第15話 夕暮れの呪詛売りがおよそ3匹

 その道は、建物の間に挟まれた狭い道だった。まばらに人通りはあるが、どことなく仄暗い印象を受けた。


「ここです。ここをよく売人が通るそうなんです」

「へえ。ぱっと見はただの道路だが、分からんもんだぜ」

「夕暮れに現れるはずなんです。早くやっつけないと、ちゃんとした行商人さんが来なくなっちゃいますよ~」


 道の端っこには小屋があり、ジャバウォックを繋げるようになっている。


「よし、それじゃあここで「検問」をやろう。ここを通る行商人を全員調べるんだ。晴明、お前は呪詛の気配を感知できるんだってな?」

「ああ。集中すればできる。小屋の中からなら、呪詛を持っている人間を見破れると思う」

「よし。それじゃ、アリアネルと晴明は小屋の中で待機。俺とウーリーンさんは検問をやろう。なるべく穏やかな雰囲気でな。売人からナメられるくらいに和やかにやる。怪しい奴がいたら晴明とアリアネルは出てきてくれ」

「了解しました!」

「呪詛を検知する道具もあるんだが、これを持ってると怪しまれる。今回は晴明の目に任せるぜ」


 ブルーセの指示の元、役割分担が決められていった。晴明とアリアネルは小屋の中へ入る。


 あまり使われていない小屋のようで、少し埃っぽい。


「では、待機しようか」


 小さな木の椅子に二人で腰かけた。


「……そういえば晴明さん、ちゃんと聞いてなかったんですけど」

「何だね」

「晴明さんの能力って、どういうものがあるんです? 呪詛を祓うとか雷とかは分かりますが、あれで全部じゃないですよね?」

「そうだな。長官であるイサドには話したが、君にはちゃんと説明していなかったか」

「教えてくださいよ」


 自分の能力を説明するというのは何となく恥ずかしく、気が引ける思いだったが、晴明は指を折りながら説明していく。


「雷を呼ぶ。呪詛を祓う。式神を使う。ここらへんは君も知っての通りだ」

「はい、すんごい術だと思います」

「それ以外だと……そうだな、「射覆せきふ」というのができる」

「何です、それ?」

「隠されたものや覆われたものを見破るんだ。陰陽師は大体これができる。分かりやすく言うなら、透視能力のようなものかな」


 実際、初対面の時、晴明はアリアネルの体に呪詛があるのを見破ってみせた。


「へぇー……」

「ただし、ある程度近づき、なおかつ集中しないといけない。この世界の物差しでいうなら、そう……大体5メートリアくらい近くじゃないと分からないな」

「それでも十分すごいですって! 他には?」

「あとは、術やあやかしを打ち破る「九字」。足を踏みならし土地の邪気を払う「反閇へんばい」などだ」

「本当に色々なことができるんですねぇ」

「……実のところ、かなり術はアレンジしてしまっていてな。師匠に知られたら怒られるかもしれない」


 晴明は悪戯っぽくにやりと笑った。


「あくまで持論だが。術とかまじないというのは、時代と共に変わるべきだと思っている。だから平安京にいた頃も、前例と違うやり方で儀式をしたこともあった」

「ふうん……」

「ただ、今の私に占いの力は無い。だがそれはそれで仕方がない。別の世界に来たのだ。別のやり方で頑張るしかなかろうよ」


 道路に、行商人が現れた。


 ブルーセがそれに話しかける。晴明はそれをじっと見つめるが、不審な点は見当たらない。


「あれじゃないな」


 ターゲットをじっと待つというのも、なかなかアリアネルには大変な作業だ。「退屈」に耐えなければならない。


 それでもこれも仕事のうちだと、アリアネルは自分に言い聞かせるのだった。



 ◆◆◆



 夕暮れは深くなり、辺りは暗いオレンジ色に染まっている。


 ふあぁぁ、とアリアネルは思わずあくびをしてしまう。それくらい怪しい人は訪れず、完全に暇をもてあましていた。


「今日はハズレの日かもしれませんね」

「かもしれんな」


 そんなことを言い合っていると、一組の行商人が現れた。


 ドラゴンに乗った3人組の男である。


「……!!」


 晴明がわずかに身を乗り出し、眼を見開いた。


「晴明さん、もしかして?」

「……間違いない。あの3人、呪詛の気配がする」


