第16話 悪党を紳士的に倒す方法

 北斗は町を出て、広い草原をひたすらに駆ける。


 相手のドラゴンは必死に逃げるが、北斗の脚力には追い付かない。


「いける。追いつけますよ」

「油断すんなよ、新入り!」


 アリアネルとブルーセが言い合っていると、ドラゴンに乗った売人二人のうち、一人がバランスを崩して地面に転がった。


「あっ、一人落ちました!」

「アリアネル、あいつを頼めるか?!」

「任せてくださいよ!!」


 アリアネルは草原に飛び出し、そのままの勢いで売人へ駆け寄る。


 地面に転がったのは短髪の男であった。アリアネルに気づくと、向こうからも走り寄ってくる。


「テメェ、小娘!!」


 短髪がアリアネルの首を掴む。予想以上の力で締め付けられ、アリアネルの視界がかすむ。


「こ……のォッ……!!」


 アリアネルは必死に足を動かす。そうするうち、力任せに振り上げた足が男の股間に命中した。


「あァッ!!」


 男は叫び、悶絶し、その場に倒れ伏す。「やばっ」とアリアネルは口を押さえた。


「……えーと、ごめんなさい。今のは反則技でしたよね」


 申し訳なさを胸に秘めつつ、アリアネルは男を取り押さえるのだった。



 ◆◆◆



 ブルーセと北斗は、敵に追いつきつつあった。


 長髪の男は逃げきれないと悟ったのか、ドラゴンから草原に飛び降りる。


「逃がすかよ!!」


 ブルーセも続いて飛び降りた。男は必死に走って逃げたが、肥満体が仇となり早く走れない。


「逃げんなよ! もう諦めろって!!」


 男が振り向く。そして夕日を背にしてファイティングポーズを取った。


「ナメんじゃねえ。俺はサヨーテン様だ。3兄弟の中で一番ステゴロのうまい男だ。てめぇなんかひねりつぶしてやらァ」

「そうくるか。いいぜ」


 ブルーセは、傘を剣のように持ち、男に向ける。


「来いよ、売人野郎。紳士的に相手をしてやる」

「ハ、たかが傘で俺とやろうってのか。返り討ちだコラ!」


 オレンジ色に染まる草原の中で、戦いが始まった。


 長髪の男が雄たけびと共に突進する。それを即座に回避し、ブルーセの傘が男の肩をひと突きする。


 痛みに眉を歪ませながらも男が低い姿勢で突進し、ブルーセの脚を掴んで刈り取ろうとするが、ブルーセは傘で男のこめかみを的確に突く。そうして勢いを失った男の頭に、勢いをつけて傘を振り下ろし、脳天に渾身の打撃を加えた。


 ガンッ!! という音が草原に響き渡る。


 的確に「点」を攻撃する突き。そして力による殴打。蝶のように優雅で、蜂のように激しい格闘だった。


「い……いってぇ、クソォ」

「はい捕まえた。もう観念しな。これに懲りたら、売人なんてやめるこった」

「うぅ、傘ごときにやられるなんて」

「舐めんなよ。「傘格闘術」ってやつさ。お前みたいなのを生け捕るための技術だよ」


 傘は敵を打倒する装備にもなるのだ。


 こうして、3兄弟は全員捕縛された。夕日は落ち、藍色に染まる空が、夜の訪れを告げていた。


 

