第11話 実技試験

 アリアネルは完全に肩を落としていた。陽だまりのような元気をどこかに忘れてきたかのように、完全に落ち込んでいた。


「うぅぅ……ま、まさか試験なんてものがあるなんて……」

「落ち着け、アリアネル。こういう時こそ平常心だ」

「不安ですよぉ。とびきり難しいヤツだったらどうしよぉぉ」


 3人を乗せたジャバウォックが、大きな建物に入る。


「ここが王宮だ。アトルムの中央政府ってわけだな。端に魔術取締本部がある。そこがマトリのアジトだ」


 赤く塗られた床と、白い壁が、厳かな印象を与えてくる。


 ジャバウォックを降りて少し歩くと、眼鏡をかけた女性が迎えてくれた。


「貴方達がマトリの候補ですわね? どうも、始めまして。魔術取締局長官のイサド・クラムボンと申しますわ」

「あ……えっと……よろしくお願いします!!」

「これはご丁寧にありがとうございます」


 にっこりと微笑むイサドの表情は穏やかだ。


「すでに聞いているでしょうが、マトリには試験があります。これをクリアすれば、貴方がたを私たちの仲間として認めましょう。住む場所、そして十分な給料を約束いたしますわ」

「そ、その試験ってのは、すっごく難しいやつですか?」

「ふふ、どうでしょう。すぐに分かります。ブルーセ、ご案内してあげて」

「了解しましたぜ」

 

 ブルーセに案内されながら廊下を進む。小刻みにぷるぷると震えるアリアネルの肩を、晴明はポンと叩いてやった。


 やがて、石造りの大きな部屋が並ぶ廊下に通された。

 

「ここだ。入ってくれ」


 晴明とアリアネルにはそれぞれ1部屋ずつがあてがわれた。


「試験の形式は「実技」ですの。一人のみで受けてもらいます」

「えぇぇ?! うう、どんな試験なんですかぁ」

「お互い頑張ろう、アリアネル」


 涼しい顔の晴明と、怯えるアリアネルが、扉をくぐり抜けてそれぞれの部屋へと入った。


 石造りの部屋は広場ほどの大きさがある。天井には窓がついており、日光が入ってくる。木や草が植えられており、ちょっとした森の中のようだ。向かい側の壁には茶色い扉が設置されていた。


 少し時間をおいて、それぞれの部屋にイサドの声が響き渡った。


「実技試験の内容は簡単ですわ。これから、お二人にはゴーレムと戦ってもらいます。ゴーレムを全て破壊できれば合格。制限時間は15分です。頑張って」


 二人の目の前の茶色い扉が開き、そこから5体の屈強なゴーレムが出現した。


「それでは始め!!」


 イサドの声で、試験が開始された。



 ◆◆◆



 試験の様子は、近くの監督用の部屋から見ることができる。


 イサドとブルーセは椅子に座り、二人の戦いを見守っていた。


「それで、実際どうなのです? ブルーセ。彼らはどんな感じ?」

「どちらも優秀だと思いますぜ。俺らの仲間として是非加入してもらいたいですね」

「あの晴明という男は? 空の穴から来たというけど、危険ではないのですか?」

「俺の見立てじゃ危ない奴じゃない。良心を持って人に接してくれる男だと思ってます」


 そこへ、ミシェルが入室してきた。


「すみません、遅れました」

「おぉーミシェル! お前さんも来たか。こっち座れよ、もう始まるぞ」

「あら、そう。では隣に失礼」


 表情を変えず、ミシェルは席に着く。


「例の二人の試験よね。合格してくれればいいんだけど」

「なあに、きっとうまくやるさ。そんな気がするぜ」



 ◆◆◆

 


 ──試験開始の合図の後、真っ先に動いたのは安倍晴明だった。


「岩で作られた人形か。どれどれ」


 恐れることなくゴーレムに触りに行く。それを捕まえようとゴーレムは一斉に近寄るが、晴明はそれを器用によけながら岩の表面をべたべたと触った。


「ごく普通の岩か。符が貼りつけられているというわけでもないのだな。ふーむ」


 距離を取りながらじっと観察する晴明だが、不意に両の眉をくいっと上げた。


「なるほど。おおむね分かった」


 晴明は人差し指と中指を立て、胸元に構える。剣印と呼ばれる姿勢である。呼吸を整えながら晴明は素早くまじないを口にする。


「青龍、白虎、朱雀、玄武、勾陳、帝台、文王、三台、玉女。妖術退散、急々如律令」


 多くの単語をよどみなく発音する。するとゴーレムの動きが止まる。


 ぱしっ──と軽い音がして、ゴーレムの体が即座にがらがらと崩れ落ちた。


「ご、合格!」


 慌ててイサド達が晴明たちの元へ駆けよって来た。


「どうなってるんですの、どうなってるんですの?! 一体どうやったんですの」


 平静を装うとするイサドだが、動揺が隠しきれていない。符を懐にしまいながら晴明は解説する。


「簡単です。ゴーレムを観察したところ、首の後ろ側に術が書き込まれているのが分かりました。つまり岩人形たちは、まじないで動かされている。それが分かったので、ひとまず対抗できそうな呪文を試したまでのこと。一発でうまくいって良かった」

