第27話 呼び方



 またレベッカが寝転がって、私はベッドの縁に座って彼女と手を繋ぐ。

 その時、レベッカの部屋のドアが開いて、アランが入ってきた。


「レベッカ、大丈夫か?」

「あっ、アラン様。はい、大丈夫、です」

「起き上がらなくていい、レベッカ」

「ありがとうございます……」


 彼もレベッカが心配で来てくれたのだろう。

 さっきもすぐに医者を呼んでくれたし、レベッカが寝ている時にお見舞いに来てくれた。


 あっ、そうだ。


「アラン、あなたもレベッカの手を繋いであげてください」

「手を?」

「はい、レベッカもいいかしら?」

「は、はい」


 いつもなら少し緊張しそうなレベッカだが、今なら大丈夫そうね。

 アランが私と反対側のベッドの縁に座り、おそるおそるレベッカと手を繋いだ。


 私がレベッカの右手を、彼が左手と繋いでいる。


「アラン様の手は、おっきいですね……」

「そうか。レベッカの手は、小さいな」


 ふふっ、なんだか二人で可愛らしい会話をしているわね。

 初めて手を繋いだ二人、少しずつ仲良くなっていっていると思う。


「レベッカ、これで寝られるかしら?」

「はい……」

「しっかり眠って、体調を治すんだぞ」

「はい、ありがとうございます……」


 レベッカはそのまま眠ると思いきや、眠そうにしながらも話す。


「アラン様、ソフィーア様……お願いしても、いいですか?」

「ん? なにかしら?」


 眠るまで手を繋いでて、というお願いかと思った。

 しかし……。


「お二人のことを、お父様、お母様と……呼んでもいいですか?」

「っ……!」


 レベッカの言葉に、私は目を見開いてしまった。

 まさかそんなお願いをされるとは、思わなかった。


 そういえば前に、レベッカにお願いごとを聞いたけど、その時に言いづらそうにしていたお願いごとがあった。


『ソフィーア様の呼び方、なんですが……』

『ま、まだ少しこれは緊張するので……違うことでもいいですか?』


 そんなことを言われて、何だったのかと思ったけど。

 その時から、そう呼びたいと思ってくれていたのね。


 アランを見ると彼も驚いている様子で、私と視線を合わせる。


 そしてお互いに頷いた。


「ええ、もちろんいいわよ、レベッカ」

「ああ、構わないぞ、レベッカ」


 私とアランがそう言うと、レベッカは少し緊張しながらも口を開く。


「……お母様」

「ええ」

「……お父様」

「ああ」

「お父様、お母様……えへへ」


 とても嬉しそうに笑うレベッカ。

 私もアランもつられて笑みを浮かべてしまう。


「お母様……私、叱られたのは、初めてで……怖かったけど、なんだか嬉しかったです」

「私も叱ったのは人生で初めてよ。最初で最後がいいけど、レベッカのためなら心を鬼にして何度でも叱るわ」

「はい……私も叱られないように、頑張ります」


 私とレベッカは顔を合わせて笑った。


「お父様……私、お父様と手を繋いだの、初めてです。前の父親とも、手を繋いだことは、なかったです」

「そうか。私なら何度でも繋げるぞ。繋ぎたい時はいつでも言ってくれ」

「はい……ありがとうございます」


 アランとレベッカも、顔を合わせて笑った。

 ああ、本当に、とても幸せね。


 私とアランはどちらも「家族になりたい」と言っているけど……もうすでに、なっているのかもしれない。


 レベッカのお陰でまた家族の絆というものが、深まった気がする。


 その後、レベッカはとても幸せそうに眠った。

 私とアランは静かに手を外して、部屋の外に出た。


「とても可愛らしかったですね」

「そう、だな。あまりそういう感情はわからないが、愛おしく感じた」


 あのアランですら愛おしく感じるほど可愛いのね、レベッカは。


「ソフィーアに対してとは近い感情だが、少し違うな。守ってあげたいという庇護欲が大きい気がする」

「そうなんですね……ん?」


 私に対してと、近い感情……?


 つまり私も愛おしいと感じているってこと?

 い、いや、まあ家族としてって意味よね、うん。


 だけどレベッカを守ってあげたいという気持ちが、アランの中にも芽生えたのならよかった。


 これでレベッカが破滅する未来の可能性は、どんどん低くなっているだろう。


 私だけでもレベッカを愛してあげればと思っていたけど、アランもしっかり愛してくれるならばとても嬉しい。


「レベッカが治ったら、三人で遊びに行きませんか? スイーツ店で商品もいっぱい買いましたし、ピクニックとかに行くのもいいかと思ったのですが」


 私はそう言ってから、すぐに彼が公爵家当主で忙しいことに気づく。

 今日一緒に出かけたから、少し忘れてしまっていたわ。


「その、忙しければいいんですが……」

「いや、問題ない。最近は社交界もないし、仕事も急ぎの用は特にないからな」

「あっ、そうなのですね、よかったです」

「おそらく明日にはレベッカも治るだろうが、大事を取って数日後でいいか?」

「はい、そうですね」


 意外と仕事には余裕があるようね。


「ピクニックの準備はこちらでやりますので、アランは午後の時間を空けてくだされば大丈夫です」

「ああ、ありがとう。食事は、買ったスイーツだけか?」

「えっ? うーん、そうですね……」


 スイーツ店で買ったのは全種類でとても多いだろうし、それを持っていけばいいと思ったのだが……。


 でもそれだけだと、甘いものが苦手なアランは食べるものがなさそうね。


「料理人に頼んで、手軽に食べられる食事を準備させますね」

「……それもいいが、私はソフィーアの作った物が食べたいな」

「えっ、私のですか?」

「ああ、スイーツでも普通の料理でも。私はソフィーアの作る物が好物だからな」


 アランが笑みを浮かべて言った言葉に、私はドキッとしてしまう。

 ま、まさかそんなことを言われるなんて思わなかった。


「わ、わかりました。頑張って作ります……」

「ああ、頼んだ。期待している」


 アランが笑みを浮かべて言ったのを見て、私は顔を逸らした。

 なんだか最近、アランにドキドキさせられることが多くなってきた気がする。


 契約結婚なんだから、あまり惚れこまないようにしないと……!

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