 ◆◆◆



 その後の処理は迅速に終わった。


 草原の町を脅かした売人3人は、ロープでジャバウォックドラゴンに縛り付けられた。


 ブルーセは、呪物が落ちた道路の上で液体を振りまく。


「こいつは洗浄水だ。呪詛ってのは厄介でね、土とか床とか壁に染みになって残存したりする。そいつを洗い流すのがこれだ。この作業を「洗浄」と言ったりする」


 アリアネルと晴明がそれを見つめていると、ウーリーンが駆け寄ってきた。


「いやぁ~~~~ありがとうございますぅ~~~~~!! 皆さんお強いんですねぇ!」


 すっかり元気になったウーリーンが、晴明たちに握手しながらにこやかに感謝を述べた。


「お安い御用です。ウーリーンさんこそ大丈夫でしょうか」

「おかげさまでウルトラバッチリメチャ元気ですよぉ!」

「大したケガがなくてこちらも安心しました」


 助けた人がにこやかに礼を言ってくれるのはやはり嬉しいもので、晴明たちも笑顔になる。


「あ、そうそう! せめてものお礼に。これ持って行ってくださいよー」


 ウーリーンはずっしりとした袋をアリアネルに持たせた。中にはたくさんのチーズが入っている。


「おぉ、ドラゴンチーズ!! おいしそうですね」

「うちのドラゴンのお乳からとれた乳製品ですよ。皆さんで食べてくださいな~!」

「すいませんね、ありがとうございます」


 ごぉぉん、と雷鳴のような鳴き声がする。夜の空をドラゴンが飛んでいた。


「夜も飛ぶのですね、ドラゴンは」

「そうですよ。戦争も終わって、ドラゴンたちものびのび飛んでます」


 ウーリーンが目を細めて夜空を見上げた。


「呪詛戦争の最初の方、空飛ぶドラゴンは戦争で活躍したんです。でも、すぐにたくさん殺されるようになりました。ドラゴンは呪詛に弱いので、どんどん落とされるようになったんです。昔は品種改良もままならずに……いっぱい犠牲が出ましたねえ」

「……悲しい事ですね」


 晴明には想像することしかできないが、殺し合いに使われるより、草原で暮らしていた方がきっといいような気がした。


「今は平和でよかったですよ。これからも頑張ってくださいね、マトリの皆さん!」


 満面の笑みで、ウーリーンはそう言ってくれたのだった。



 ◆◆◆



 ドラゴンに乗り、晴明たちは夜道を進んだ。


「そうだ晴明さん、どこかケガしてませんか? 痛いところあったら言ってください。傷薬を出しますから」

「いや、特にケガはない。……好奇心から尋ねるが、この世界の傷薬はどういったものなのかね?」


 晴明の問いにアリアネルが笑顔で小さな瓶を取り出した。


「これですよ! ちょいとした傷なら大体これを塗っておけばOKという優れものです!」


 茶色の瓶の中にはクリーム状の軟膏が入っていた。「見ててくださいね」とアリアネルは軟膏を一すくいし、自分の腕に塗り付けた。


 アリアネルの腕のかすり傷に軟膏が浸透すると、すぐにかさぶた状になっていく。晴明は目を丸くした。


「凄いな……!」


 軟膏で傷を癒すのは晴明も見たことが無かった。その様子を見てブルーセも話の輪に加わる。


「アトルムじゃみんな使ってる傷薬だぜ。ツキノヒカリバナの根とムラサキクモガクレの蜜を混ぜてつくる。キズを塞ぐにはもってこいなんだ」

「いや、これは本当に凄いことだ。キズをほったらかすと化膿することもあるしな。それを防げるものがあるとは、感服した」

「はっはっは。薬の技術に関してはアトルムは結構スゴいんだぜ」


 塞がるキズを見つめ、晴明は感服を覚える。だがほんのわずかに複雑な思いにも駆られた。


(……この技術も、もしかしたら戦争の影響で発達したのかもしれないな)


 そこにたどり着くまでに出たであろう犠牲を思うと切なくなる。だが、ひとまず今は、技術の恩恵を受けられる現実をありがたく思うことにした。


 しばし、3人は無言になった。


 月に雲がかかり始めた頃、ブルーセが口を開いた。


「しかし晴明よ、お前さんの北斗はすげえなあ。あれに乗れば、もうジャバウォックはいらねえんじゃねえか?」

「いや、そんなことはない。式神は長い事使っていると疲れてしまう。だいたい1時間くらいもすると、符に戻ってしまうんだ。そうなったら半日ほど休ませないといけない」

「ありゃ、そうなのか」

「でも可愛いですよねぇ、北斗さん。体がモフモフで……無限に撫でていられますよ、あれ」

「分かるぜ。北斗は可愛い」


 式神を褒められたことがほとんどなかったため、晴明は思わず笑顔になる。


「それにしても、ブルーセさん。見てましたよ。あの傘で戦うヤツ、めちゃめちゃカッコいいじゃないですか!」

「ほう? アリアネルよ、何だねそれは」

「何だよ見てたのかよ。あれは傘格闘術っつってな、金のない連中が編み出した独自の格闘法だよ」

「そんなんがあるんですか! 教えてくださいよ!」

「無茶言うな、俺だって見よう見真似で覚えたんだ。教えられるもんじゃねえのよ」

「そこを何とか! ほらっ晴明さんからもお願いしてください!」


 夜の草原にマトリ達の声が響く。王都までの道を、淡い月の光が照らしていた。

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