第21話 兄・妹(あに・いもうと)

 ミシェルの兄は呪詛戦争中に行方不明になった。


 珍しい話ではない。よくある話である。もしかしたら死んだのかもしれない。


 だが、ミシェルはどこかで兄が生きているのではないかと、そう思えてならないのだ。


 ミシェルがマトリに加わったのは、もちろん生活のためだが、消えた兄を探すためでもある。

 

 優しく、お節介な兄が、いつ帰ってきてもいいように、ミシェルは兄の部屋をずっとそのままの状態で保持してある。


(兄さんがいなくなった分まで、私が──私がしっかりしないと)


 ミシェルの勝気な性格は、きっと、兄がいなくなった反動なのかもしれなかった。


 

 ◆◆◆


 

 ダダ通り。街の中心部から離れたその通りは、他の場所とは一線を画している。


 建物の大きさはまちまちで、作りかけの建物も多い。ひどく閑散としていて、痩せた野良犬が一匹横になって寝ている。中には完全に崩れてしまい、瓦礫と化した建物すらある。


 ──バラック街。そんな言葉がぴったりだろうか。


 マフィアの根城があるという噂だが、本当かもしれないと思わせる雰囲気がある。


「あまり二人だけで奥まで行かないほうがいいかもしれんな」

「……そうね」


 なんとなくだが、歓迎されない空気が伝わってくる。この街の住人ですら、この通りには安易に近寄らないのだろう。


 辺りを見回していたミシェルが「あ」と声を上げた。


「ここ。雑貨屋がある」


 今にも崩れそうな平屋の建物に、アクセサリなどが並べられた店があった。


「ここで話を聞いてみましょう。今日のところはそれで終わり。いいわよね」

「構わない」


 ボロボロの店の中は、意外と片付いており、商品は整理整頓されていた。


 店の奥から、店主の男が現れ「いらっしゃい」と低い声であいさつした。


 背の低い男だ。片腕が無い。このような人間は王都でも見かける。恐らくは戦争による被害だろう。


「ちょっと聞きたいんだけど。こういうの、見たことはある?」


 ミシェルは押し花を店主の前に突き出す。


「っ……」


 店主はぎょっとしたように目を見開いた後、すぐにかぶりを振った。


「知らんよ。そんなもの」

「あら、そう? ここらへんはマフィアが多いらしいじゃない。貴方なら何か知っていると思って」

「そんな事は知らん。私は何も知らんよ」


 分からない、知らないの一点張りだった。ジェフについても尋ねてみるが、そちらも何も情報は得られなかった。


「あんたらは一体何なんだ……?」

「私たちはマトリよ。聞いたことくらいあるでしょ」

「マトリ! おいおい、面倒はごめんだぞ」

「用が済んだらすぐに帰るわよ」

「あんたらみたいなのは迷惑なんだよ! 特に……そこの! へんな服を着てる男! 商品にベタベタ触らないでもらえるか?!」


 晴明は、店に置かれているアクセサリを興味深げに触ったり持ち上げたりしていた。

 

「ん? いけなかったかな?」


 笑顔でとぼける晴明だが、店主の男は不服そうだ。


「当たり前だッ! むやみにベタベタ触るな!!」

「そうでしたか、これは申し訳ない」


 ミシェルが歩み寄ってきて、晴明にヒジをくらわせた。

 

