第26話 レベッカが風邪



 その後、私はすぐにレベッカの部屋へと向かった。


「レベッカ!」


 私が部屋に入ると、レベッカはベッドで寝転がっている……わけではなく、机に座っていた。

 えっ、熱が出ているんじゃ……?


「あっ……ソフィーア様。お帰りなさいませ……」


 レベッカは私の方を向いて、愛らしい笑みを浮かべてくれた。


 しかしその表情はいつもよりも辛そうで、顔も赤くて汗をかいている。


「レベッカ、大丈夫なの? 顔が赤いけど」

「大丈夫、です……ご心配をかけて、すみません」


 いや、全然大丈夫じゃなさそうだけど……!

 私はレベッカに近づき、おでことおでこをくっつけて熱を測る。


「っ、すごい熱じゃない……!」


 子供の体温は高いと聞くけど、いくらなんでも高すぎる。

 確実に体調が悪そうなのに、彼女は机に座って勉強をしていた。


「レベッカ、辛いでしょ? しっかり休まないと」

「ですが、まだ今日の分の勉強が……」


 こんなに辛そうなのに勉強を?

 さっき使用人から聞いたけど、熱を出してからベッドで休まないで、ずっと勉強をしていたようだ。


 なんでこんな無理をして……!


「ダメよ、レベッカ。寝なさい」

「で、ですが……」

「レベッカ」


 私は語気を強めて言うと、彼女はビクッと震える。

 一気に怯えるようになって、涙目で私を見上げてくる。


「ご、ごめんなさい……!」


 レベッカは私に怒られて、とても怯えてしまっている。

 彼女は両親といた頃も、教育係からも怒られ続けてきた。


 だから怒られるという行為が、心の傷になっているのだろう。


 そんな彼女に怒りたくはないんだけど、今回は仕方ない。


「ほら、ベッドに寝なさい」

「はい……」


 レベッカは素直に従ってくれるが、怖がりながらという感じだ。

 彼女が寝転がって布団をかけて、私はベッドの縁に座って話す。


「レベッカ、私が怒った理由はわかる?」

「わ、私が言うことを聞かないから、ですか?」

「違うわ」

「え、えっと……私が体調を崩したから……」

「違うわ、レベッカ。あなたが、自分の身体を大事にしないからよ」


 レベッカは寝転がりながら、少し目を見開いて驚いたようだ。


「それに私は怒ったんじゃなく、叱っているのよ」

「しかる……」

「そう、レベッカが自分の身体を虐めるようなダメなことをしたから、正すために叱るの。あなたのことを思って叱るのよ」


 叱ると怒るは、少し似ているけど全く違うものだ。

 怒るは自分の感情のためで、相手に当たり散らす、八つ当たりみたいなもの。


 レベッカは両親や教育係に怒られてきたから、すごく怖がっていた。


 だけど叱るは、間違っていることを教え導いて正すこと。


「体調が悪いのに無理して勉強なんかしちゃダメ。自分の身体を大事にしなさい」

「……はい、ごめんなさい」


 レベッカは素直に謝った。少しでも怒ると叱るの違いがわかってくれたらいいけど。


「ほら、目を閉じて、レベッカ。しっかり休むのよ」

「はい……」


 レベッカは目を閉じて、私が頭を撫でてあげると、すぐに安定した寝息が聞こえてきた。

 こんなに早く眠るなんて、よほど無理をしていたのだろう。


 彼女が寝ると同時に、部屋のドアが開いてアランが入ってきた。


「レベッカは……寝ているのか」


 寝ていることに気づいたアランが声を少し落とした。

 私は頷いて、同じく声を落として話す。


「はい、もう寝ました」

「医者を呼んだ、すぐに来るだろう」

「ありがとうございます」


 アランの言う通り、医者はすぐに来てくれた。

 寝ているレベッカを診察してくれて、結果はただの発熱という感じだ。


 しばらく安静にすればすぐに治るとのこと。


 はぁ、本当によかった……。


 私達はレベッカの部屋から出て、私とアランは夕食時なので食堂へと向かった。


 食事をしていても、私はレベッカが心配でソワソワしてしまう。


「レベッカはしっかり食事を取れるのでしょうか……」

「わからないが、粥など胃腸に優しい食事を用意させるつもりだ」

「ありがとうございます。公爵家の料理人だったら、栄養なども問題ないですね」

「……どうだろうな。私は病気になったことがないから、粥などを作らせた覚えはない」

「えっ、そうなのですか?」


 病気にもなったことないって、どれだけ完璧人間なの、アランって。


「ああ、そもそも魔力量が高い者は体調を崩すことはあまりない。私は小さい頃から鍛えているから、まず病気にならない」

「なるほど……確かに私も人と比べれば、元気だったかもしれません」


 それでも多少の病気はあったわね……あっ、今思うと予知夢をした次の人かは体調が悪かったかも?

