
この街のどこかで呪詛が使われたのだ。
それにより、ジェフは死んだ。せめてもの手がかりにと、マフィアの押し花をつかみ取って逃げたのだろう。だが途中で力尽き、命を終えたのだ。
「……そうだったんだ。ジェフさん、一人で行かずに、まずは私たちに相談してくれれば良かったのに……」
「正義感が強い男であったようだな。直情的に行動してしまったんだろう」
ディスマスはやや前のめりになり、強い口調で言う。
「マフィアの連中、あんたらがジェフのことを調べているのにも気づいてる。マトリを生きて帰すなって、ざわざわしてんだ。ここの居場所だってバレてるかもしれねぇ。悪い事は言わん、ここを去ったほうがいい」
「……確かに、いったん王都に戻って増援を要請するのも手かもね」
「いや。そういうわけにもいかないようだ」
晴明が低い声で、会話を遮った。
「明らかに柄の良くない連中が、この宿屋の裏側に集まりつつある。さらに、それと似たような連中が、街の出口を塞いでいるようだ」
上空に飛ばした式神が、異変をいち早く察知していた。
「……なんてこった。マフィアだ、もう来たんだ」
怯えて顔を覆うディスマスだが、その肩をブルーセが優しく叩いた。
「慌てなさんな。あんた運がいいぜ。何しろ俺たちが近くにいるんだ」
「それでどうするの? 逃げる? 戦う?」
「戦うさ。この街のマフィアをとっ捕まえる。ついでにアジトも調べてやるさ」
ブルーセの言葉に、晴明もミシェルもアリアネルも頷いた。
「やれなくはないだろうな。式神で確認しているが、こちらにやってくる人間たちは呪物を持っているわけではないようだ。武器は持っているがな」
「さすがにマフィアも、街中で呪詛撃ちまくって汚染まみれになるのは避けるか」
「晴明さん、そいつらがどこからやってくるか分かりますか?」
「ダダ通りから来ているな。アリのようにゾロゾロ歩いて来る」
その時、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。ガラの悪い男たちが武器を片手に侵入してくる。
「オラァ!! てめぇらマトリだな!! 死ねやオラァ!!」
男たちは全員凶悪な人相をしていた。ディスマスはびくりと震え上がる。晴明は静かに立ち上がると、軽く笑みを浮かべた。
「ボキャブラリーの乏しい脅し文句、どうもありがとう。すまないが悪人のデリバリーは受け付けていないんだ。失せたまえ」
晴明の手にはすでに符が握られていた。
「雷威雷動。急々如律令」
バリバリバリ──と電撃が走り、男たちは体を痙攣させて即座に気絶した。
「では行くとしよう。騒がしい夜になりそうだ!」
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