第13話 歪曲美味礼賛

 ガラの悪い人間というのはどこにでもいるものである。


 王都の南に住む、ラーピンチという男もそうだ。


 ラーピンチは戦争によって両親が死んだ孤児である。同じような孤児出身者を集め、グループを組んで暮らしている。


 ある時は日雇いの仕事に精を出し、ある時は通行人を脅して金品を奪いとる。典型的なチンピラであった。


 ラーピンチが仲間を連れて、酒を飲みながら道を歩いていると、仲間の一人が口を開いた。


「なあ、昨日金を奪った男だけどよ。あいつ、実はマフィアの一員らしいぞ」

「マフィアぁ?」

「呪詛マフィア、ってのがいるんだとよ。呪詛を売りつけて金を稼いでる連中だ」


 ラーピンチ達は先日、通りがかりの男を集団で殴りつけ、金を奪って逃げている。見た目以上に金を持っていたことから、「アタリだ」と喜んだものだった。

 

 それがマフィアかもしれないと、仲間の顔は青ざめている。


 だが、ラーピンチは一切何とも思わなかった。


「なあ、俺たち、マズいやつに手ェ出しちまったんじゃねえかなぁ」

「ひひひ、いーじゃねーか。やられる奴が悪いんだろ」


 やられる方が悪い──それがラーピンチの持論だ。


 一息に酒をあおり、叫ぶ。


「ひひひ、気にすんなって!! そいつの仲間が仕返しに来るのをビビってんのかァ?! いいじゃねえかよ、返り討ちにしてやろうぜ!!」


 仲間たちは笑いあったが、不意に、その笑い声が止んだ。


 道の向こうに、誰かが立っている。


 真っ黒な外套に身を包んだ誰かが立っている。奇妙なことに、片手には大きなパンを持っていて、それをむしゃむしゃと食べている。


 その誰かは、まるで幽鬼のごとく、ゆらりとこちらに近づいてきた。


「お前たち、昨日ここで、ある一人の男から金を奪ったな?」


 奈落の底から湧き上がってくるような、暗い声だった。


「……そうだが」


 ラーピンチが答えると、外套の男は小さく笑った。


「そうか。何だ、ただのチンピラか」

「何なんだ、てめェ」


 外套の男に、ラーピンチの仲間がナイフを取り出しながら近寄った。


「たった一人で来るとは勇気があるこったな。テメェも半殺しにしてやる!!」


 チンピラというのは、暴力を、悪いことだと微塵も思っていない。


 それどころか、自分たちには「暴力を振るう権利がある」とすら考えている。


 問題解決の手段として、ごく当然に、彼らは人を痛めつける。


 しかしラーピンチ達はいくつか誤算があった。まず一つに、当然マフィアも暴力という手段をとても気軽に使うということ。


 そしてもう一つ──外套の男には、例え一人きりであっても勝利できる絶対の自信があるということだ。


「歪曲呪詛ディストーション」


 外套の中から詠唱がささやかれた。


 その瞬間、「メキョ」という音と共に、ラーピンチの仲間の左腕が幾重にもへし折れた。


「ヒィィィィッ?!」


 見ると、腕といっしょにナイフもグニャグニャに折れ曲がっている。


 ラーピンチ含め、その場の全員が悲鳴を上げた。


 外套の男がパンをみながら静かに言う。


「往生際だ。大人しくしておけ」


 ──気づいた時には、ラーピンチは空を見上げながら横たわっていた。


 周囲の仲間たちは、首や体を折り曲げられ、もう息をしていない。


 ラーピンチの腕も飴細工のようにへし曲がっており、体中が痛い。


「おっと、まだこいつは生きてたか」


 外套の男が歩み寄ってくる。


「く、くそ、クソォッ!!」


 身をよじって抵抗しようとするが、体が全く動かない。


 ラーピンチが持っていた酒瓶が地面に転がっている。外套の男がそれを拾い上げた。


「へえ、ウイスキーか。良いのを飲んでるじゃないか」


 男はしげしげと瓶を見つめたかと思うと、ぐびりと残ったウイスキーを口に含んだ。


 が、すぐに不快そうな声を上げた。


「味が落ちてやがる。さてはお前、こいつを日光にさらしたな? こういうのは直射日光に弱いんだ。分かってないな、お前」

「え──」


 酒の保存方法など、ラーピンチは考えたこともなかった。


 酒なんて酔えればそれでいい。それくらいの感覚しかなかったのだ。


「せっかくの素晴らしいモノを台無しにするとは。愚かだな。その愚かさに似合った死を遂げるといい」


 男は、ラーピンチの顔に手を押し当て、先ほどと同じように呪詛を唱えた。


 そうして、体のひしゃげる音と共に、ラーピンチの息の根は途絶えたのだった。


 

 ◆◆◆


 

「おーい、もういいぞ」


 外套の男が手を振ると、後ろに隠れていたマフィアの男二人が姿を現す。一人は痩せていて、一人は小太りだ。


「それじゃあ、死体の処理はよろしく」


 外套の男はパンを食べ終え、懐からもう一つのパンを取り出した。人を殺したとは思えないほどリラックスしている。痩せている方のマフィアが声をかけた。


「お疲れ様です……凄いですね、フランシスさんの呪詛は」


 フランシス、と呼ばれた外套の男はパンを食べながら答えた。


「まあな。これくらいはだよ」

「どうやったらそんなに上手に呪詛を使えるんです?」

「そんなのは簡単だ」


 フランシスはすぐにパンを食べ終えると、薄く笑った。


「そもそも呪詛ってのは便利なもんだ。血筋も家柄も関係ない。誰にでも使えるモノなんだよ。だから呪詛は「革命」なんだ。そんな呪詛を使いこなすコツはたった一つ。人間性をどれだけ捨て去れるかにかかっている」

「人間性……」

「人の道を踏み外せ。倫理道徳のスイッチを一瞬で切れる奴になれ。そうすれば自然と呪詛が上手くなる。まあ頑張れよ」


 そう言って、外套の男はすたすたと歩き去っていった。


「……とんでもねえな、フランシスさんはよ」


 痩せた男が、フランシスの背中を見送りながら呟いた。すると小太りの方が小声で尋ねてくる。


「すみません、あの人は一体誰なんです? 凄腕ってことは分かりましたが」

「ああ、そういやお前は新入りだったな。覚えとけ、あの人がウチの幹部だ。フランシス・プラレティさんだよ」

「幹部……! 道理で凄腕だと思いましたよ」

「ああ。たまにこうやって、下っ端の仕事を手伝ってくれるんだ。ウチに2人いる幹部のうちの1人さ」


 例えドラゴンに食われても、フランシスなら余裕で出てこれるだろう。2人はそれくらいの迫力を覚えた。


「それより、とっとと死体を処理するぞ。見つかると厄介だからな」

「分かりました」


 そうして2人は淡々と死体の処理を始めた。


 こんな事件は、決して珍しくない。


 呪詛を扱うマフィア。彼らは「ブルービアード」という名で、アトルムの中枢にまで食い込んでいる。


 彼らは王国に巣くう──まるでアリの巣のように。

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