第12話 今日からマのつく公務員
「ほぉぉぉ~~~~~……カッコいいですねぇ~~~……」
オレンジ色の夕焼けが差し込むイサドの執務室で、魔術取締官の腕章が授与された。
大きな翼がかたどられた、美しい腕章だ。アリアネルは目を輝かせながらうっとりとそれを見つめている。イサドが笑顔で祝福してくれた。
「おめでとうございますわ。我々はあなた方二人を歓迎いたします。この国の平和のために尽力してくれることを期待しますわ」
「はい! ありがとうございます!!」
「感謝いたします」
ブルーセとミシェルがぱちぱちと拍手する。イサドが腕章を指さしながら微笑んだ。
「その腕章は呪詛よけにもなっていますわ。常に身に着けておくように。ポケットに入れておくだけでも構いません。呪詛を打たれても、ある程度は防いでくれます」
「凄いアイテムですね。心得ました!」
「もしかしたら晴明には不要かもしれませんが……」
「とんでもない。ありがたく受け取らせていただきます」
晴明とアリアネルは揃って腕章をつけてみる。これで晴れてマトリの一員だ。
「この魔術取締官という仕事は、貴方がた4人のみ。二人にはブルーセの下について働いてもらいますわね」
「はっはっは。そういうことだ。この俺こそ、魔術取締官隊長ブルーセ様だぜ。俺の言うことをよーく聞いて真面目に働くんだぜ」
先輩風を吹かそうとするブルーセを、ミシェルがどついた。
「あまり偉そうなことを言わないように」
「ふぐっ。じょ、冗談だっつうの」
そんな二人を前に、おずおずとアリアネルが手を挙げた。「おっ、アリアネル質問か?」とブルーセが指をさした。
「えぇっと、すいません。我々以外にマトリはいないんでしょうか?」
「残念ながらいないんだ。昔は優秀な人材がいっぱいいたそうだが、呪詛戦争でどんどん死んじまって一時期は活動停止にまで追い込まれたんだわ」
「そうか。呪詛と戦える人間が、そもそもいなくなってしまったんですね」
頷いて、イサドが答える。
「簡単な呪詛なら、アトルムの騎士団でも解決できますわ。私たちが担当するのは、騎士団の手にも負えない厄介なモノ。重大で凶悪な呪詛に対処するために、我々はいるのですわ」
「……よく分かりました。責任重大、ですね」
アリアネルの表情に緊張が走る。それを見てブルーセが笑顔で話を変えた。
「まあそう緊張すんなって。楽しい話もあるぜ。二人が住む場所はこっちで提供する。あとそれから俺達が格安で使える食堂があるんだ。後で案内してやるぜ」
「ほう、食堂まであるのか。それは助かる」
晴明はほっと胸をなでおろす。ひとまず、生活について困ることはなさそうだった。
「では、アリアネルには王宮の構造を教えておきますわ。ブルーセ、案内してあげて」
「分かりました」
「あ、それから晴明さんはこちらに残ってくださいますか」
促されるまま、晴明は椅子に座る。「それじゃちょっと行ってきますね」とアリアネルはブルーセと共に部屋を出て行った。
部屋には、イサドとミシェルと晴明の3人が残される。
「……それで? この私に何か話でもあるのでしょうか」
「ありますわ」
イサドは目をキラリと輝かせ、強い口調で迫る。
「安倍晴明。空の穴からやってきたという異世界人。貴方が知っていることを教えてほしいのですの。平安京という街のこと。術のこと。そして呪詛のことをね」
「ははぁ、なるほど」
知っていることを教えろ──何も不自然な要求ではない。
この世界にとって、晴明という存在は異物だ。それが何者なのか、イサド達には調べる権利がある。
特に晴明は不愉快を発することもなく、平然とそれを受け入れた。平安京で一通りの理不尽を経験した晴明にとって、このくらいの尋問はむしろ優しい方であった。
「いいでしょう。お話しますとも」
「あ、あら……案外素直に話してくださるのですね?」
「私という存在は、皆さんにとっては「わけのわからない男」です。それを信用してもらうには、話をするのが一番だ」
「賢明な判断に感謝するわ」
ミシェルは早速筆記用具を準備している。書記に徹しようというのだろう。
「では、まずお聞きしますわ。まずは、「陰陽師」という存在について──。」
◆◆◆
たっぷり1時間、晴明は質問に答え続けた。
「……成る程、成る程。よくわかりましたわ」
平安京。陰陽師。呪詛。晴明の語る言葉に淀みはなく、イサドは冷静に内容を咀嚼することができた。
「いいでしょう、貴方をひとまずは信じましょう。貴方が良心の男であると信じましょう」
「それはありがたい」
「長い間お疲れさま」
目の前の人間から信用してもらうというのは、やはり嬉しい。晴明の表情もほころんだ。
「それでは遅くなりましたが、建物の案内をミシェルに任せます。拘束してしまってごめんなさいね。これからよろしくお願いします。安倍晴明」
「こちらこそよろしく」
解放された晴明は、ミシェルの案内の元、ようやく建物の中を巡ることができた。
晴明にとってありがたかったのは、アトルムの貨幣を全くもっていなくとも、食堂を利用できるということだ。魔術取締官の腕章を見せれば食事ができ、その分は給料から差し引かれるという。
