第28話 ピクニックへ


 数日後、レベッカの体調が完全に治った。


 体調を崩した翌日にはよくなっていたけど、長めに休みを取らせた。

 私が社交界で忙しい時にレベッカは無理をしていたようだから、少しくらい勉強などを遅らせても問題ないだろう。


 私は自分の身支度を終えてから、レベッカの部屋へと向かった。


「レベッカ、準備は大丈夫?」

「はい、ソフィーア様! とても楽しみです!」


 レベッカは体調が悪かったのが嘘だったかのように、すっかり元気になって楽しそうに笑っていた。

 今日のピクニックが楽しみだったようで、朝食の時からソワソワしっぱなしだった。


 そんな可愛い姿を見るだけで癒されるわね。


 だけど一つ、訂正するところがある。


「レベッカ、呼び方は?」

「あっ……その、お母様……」

「ふふっ、うん、それでいいのよ」


 やはりまだ少し慣れていなくて、呼ぶのが恥ずかしいようだ。

 私も少し恥ずかしいけど、レベッカが照れるように笑うのが可愛らしくて微笑ましい。


「レベッカ、その服も似合っているわね。可愛いわ」

「あ、ありがとうございます。お母様もお綺麗で、またお揃いで嬉しいです!」

「ありがとう、レベッカ」


 今日の私とレベッカもお揃いの服で、白のワンピースに上着を着ている。

 白のワンピースは元から持っていたものだが、上着は前に買った物だ。


 上着は黒色と全く同じ色だが、少し入っている刺繍の色が違う。


 私は金色が入っていて、レベッカは青色が入っている。

 女性が着るにはとても落ち着いた装飾で、可愛らしいレベッカが着ても落ち着いたような雰囲気になる。


「ですがお母様、なんでまたお揃いの服を? もちろん嬉しいのですが……」


 レベッカは少し不思議そうに首を傾げる。

 前に私がレベッカとお揃いの服を買った時、いろんな服を多く買ったから、まだ着ていない服もある。


 それなのにまたすぐ買ってきたのが不思議なのあろう。


「ふふっ、それはお父様と会ってのお楽しみかしら?」

「お父様と?」


 そう、私はまだレベッカに言っていない。

 少し驚かせようと思ってね。


 私とレベッカは手を繋いで部屋を出て、屋敷の玄関へと向かう。

 そこにはアランがすでにいて、私達のことを待っていた。


 レベッカはアランに近づいて挨拶をする前に「あっ!」と声を上げる。


「お、お父様も、お揃いの……!」

「ふふっ、ええ、そうよ」


 可愛らしい目を大きく開いて驚いている様子のレベッカ。

 アランも私達と同じ黒の上着を着ていて、刺繍は赤色だ。


 刺繍の色は私とアランはそれぞれ自分で選んでいる。

 レベッカはその場にいなかったので、彼女の好きな色の青を私が選んだ。


 私はレベッカと同じ髪色の金色で、彼は赤色。


 彼は刺繍の色を決める時は少し悩んでいたが、なぜ赤色なのだろう?

 あとで聞いてみようかしら。


「レベッカ、似合っているな」

「あ、ありがとうございます! お父様も似合っていて、素敵です!」

「ああ、ありがとう。ソフィーアも綺麗だ」

「ありがとうございます」


 アランのいきなり褒めてくる言葉も慣れてきた……まだ少しドキッとはするけど。


 そして私達は馬車に乗り、ピクニックができる場所へと向かう。

 公爵邸から少し離れたところに綺麗な池があり、そこでシートを敷いてご飯を食べる予定だ。


 もちろん護衛などもついてくるが、できる限り見えないところにいるらしい。


 池の近くに着いたので馬車を降りる。ここから少し歩いたところに池があるようだ。


 私とレベッカ、アランは三人で並んで歩く。その後ろに執事長のネオがついてきていて、荷物などを運んでくれている。


「レベッカ、手を」

「あ、はい!」


 舗装されていない地面なので、レベッカと手を繋いで歩く。

 レベッカは私と左手で手を繋ぎ、右側にアランが立っている。


「……あ、あの」

「ん? なんだ、手を繋ぎたいのか?」

「は、はい」

「そうか、では手を」

「あ、ありがとうございます!」


 とても嬉しそうにアランと手を繋いだレベッカ。

 アランもレベッカが眠る寸前に話していたことをしっかり覚えているようね。


 そして私達は三人で手を繋ぎながら、池へと向かった。



 池へ着くと、最初にレベッカが感動したように声を上げる。


「わぁ……すごい綺麗です!」


 透き通った水、池の底まで見えているほどの透明さだ。

 今日は天気も良いので、太陽が水面に反射してキラキラと輝いている。


 そして池の周りも花が咲いていて、色鮮やかに風に揺れていた。


「お母様、すごいですね!」

「ええ、とても綺麗だわ」


 私もまさかここまで綺麗なところだとは思わなかったわね。

 ここはアランが選んでくれたんだけど、どこで知ったのかしら?


