第25話 二人の過去と家族


 私は店を出る前に入り口近くにいる店員に声をかける。


「店員、注文をいいか?」

「は、はい!」

「この店にあるスイーツの全種類を二つずつ」

「全種類を二つ……!? か、かしこまりました!」

「あとで公爵家の使用人を送る、会計や運搬はそいつに任せてくれればいい」

「かしこまりました! ありがとうございます!」


 何種類あるのかは知らないが、これで迷惑料くらいは払えただろう。


 私は食わないが、ソフィーアとレベッカは食べるはずだ。

 食べきれなかったら使用人達に食べてもらうのもいい。


 そのまま私達は店を出て、二人で黙ったまま街を歩く。

 さっきまでとても心地よい空気間だったのに、一気に気まずい感じになってしまったな。


 残念だが仕方ない。


 私は公爵家の馬車が停まっている方向へと歩いて、そこにいるネオと合流する。


「このまま帰る。さっき行ったスイーツ店に注文をしたから、人を送れ」

「かしこまりました。お疲れ様です」


 ネオは何も聞かずにお辞儀をした。

 こういう時にネオは空気が読めるから、余計なことを言わなくていい。


 私とソフィーアは馬車に入り、すぐに馬車が走り出す。



 しばらくお互いに黙ったまま馬車に揺られていた。


「……ソフィーア、大丈夫か?」

「あっ……はい、大丈夫です、ありがとうございます」


 ソフィーアに声をかけると、少し苦笑するように返事をする。


「むしろすみません、私の身内が迷惑をかけてしまって」

「あのくらい問題ない。野良犬に噛まれた程度、にもならないな」

「ふふっ、アランにはそうですよね」


 少し落ち込んでいるような雰囲気のソフィーア。

 彼女にしては珍しい、前に社交界でナタシャ嬢に暴言を吐かれた時は反抗していた。


 今回はベルタ・イングリッド……彼女の妹、家族だからか。


「……さっきの妹との会話を聞けばわかると思いますが、イングリッド伯爵家で私は期待されていない欠陥品でした」


 ソフィーアは少し悲しそうな笑みを浮かべながら話す。


「私の家はご存じの通り貧乏で、両親は娘を愛しておらず、金を稼ぐ道具としか思っていません。私はすぐに気づきましたが、ベルタはまだ気づいていないのかもしれません」


 娘を、道具として……まさかソフィーアも、私と同じようにそう思われていたとは。


「最初は少し期待されていました、魔力が貴族の中でも高かった方なので。魔法学園に入学する時にかけられた言葉が『稼げるようになってこい』でしたから。ですがご存じの通り、私は魔法が使えませんでした」


 自嘲気味に微笑むソフィーア。

 彼女の笑顔は好きだが、今の笑みはあまり好きでなかった。


「それからはもう期待されず、見放されました。両親としてはすぐに私を結婚させたかったようですが、貧乏な伯爵家の令嬢はあまり魅力がないようで、婚約は決まりませんでした。私は特に社交界で愛想がいい方でもありませんでしたから」


 ソフィーアが、私以外と結婚……あまり想像したくはないな。


「ベルタは社交性があって貴族の男性からも人気が高く、すでに婚約を何度か申し込まれているようです。まだ婚約はしていないと思いますが」


 ふむ、あの典型的な猫を被ったような女が社交界で人気とは。

 私が一番面倒で嫌うような女だったが、あれに騙されるような奴もいるのだな。


「ベルタは両親に愛されていると思っているようですが……あれは愛なんかじゃありません。ベルタが上級貴族と結婚できて金が多く稼げる可能性が高いから、期待されているだけです」

「……なるほど」


 イングリッド伯爵家の夫妻は、娘を金を稼ぐ道具としか思っていないのか。


 金など自分で働いて稼げば……いや、それができるほど有能だったら、娘を金を稼ぐ道具などと考えないか。


「私がアランと結婚する時に両親からは『見直したぞ』と言われましたが、全く嬉しくありませんでした。私はイングリッド家が……家族が、嫌いでした」


 ソフィーアは悲しげに笑って言った。


「話を聞いてくださって、ありがとうございます」

「いや、むしろ話してくれてありがとう」

「……すみません」

「なぜ謝るのだ?」


 私がそう問いかけると、ソフィーアはまた自嘲気味に笑う。


「レベッカと家族になりたい、アランに家族になれるなどと言ってきましたが……私自身、家族というものがあまりわからないのです。イングリッド伯爵家は、家族ではなかったですから」

「……だから諦める、という話か?」


 そうだったらとても残念だが、私が今まで接してきたソフィーアなら……。


「いえ、それは違います。謝ったのは家族というものを知らないのに、知ったような感じでアランに家族になれると言ってしまったことです」


 ソフィーアはまっすぐと私の目を見つめて、真剣な表情で言う。


「ですが諦めるわけではありません。私は歪な家族を見てきたから、家族というものに憧れがありました。そして私達なら、レベッカとアランとなら……憧れた家族になれると思っています」