「へぇぇぇ……」


 晴明が用いた術は「九字」である。


 臨兵闘者皆陣烈在前──でよく知られるが、それだけではなく様々なバリエーションがあり、その効果も多岐に渡る。


 晴明はこれを、まじないへの対抗、あるいは妖の退散のために習得した。


(とんでもない才気の持ち主ですわ)


 イサドは舌を巻く。ゴーレムの術を初見で推理し、無効化するというのは素人には決してできない芸当だ。


 ──この者は術というものに精通している。知識だけではなく、アドリブも効く。イサドはそう確信した。


「お見事」


 クールな表情で、ミシェルが小さく拍手をした。


「ときに、アリアネルはどうなっているかな? もう合格したのでしょうか」

「いや、まだなはずだぜ。良かったら一緒に試験を見守ろうか」

「ぜひそうさせてもらいましょう」


 晴明もほかの3人と共に小部屋に入り、アリアネルの戦いを見守ることとなった。


 ──ちょうどその時、当のアリアネルは、果敢に攻撃を繰り出していた。


「ぜぇやああああああ!!」


 腰に差した剣を振りかぶり、ゴーレムに叩きつける。力任せの素早い攻撃もまた立派な「技術」である。


 だが、剣はゴーレムの体に届かない。傷一つ付かない。アリアネルは一気に青ざめた。


「どわぁぁぁぁぁぁッ!! こいつら硬すぎますよぉぉ!!」


 そんなわけでアリアネルは必死に全力疾走をし、ゴーレムから逃げまくった。


 剣も、殴りもゴーレムには通用しない。


 必死に逃げながらアリアネルは攻略法を考えていた。


「強くて硬い敵とか最悪です! どうにかしないと、どうにかしないと!!」


 そんなアリアネルの目に、ある物が飛び込んできた。


 それは、ひとかかえもある大岩。


 植えられた木の陰にぽつんと置いてある、ごつごつとした塊だ。


「……もしかしたら、こいつならやれるかも!!」


 アリアネルは腹の底に力を込め、岩を持ち上げる。そして、


「でぇりゃああああああ!!!!」


 追いかけてくるゴーレムに向かって投げつけた。


 グシャッ!!! ──というくぐもった音と共に1体のゴーレムが砕け散る。


「や、やった!!」


 砕けたゴーレムは再生せず、ばらばらの石となった。


「これです! この作戦ならいけます!! よ、よぉしかかってこい! まとめてブッ飛ばしてやる!!」


 投げつけた岩は端が欠けてしまったが、まだ大きさを維持していた。それを拾い上げ、アリアネルは再びゴーレムに岩を投げつけた──。


 10分後、アリアネルは全てのゴーレムに岩を投げつけ、ばらばらにすることに成功した。


「合格です。お疲れ様ですわ」


 イサドの声を聞き、アリアネルは安堵のため息をつきながらへなへなとしゃがみこんだ。


「はぁぁぁぁ、疲れたぁぁぁ」


 安堵したのは晴明も同じである。晴明はすぐにアリアネルの元へ駆けより、肩を叩いてやった。


「よくやったな。でかした」

「あ、あははは。頑張りましたよ」


 晴明やアリアネルは知らされていないが、ゴーレム試験のクリア方法は大まかに二つである。


 一つは、ゴーレムの術の仕組みを推理し、術を無効化すること。


 一つは、力ずくでゴーレムを粉砕すること。


 晴明とアリアネルは、それぞれのやり方で試験をパスしてみせたのだった。


「わははははは。岩をぶつけてゴーレムをバラしたな。いいねえ~、君みたいな攻略法、俺は大好きだぜ。何はともあれ、合格おめでとう!!」


 大笑いしながら、ブルーセは祝福してくれる。その横で、ミシェルはやはりクールな表情で小さく拍手をしている。


「お見事」


 こうして、魔術取締官の実技試験は、二人の合格者をもって終了したのだった。

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