「二人とも、気に入ったか?」

「はい、お父様! すごい綺麗で、好きです!」

「私も気に入りました。とても素敵なところですね」

「そうか、それならよかった」


 アランは少し笑みを浮かべてそう言った。

 一度レベッカと手を離して、ピクニックの準備をする。


 私とアランが準備している間、レベッカは池の方を見てソワソワしていた。


 どうやら近くで見たいらしい。


「レベッカ、見に行っていいわよ」

「い、いいのですか?」

「ええ、だけど落ちないように気をつけてね」

「はい! ありがとうございます!」


 頭を下げてからすぐに小走りで池へと近づいて行った。


「ネオ、ついていってあげて」

「かしこまりました」


 大丈夫だとは思うけど、万が一のことがあったら大変なので、ネオについていってもらう。

 私とアランが残って、二人で準備を進める。


「本当にとても良いところですね、アラン。誰かから聞いたのですか?」

「いや、ここは私が昔、来たことがあったのだ」

「えっ、そうなのですか?」

「この近くで父親と剣の特訓をしていてな。休憩中に近くを歩いていたら見つけたのだ」

「なるほど、そうだったのですね」


 アランが自分で見つけたのね、だからこんな綺麗な場所なのに話題になっていないのかしら?


「誰かに話したことはなかったのですか?」

「なかったな。個人的にここは静かで気に入っていたし、私が社交界などでこの場所を言ったら絶対に話題になってしまう」

「確かにそうですね」


 公爵家当主のアランが気に入った池なんて、誰もが行きたいと思ってしまうだろう。

 社交界では彼のような注目される人が気に入った服などが、一気に流行することがある。


 この池も彼が話していたらいろんな人が来て、もしかしたら汚れてしまっていたかも。


「だから私がこの場所を自分以外に教えようと思ったのは……家族が初めてだ」

「っ……嬉しいです、アラン」


 アランが私やレベッカを家族と思って、気に入っていた秘密の場所を教えてくれた。

 それが本当に嬉しくて、幸せだと感じる。


「私も好きな場所があれば紹介するのですが……家にいることが多く、あまり外に出たことはないのですよね」


 イングリッド伯爵家は私にお金を使いたくなかったから、私を外に出さなかった。

 使用人も最低限しか雇えていなかったので、私は家の手伝いをやることが多かった。


 だからアランのように穴場でお気に入りの場所はもちろん知らないし、誰もが知っている有名な飲食店なども知らない。


「それなら、私達と共に初めて一緒に行けるところが多くていいな」

「っ、なるほど……そう考えると、確かに嬉しいですね」


 アランの言う通り、イングリッド伯爵家にいた頃にいろんな場所に行っていたら、確実につまらない相手と行っていることになっただろう。


 両親は私のことが嫌いだし、妹のベルタと行っても絶対につまらない。


 一緒に行って楽しい人と行くのが一番だろう。

 今だったらレベッカと一緒に遊びに行けば、どんな場所でも楽しいと思う。


 それに……アランとも。


「アランも、一緒に出かけてくれますか?」


 私がそう聞くと、アランは少し目を見開いて首を傾げた。


「もちろん、そのつもりだが?」

「……ふふっ、そうですね、家族ですからね」

「家族だから、か……それも一理あるが」


 アランは優しい笑みを浮かべて。


「ソフィーアだから、だな」

「えっ?」

「ただの家族、ただの妻だったら一緒には行かないだろう。一緒に行きたいと思えるほどの関係を築けたソフィーアとだからだ」

「っ、あ、ありがとうございます」


 何とも恥ずかしくて、嬉しいことを言ってくれる。

 だけど私も、同じ気持ちだ。


「私も、またアランと一緒に出かけたいです。前回も楽しかったですが、最後に少し邪魔が入りましたから」

「ああ、そうだな」


 お互いにそう言って笑い合った。

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