6.祝福の花

「いただきますが……ない!?」

「うーん、召し上がれ、は西欧ではあるようなんだけど食べる側が『いただきます』はないみたい。あ、アジア圏内の『合掌』は感謝って言う意味で同じかな」


 合掌。感謝。

 いただきます、という言葉は感謝の言葉であるらしい。


「日本独特の言葉みたいです。いただきますは『命を頂きます』。あるいはそこに携わった人たちに対する感謝の言葉になります」

「感謝……日本はその意味を持つ言葉が複数あるのね」

「当たり前すぎて即答できませんでした。すみません」


 謝るのも素直だ。

 神魔での情報交換はたまにするから聞いている。世界には謝ったら負け、という風潮の国も少なくないらしく、こんなふうに簡単に頭を下げる国の方が少ないのだと。


「本当にこの国は、変わった国なのね」

「基本的に国から出たことがないので比較ができないんですが……そう言われてますね」


 同じ水に棲み続ければ、そこが澄んでいるのか濁っているのかもわからないのと同じだろうと私は思う。

 少しだけ、彼らのことが分かった気がした。


「で、話を元に戻すと、そんな感じで日本人は特に宗教を持っていなくても宗教で規定されているようなことを自然としていたりします」

「そう言う意味では治安もいいと言われてましたし、アパーム様も安心して……って神魔のヒトが人間に襲われて怪我するとか普通ないか」


 そうでもないのだが、平和な思想の彼らからするとその可能性自体がないらしい。


「秋葉」

「?」

「私は閃いた」


 突如、彼女が言った。



  *  *  *



 閃きはいつも突然すぎるらしく、それ今言わなくていいから、と彼に制され大人しく彼女は黙したままだったのが気にかかるところ。


 それから今度は私の方が館の中を案内して、その日はふたりとも帰っていった。

 青や蒼が好きらしく、彼女はとてもこの館の内装を気に入ったようだ。嬉しそうにしてくれたので私も嬉しい。



 少しだけ日本人のことがわかると、外に出て人間に会ってもあまりその視線が気にならなくなった。

 視線が気になる、というより正しくは「見ないようにしてくれている」ことが理解できたから。

 芸能人という人気の有名人が街を歩いていても、基本的には大騒ぎしないのが彼らなりの気遣いなのだとも聞いていた。「神様」ともなればさらに別格扱いをする人もいるだろう、と。

 確かに本国でも別格扱いではあったけれど、民族が違うとこちらの感じ方まで違うのは彼女の言った通り「異文化」というものなのだろう。


(大分、生き物が戻って来たわね)


 公園の整備された小川に手を入れてみる。流れは清らかになったと思う。

 ここがきれいということは、私の力はそれなりに上流域にまで及んでいるということだろう。

 やはり私もさらさらと流れる清流を見ている方が気持ちがいい。


 今日も天気が良くて、少し離れた広場からはきゃっきゃとこどもたちが遊んでいる声が聞こえる。

 目を閉じると、さわりと頬を撫でる風に紛れるその声は同郷のものと大して変わらない。


「あぱーむさま」


 そう呼びかける声はずっと昔に聞いたものだった。

 懐かしい記憶。それは人と神が共存していた人間が言う「神話」の時代。

 ふ、と目を開けて……私はいつのまにかすぐ横に、小さな影があることに驚いた。


 私の服の裾を、小さな子供が引いていた。


「あぱーむさま、あぱーむさまがお水をきれいにしてくれたって」


はい! と女の子は小さな手をこちらにつきだす。その手には小さな白い野の花が握られている。


「ありがとう!」


 その言葉を笑顔とともに渡されたその時。

 私の頬を、一筋の涙が伝っていた。



「あぱーむさま、どうしたの!? どうしてないてるの? おなかいたいの?」


 雫が落ちるより先に、あわてて子供がそう表情を変えてしまう。私はひっこめかけたその手から花をそっと受け取ると


「いいえ」


 幼子を抱きしめた。


「ありがとう。とってもきれいね」


 我知らずに、笑顔が唇に浮かんでいた。



 *  *  *



「最近、何か良い変化でもあったか?」


 アグニが聞いてくる。火力発電所とやらの作業がひと段落ついたらしく、彼も最近は少しゆっくりしている。


「そうね、少しだけこの国のことが分かったら、落ち着いたみたい」

「理解することは重要だ。私も携わることで初めて分かったことが多々ある」


 そうして互いにこの国に来て起きたことを改めて話した。ようやく今後の行く先が見えてきた気がする。


 そんな折、外交官の彼から連絡があった。


 近くの『幼稚園』からの訪問を受けてもらえないかと。

 アグニも一緒で、少し考えたが人と関わるいいきっかけだと受け入れることにした。

 私はこどもが好きだし、見学くらいどうということはない。


 当日は、アグニを見るなり泣きだす子もいた。

 私の姿を見るとなぜか泣き止んだ。

 こどもたちと先生。外交官の彼と、彼女も一緒に来て、館はかつてないほど賑やかになった。


「アパーム様、すっごいきれいですね」

「目の保養です。それに優しい」


 同性の教諭からそんなことを囁かれるのがとても珍しかったが、どうやらこの国では女性が女性に賛辞送る時もそういう言葉を使うらしい。全てが全て違う、と初めから思っていると感じ方も大分違うのだなと思う。


 館の案内は従者に任せていたけれど、アグニもすぐに慣れられるとこどもたちは容赦なくその大きな体にしがみついたり、そんなことはお構いなしなアグニが持ち上げると喜んでよじ登ったりしようとしている。


 こんな光景も、ずっと昔にみたことがある気がする。


「お前がそんなふうに笑う姿は、久しぶりに見たな」

「だって。おかしいんですもの」


 子犬のようにまとわりついているこどもたち。さっきまで泣いていた子は私の方に来ている。


「はい、みんなー。最後にプレゼントをしますよー」


 帰りがけ。先生がそんなことを突然に言った。


「プレゼント……?」


 外交官の彼の方を見ると、彼はただ、苦笑をした。

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