石でできた堅牢な建物は、晴明の興味を惹いた。
「なるほど、建物は石づくりか。面白い」
「石がたくさん採れる地域があるからね。平安京は違うの?」
「平安京は基本、建物は木造なのだよ。おかげで火事になると途轍もない被害を受ける」
外はすでに暗い。魔術取締官本部の廊下に、照明が灯った。薄暗がりの廊下がぱっと明るくなった。
「おお、便利なものだな」
「あれは「太陽石」を使ってるのよ。太陽の光を吸収して、夜になったら光るの」
「素晴らしいな。平安京にもほしい」
「その口ぶりからすると、そちらでは灯りというものがあまり無かったのかしら」
「一応はあったさ。だがここまで明るくはないな。それに灯りというものを普段から使えるのは貴族のような特権階級ぐらいさ」
「……貴方の話を聞いていると、平安京がひどく不便な街に思えてくるわね」
「はははは。まあ無理もない」
一通り、王宮の案内を終えると、ミシェルが「それじゃ」と言った。
「案内はこれで終わり。私はもう帰るわ。明日の集合時間は9時だから送れないようにね」
「了解した。時間は、時計……? を見ればよいのだな」
「そうよ。ああそうか、平安京には時計すらないのね。ほんと面倒くさいわね、貴方」
「うむ。広い心で許してほしい」
「……朝8時になったら鐘が鳴るわ。それを目覚ましになさい」
遅れないでよね、と言いながらミシェルは去っていった。
「……口調は冷たいが、それなりに丁寧に説明してくれたな。ミシェルは」
一人取り残された晴明は、廊下をゆっくりと歩く。すると思い出したかのように腹の虫がぐぐうと鳴った。
「……腹が減ったな」
どうしようかと考えていると、後ろから声をかけられた。
「晴明さん!」
アリアネルだった。横にはブルーセもいる。
「おう晴明、お疲れさん。メシでも食おうぜ。俺がおごるからよ」
「よいのか?」
「構わねーよ。お前さんも俺の部下なんだ、試験の合格祝いさ」
「そういうことなら、ぜひいただこう」
どうやら仲間に恵まれたらしい、と晴明は思った。
◆◆◆
「というわけでぇ~~~~、お二人とも合格おめでとう~~!!」
ブルーセがごちそうしてくれたのは、鳥のロースト肉であった。
「ふわぁぁ、おいしそうですねえ」
「鳥か。これはまた豪勢な」
平安貴族は肉食を嫌ったが、全てが避けられたわけではない。
魚の肉は食べていたし、野生のキジを狩って食べることもあった。
「こいつはコカトリスのローストだ。脂が乗っていて旨いんだぜ」
「よくわからないが何やら凄そうだな」
肉を口に運ぶと、じゅわりとした肉汁が頬に広がった。
「んん~~~~、おいひいい」
「これは……ほう……良いな、とても良い」
晴明もアリアネルも、揃って喜びを口にする。
「うまいか? うまいだろ? 俺の大好物なんだよな~コカトリスは。ほら冷めねぇうちに食え食え」
「むふふふ、すんごいおいしいですぅ」
「アリアネル、肉汁がこぼれてるぞ」
「おおっとすいません」
食事を囲み、笑いあう。その楽しさはどの世界でも同じだと改めて晴明は思う。
「しかし、何だな。この国では、こうして夜になってから食事をするのが当たり前なのかね?」
「そりゃそうだろ」
「なるほどな。平安京では基本、日没前に食事をして、日が落ちたら眠るものだったんだ。だから何だか不思議な気分になるな」
「日が落ちたら寝ちゃうんですか?! 寝てる間にお腹空いちゃいません?!」
本気で心配そうな声を上げるアリアネルに、晴明は思わず笑ってしまう。
「その分、起きる時間が早いんだ。夜明けと共に目覚めるのが平安京だからな」
「早寝早起きすぎますね」
「平安京は灯りが貴重品だったものでね。夜は眠る時間なのさ。夜中でも起きているのは一部の貴族や僧侶……あるいは盗賊くらいのものだ」
「なるほどな。夜中に働けるってのは、そもそも灯りのおかげってことか」
灯りというものは景色を変える。灯りというものは「生活習慣」を変える。
夜の暗闇は、まるで死の国にでも繋がっているかのような恐怖をかきたてるものだった。
だが、こうして安定した「照明」があると、そんな恐怖は感じない。
「それじゃ晴明さんも、早寝早起きしてたんですね」
「その通りだ……と言いたいところだがな。実はそうでもない」
「へぇ?」
「かつて、天文博士という職についていたことがある。星の動きを占い、その内容を帝に報告する仕事だ。星見をするということは──つまり、夜中ずっと起きていなければならない」
「そっか、星見は夜じゃないとできない仕事ですもんね」
「そう。天文博士というのは、つまり「夜勤」なのさ」
晴明は平安京の夜を思い出す。誰もが恐怖を抱いていた、絶対的な暗闇を思い出す。
だが、強い照明というものは、その夜すらも欺ける。
ロースト肉を頬張りながら、晴明はその便利さをしみじみと噛みしめるのだった。
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