 やっぱり予知夢で魔力を一気に使っているのでしょうね。


「ああ、だから少しおかしいのだ」

「えっ、何がですか?」

「レベッカは魔力量が高い。だから多少の無理をしても発熱などしない。実際、公爵家に来てから一年間、レベッカは一度も体調を崩さなかった」

「えっ、ということは……」

「よほどの無理をした。あるいは、魔力が減っていて耐性が下がっていたか」

「……そのどちらもかもしれません」


 レベッカは前に魔法の練習をした時、私に当てかけた。

 アランが守ってくれたから大事には至らなかったけど、レベッカはとても後悔していた。


 だから魔法学などを勉強して、魔力の操作をとても練習していた。


 私が社交界に行ってばかりの時に、無理をして練習をしていた可能性がある。


「はぁ、本当にあの子は……」


 とても優しくて素晴らしいんだけど、無理をしすぎるのはダメね。

 夕食を食べ終わり、私はレベッカの部屋に向かう。


 部屋のドアを開けて中に入ると、レベッカが上体を起こしていた。


「あっ、ソフィーア様……」

「レベッカ、起きたのね。体調は大丈夫?」

「はい、少し楽になりました」

「それはよかったわ。食欲はある?」

「その、少しだけ」

「それなら持ってきてもらいましょうか」


 私はメイドに食事を持ってきてもらうように言った。


 しばらく待つと粥が運ばれてきた。

 私はそれを受け取り、ベッドの横に椅子を持ってきて座り、彼女に食べさせる。


「レベッカ。はい、あーん」

「じ、自分で食べられます」

「いいのよ。ほら、口開けて」

「うぅ……あーん」


 レベッカは少し恥ずかしそうにしながらも口を開けて、もぐもぐと食べてくれる。


 ふふっ、やっぱり可愛いわね。

 量も多くないので、私が全部あーんをして食べさせた。


「よく食べられたわね」

「はい、ありがとうございます」


 医者に処方された薬もレベッカは飲んだ。

 これですぐにでも治ってくれればいいけど。


「レベッカ、あなたに質問があります。正直に答えてね」

「は、はい」

「ここ最近、自分の部屋で隠れて魔法の練習をしていたの?」

「あっ、それは、その……」


 レベッカは少し慌てて視線を逸らすが、私はまっすぐと彼女の目を見る。

 するとレベッカも視線を合わせて、申し訳なさそうに答える。


「すみません、していました……」

「やっぱり……私に魔法を当てかけたことはもう気にしなくていいのよ? これからしっかり学んでいけば、もうあんなことは起きないから。レベッカなら普通に勉強していけば大丈夫。焦らなくていいのよ」

「……はい、すみません」


 視線を下げて謝るレベッカ。


 私は彼女の頭を撫でながら話を続ける。


「だけどレベッカ、私もごめんなさいね。最近は忙しくて、あなたのことを見てあげられなかったから」


 お茶会などの社交の場に行ってばかりで、レベッカとあまり接してこられなかった。

 私がしっかり見ていてれば、無理をさせずにすんだかもしれないのに。


「いえ、私が無理をしすぎたせいで……」

「無理をしたっていう自覚はあるのね?」

「あっ……すみません」

「ふふっ、今後は気を付けてくれたらいいわ」

「はい……」


 レベッカは返事をしてから、また眠そうに欠伸をした。

 やはりまだ疲れが溜まっているようね。


「またしっかり寝ていいのよ、レベッカ」

「はい……その、眠るまで、一緒にいてくれますか?」

「ええ、もちろん」


 素直に甘えられるようになってきたわね。

 身体が弱っているからかもしれないけど。


 またレベッカが寝転がって、私はベッドの縁に座って彼女と手を繋ぐ。

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