7.その理由
その間にこどもたちが私たちの前に居並んで、せーのの合図で声をそろえて
「あぐにさま、あぱーむさま、いつも ありがとうございます」
ゆっくりとはじめて覚えた演劇でもするかのようにそう言った。
「まぁ……」
「これは?」
「えんぴつ立てです。よかったら使ってください」
そして、代表の子供から手渡されたそれを眺め見る。
「お揃い」が終わった後はきゃいきゃいとこどもたちはそれぞれに声をかけながら、あるいは手を振りながら帰っていった。
残るのは外交官の彼と、書記官の彼女。
「あの、これは」
「幼稚園は教育の一環でそういうことをよくするんです。声をかけたら喜んで作ってくれました」
私は思い出した。「閃いた」という彼女の一言を。
「見学、ではなくこれを渡しに来てくれたのか……ならばそう言ってくれれば何か用意をしたものを」
「それじゃあこちらからのサプライズにならないので」
そう言った彼は、やはりこちらというか彼女からの。と言い直した。
「異文化交流、喜んでもらえました?」
まだ会うのは四回目。彼らの人となりは少ししかわかっていない。けれど。
「えぇ、とても」
楽しかった。晴れ晴れとした気分で私が答えると、ほっとしたように彼らも笑った。
「しかし、えんぴつ立てか~たどたどしいな」
「こどもの作るものだから……微妙感が満載な上にこの館に合うかって言ったら更に微妙なんだけど」
「せっかくだ。ちゃんと飾っておこう」
「アグニ様、それエントランスに飾るものじゃないです」
見送ったその正面のホールに置こうとして、本気で止められている。それは私とアグニ、それぞれに。
私は青で、アグニが赤。
みっつの高さの違う円筒が身を寄せ合っていて、いつもありがとう、の文字が真ん中に書いてあった。
「アグニ様は聞いていたとおり、真面目な方ですね」
「アパーム様も真面目だろ。というか不真面目な神様って、いる?」
「いない。今のところは」
今のところは、とはどういう意味なのか。
私たちはこの国に来た始めの神魔。それはまだ、多くの神魔がこの国に観光になんて目的で入ってはいない頃。
神も魔も、人もそれぞれが未だに理解の進まない頃のお話。
「この国は、水が豊富だけれど、人の飲むものも人工的に浄化されて供給されているのね」
「そうだな。だから自然に還すものも浄化しなければ返せない」
「自分たちが『汚している』という感覚があるのね」
だから川が汚れた、というのも本当はわかるのだ。それがきれいになったら、わかる人間も多い。
「文明というのは、進みすぎると崩壊するものだという。この国は、壊れ切る前に立ち止まって、それを取り戻すことに気付けたようだ」
「でも、取り戻すのも文明の力」
「人の一生は短い。すべてを巻き戻すことはできないのだろう」
なんだか哀しくなる言葉だが、永劫を生きるはずの自分たちは何度もそれを見てきた。何代にもわたって変わる人々を見てきた。変わらない人々も。
「この街には、変わり続けるものと、変わらないものが同居しているのね」
変わらないまま、変わり続ける。
それは何も変わらないよリ、良いことではないかと思う。
「人が成長するというのであれば、我らも成長せねばな」
私は気づいていた。いつのまにか疲弊した力が、戻ってきていることに。
それはこの国で与えられた「気持ち」の分が大きい。
この国の人間は。少なくともこの街の人たちは、私たちを受け容れたのだ。
その時、私は初めて「どうして自分がこの国に使わされたのか」が分かった気がした。
そして、私たちは決めた。
本国とこの国を繋ぐ大使となる、ことではない。
この国を守る助けとなることを。
私たちの存在を認めたこの国が、潰えることのないように。
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