 晴明が窓ごしに合図を送る。ブルーセはそれに気づき、こっそりと男たちの後ろに回った。


 晴明たちもゆっくりと目立たないように小屋を出た。


 男たちとブルーセが、和やかに話し込んでいる。


「何なんですかい、俺たち怪しいモンじゃありませんって」

「すいませんねー。ここで検問やることになったんですよ。申し訳ないけどお付き合い願います、すぐ終わるんで」


 怪しいモンじゃない、と言いつつもかなり怪しい3人組だった。


 スキンヘッドの太った男。短髪の太った男。長髪の太った男。3人とも太っている。


 ただ単に肥満なのではなく、その脂肪の内側に筋肉を蓄えているであろう、迫力ある見た目だった。


 晴明が声をかけようとしたその瞬間、スキンヘッドの男が上着のポケットに手を突っ込み、突如叫びを上げた。


「お前ら動くんじゃねェェーーーーーーッ!!」


 その手には、怪しげな物が握られていた。


 ミイラ化した人間の手──としか表現しようのない物。


 恐らくは呪物であろう。


「俺には分かるぞ。分かってしまうぞ。お前ら「マトリ」だよなあ? この俺たちを捕まえに来たってわけかい!」


 スキンヘッドがウーリーンの腕をつかむと、ウーリーンの体が痙攣した。


「うぅ、か、体がッ」

「おいお前やめろッ!!」


 ブルーセが静止しようとするが、短髪と長髪がそれを遮る。


「やめときなよ、マトリのあんちゃん。こいつは「麻痺呪詛ハンズオブグローリー」っつってな。筋肉を完全に止めるんだ。俺の手がちょいと滑ったら、このお姉ちゃんの心臓ももしかしたら止まっちまうかもなー」

「くっ……!!」


 ブルーセも晴明もアリアネルも一歩も動けない。その姿を見て、3人の男たちはいっせいに笑った。


「はーははははァ! さっすがシテン兄ちゃん!」

「シテンの兄貴にかかりゃ、マトリなんて目じゃねえな!!」

「ワハハハ。だから言ってるだろ? 俺達、シテン・リキテン・サヨーテン兄弟は最強だってな!!」


 3人の雰囲気から、スキンヘッドが長男であるらしい。短髪が次男で、長髪が三男であることが分かった。


「いいか、そこを動くんじゃねぇ。俺たちはこれから逃げる。それを一切邪魔するんじゃねぇぞ」

「ウーリーンさんを離してくださいよ」

「うるせェーッ!! 俺たちに指図すんじゃねェッ!!」


 晴明は注意深く彼らを観察した。


 呪物は、スキンヘッドの男が持っている「手」以外には無さそうだ。


 人間の遺体を呪物にするというのは極めてポピュラーなやり方である。


(恐らくだが、彼らは呪詛に関しては素人だろう)


 そう晴明は看破する。呪物をあんな風に気安く敵に見せるというのは素人の手口だ。プロの術者は呪物をもっと隠すものである。


(あの呪物さえ遠ざけてしまえばどうにかなるはずだ)


 晴明の術は、必ず詠唱を必要とする。それでは相手に気取られてしまうだろう。


 一切の言葉を必要としないやり方が望ましい。──晴明にはひとつアイデアがあった。


「いいかぁ~~~動くんじゃねえぞ!! おかしな真似はするなよ!! この女が死ぬんだからなぁッ!!」


 3兄弟はじりじりと後退していく。それをじっと見つめながら、晴明が小さく呟いた。


「ゆけ、北斗」


 その瞬間、晴明の懐から符が飛び出て、瞬間的に北斗に変身し、スキンヘッドの男を殴り倒した。


「グァァァァァァァゥッ!!!」


 その一発でスキンヘッドはノックアウトされ、呪物はすっ飛んでいき道路に転がった。


「うわあああああッ!!」


 短髪と長髪が叫び、近くのドラゴンに飛び乗る。そして勢いよく走り去っていった。


「ブルーセ、アリアネル、追うんだ! 私はウーリーンを手当する! 北斗を貸してやるから乗りたまえ!」

「お、おう!!」

「助かります!!」


 北斗は身をかがめ、「くぉん」と鳴いた。乗れという合図だ。ブルーセとアリアネルはふわふわの背中に腰かける。


「よおし、北斗さん! お願いします!」


 アリアネルの声にこたえるように北斗はひと鳴きし、町を駆けるのだった。

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