「ちょっと晴明、面倒なことはやめてくれるかしら」

「失礼、気になったものでね。ここには変わった商品が多いようだから」


 晴明の目の前には、ペンダントや髪飾りなどが置かれている。


「ここのペンダントは傷がついてしまっているし、この髪飾りなどは名前が彫られている。商品にしては珍しい。まるで、この間まで他の誰かが使っていたようだ」

「……ホントね」


 ミシェルも商品をしげしげと眺める。店主は目を伏せて語気を強めた。


「う、うちの商品は……その……リサイクル品なんだ。近所の奴らが、いらなくなったものを売りに来るんだ。キズや名前があって当然なんだよ」

「…………そうでしたか」


 晴明はそれ以上追求せず、店をゆっくりと歩き回る。


 すると、ミシェルが大声を上げた。


「こ、これ!」

「どうした、ミシェル」

「……私の兄さんが持っていた首飾りにそっくりなものがあったの」


 それはエメラルドグリーンの首飾りだった。


 細かい傷が少しだけ付いており、それもまた新品ではないことを物語る。


「色も、このかすれた感じも、間違いないわよ、これは兄さんのよ!」


 顔をしかめ、店主はその首飾りを持ち去り、店の奥の戸棚にしまいこんでしまう。


「……あんたら、もう出て行ってくれないか。仕事の邪魔だ」

「何を言ってるのよ!! これはどういうことなのよ!! 詳しく説明しなさい!!」


 声を荒げるミシェルは今にも店主につかみかかりそうな勢いだった。それを制止し、晴明は軽く店主へ頭を下げる。


「分かった。邪魔をしてしまって申し訳ない。我々はこれにて退散しよう」


 そう言って、ミシェルを無理やり連れて、晴明は店を後にしたのだった。



 ◆◆◆



 ミシェルはしばらく落ち着かなかった。街の入り口に戻ってもしばらくの間「あれは兄さんのよ」としきりに言っていた。


 晴明はブルーセの言葉を思い出した。


『俺もミシェルについて詳しいわけじゃないがな。あいつは呪詛戦争の時にお兄さんが行方不明になってるそうなんだ。それを探したいためにマトリに入ったらしい』


 ミシェルをなだめながら、晴明は切り出した。


「君のお兄さんは行方不明になってるそうだね。ブルーセから聞いた」

「…………ええ。知ってたのね」


 ちょうどその時、ブルーセとアリアネルがやって来た。


「おっつかれさまでーーす!!」


 二人とも変わらず元気なようで、晴明はほっと心が和んだ。


「来たか。さっそく情報交換といこう。何か分かったかね?」

「結構色々分かったぜ。まず、ジェフはやはりこの街に来ていたらしい」


 体についた砂粒を払いながら、ブルーセが言う。


「ジェフは金貸しの仕事で、前からこの街に足を運んでいたらしいな。ダダ通りにも訪れていたって目撃証言がある」

「ほう、そうか。やはり来ていたか」

「そのダダ通りなんだが、結構危ない場所みたいだぜ。マフィアの棲み処になってるって噂だ」

「我々も同じ話を聞いたよ。この街の住人ですら近づかないとね」

「そのダダ通りに、どうやら危ないお店があるみたいなんですよ!!」


 話に割って入ったのはアリアネルだ。身振り手振りで興奮しながら話を続ける。


「噂によるとですね。マフィアが人を殺して奪い取ったアクセサリとか日用品を、売りさばくお店があるそうなんです。許せないですよねぇ」

「恐ろしい店だな。どんな店なのかね」

「表向きは雑貨屋さんなんだって」

「!!」


 それを聞いて、ミシェルの表情が固まった。


「あれ? 私なんか変なこと言っちゃった?」

「いや、そうではない。実は──私とミシェルは、先ほどダダ通りに行ってきたばかりなのだよ」


 今度は、晴明が説明をする番だった。

 

 

 ◆◆◆



「……その雑貨屋、めちゃくちゃ怪しいじゃないですか!!」

 

 声を上げたのはアリアネルである。晴明も同感だ。


 マフィアが人を殺し、その所持品を金に換えるのだとすれば、あの雑貨屋がその「手先」になっていてもおかしくはない。


 事実、あそこで売られているものは、新品とは思えない品物ばかりなのだ。


「分かった、明日改めてその雑貨屋に行ってみようぜ。今度は4人でな」

「そうですね。今日はもう、これから夜になりそうですし」


 東の空は既に黒く染まっている。今日はもう休もうと、晴明たちは宿屋へ向かうことを決めた。


 歩きながら、これまで押し黙っていたミシェルが口を開く。


「……あの雑貨屋にあった首飾り。私の兄さんが着けていたものにそっくりだった」


 虚ろな声だった。困惑と悲しみが入り混じった声だ。


「あの雑貨屋が、もし、殺された人の所持品だとするなら……兄さんは……」


 言いかけて、ミシェルは首を横に振った。


「いえ。やっぱり何でもない。気のせいだったかもしれないわ。忘れてちょうだい」


 ほんの数秒、気まずい沈黙が流れた。それを破って声を上げたのはアリアネルだった。


「……ミシェルさんのお兄さんって、どんな人だったんです?」

「優しい人だったわ」


 ミシェルは落ち着いた口調で答えてくれた。今ではなく過去の話であれば、ミシェルは冷静さを取り戻せるようだった。


「兄さんは超がつくほどお人よしでね。私が困ってると、すぐにやってきて「どうした?!」って声をかけてくれたわ。それにすごく心配性でね。冬になると、いつも私に小言を言ってくるのよ。風邪ひかないように厚着をしろってね」

「優しいお兄さんだったんですね」

「父も母も忙しかったから、きっとその代わりをしようと思ったのね。本当に……親切の塊のような人だったわ。その親切心がありあまりすぎて、どんどん私に押し売りをしてくるような、そういう人だったのよ。ああいうのをお節介っていうのよね」


 お節介、と言いつつもミシェルの表情は温和だった。心から兄を慕っているのが、それで伝わって来た。


「……兄さんはね、5年前に行方不明になったわ。呪詛戦争が終わる間際だった」


 誰に言うともなく、ミシェルは虚空に向けて言葉を吐き出す。


「家の近くで、呪詛の被害を受ける人が増えてね。自分が調べに行ってくるって言って家を飛び出して行ったの。護衛として使用人もついていったけど、それきりもう戻ってこなかった」

「そう……だったんですね」

「みんな知ってると思うけど、私がマトリに入ったのはね、兄さんを探すためなのよ」


 ばつが悪そうに、ミシェルはうつむいた。


「……色々と偉そうなことを言っておきながら、結局私は、身内の行方を探したいだけなのかもしれない。欠けた心を少しでも埋めたいだけなのかもしれないわね。私のこと、軽蔑したかしら」

「いえ。私も気持ちは分かります。大事な家族がいなくなった時の空っぽの心は、本当にどうしようもありませんから」


 アリアネルが真面目な顔で言った。


 晴明も同じだった。身内がいなくなってしまうのは何より辛い。


「その通りだ。誰も君のことを軽蔑などしない。胸を張りたまえ」


 そう晴明が言うと、ミシェルは微笑して頷いた。


「ありがとう。……それから、ごめんなさい。捜査中に取り乱して、悪かったわ」

「構わない。気にしていないよ」


 涼しい顔で晴明は答えた。


「──ひとまず、今日のところは休むとしようや。また明日、仕切り直そうぜ」


 ブルーセの言葉で、本日の捜査は終わりとなったのだった。

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