 私はその言葉を聞いて、思わず口角が上がった。

 ソフィーアなら、そう言うと思った。


 私は彼女が伯爵家で虐げられているとは知らなかった。想像もしなかった。


 観察眼が高いと自負がある私が、一切気づかなかったのだ。

 隠すのが上手いとかではない。彼女はとても強かで、そんな環境にいても腐らずに芯を持っていた。


 彼女は愛想がないと言っていたが、そんなことはない。ただベルタのように猫を被って男性から気に入られようとしていない。

 そちらの方が両親から形だけでも愛されるとわかっているのに。


 凛とした美しさを持った女性だ。


 私はソフィーアを高く評価していたが、まだ低かったようだな。


「私も、そうだ」

「えっ……?」


 彼女が家族について話してくれたのだから、私も話すべきだろう。


「私も家族に憧れがある。なぜなら私もソフィーアと同じように、家族を持っていなかったからだ」

「そうなのですか……」


 ソフィーアは驚きながらそう言った。

 おそらく少し想像していたのだろう、私も家族に関して何か抱えていることを。


「私の父親も、家族を道具としか思わないようなクズだった――」


 ――私の父親は、妻を子供を産む道具としてしか考えておらず、俺と弟を産んでからすぐに母親とは別居し、形だけで結婚をしていた。


 俺と弟は公爵家の令息として、厳しく育てられた。

 レベッカよりも幼い時から血反吐を吐くような教育を受けた。


 私は才能があったのでその教育や期待に応えられてきたが、弟は無理だった。


 だから弟の教育は早々に終わり、私はさらに厳しい教育を受けた。

 私が十八歳の頃、弟は婚約者がいるのに他所の令嬢との間に子供ができた。


 父親は切れて弟を勘当し、平民街に飛ばした。


 その腹いせのように、父親は私に対してさらに教育を厳しくした。

 死ぬかと思ったほどで……正直、馬鹿な真似をして平民に落ちた弟が羨ましかった。


 だが五年前、父親は馬車の事故であっけなく死んだ。

 全く悲しくなかった、むしろ苦しんで死んでくれればよかったのに、とさえ思った。


 それから私は父親に代わって、ベルンハルド公爵家当主になった。


 当主になってから忙しくなったが、父親がいないというだけで気が楽ではあった。

 そして一年前、弟夫婦がこれまた事故で亡くなり、レベッカを引き取った。


 引き取った理由の一番は……私は違うと証明したかったのだろう。


 父親も弟も、親としてはクズなことをしていた。


 私だけは違うと否定したかったのだ。


「そう、だったのですね……」


 そこまで話すと、ソフィーアはゆっくりと頷いた。


「ああ、否定したかったが……私はレベッカに厳しい教育をしてしまった。言い訳になるが、私はレベッカよりも小さい頃から教育を受けていたから、加減がわからなかった」


 ああ、本当にただの言い訳だ。


 あのままだったらおそらく、私は父親や弟と同じような子供のこと考えられないクズみたいな親になっていただろう。


 しかしそうはならなかったのは、ソフィーアがいたからだ。


「私は良い親にはなれない、家族を作れない。そう思っていたのだが……ソフィーア、あなたとだったら家族になれるだろうか」



◇ ◇ ◇



 アランの生い立ちを聞いて、私は胸が痛かった。

 私の想像以上に、彼は過酷な幼少時代を過ごしていた。


 でも彼は父親に負けることなく、今まで生きてきたのだろう。

 父親も弟も、家族を大事にしなかった。


 だから自分は家族を作れるかと不安だったのね。


 前に私がレベッカの教育係を解雇させた時、アランは自分が厳しくすぎたと認めていた。

 そして、一言。


『――私は、違うと思っていたのだがな』


 そう言っていたけど、あれは父親と弟とは違うと思っていた、ってことなのね。

 あの時の会話を私は、はっきりと覚えている。


 今もその時の言葉を、もう一度伝えたい。


「はい、必ずなれます。私と、レベッカと、アランで。私達は全員同じ気持ち、家族になりたいと思っているのですから」


 私は笑みを浮かべてはっきりと言うと、アランは安心したように笑う。


「ああ、ありがとう、ソフィーア。やはり私は、あなたが妻で本当によかった」

「私もです、アラン。あなたの妻になれたことはとても幸運です」

「そうだな。私は女性をここまで愛おしく感じる日がくるとは、夢にも思わなかった」

「……えっ?」


 い、愛おしく?

 そ、それって、恋愛的な意味で?


 いやだけど、アランに限ってそれは違うのかしら?


 親愛的な、その、家族愛みたいな感じでってことよね?


 だけど今の雰囲気は……!


「ん、馬車が停まったか。屋敷に着いたようだな」

「えっ、あ、そ、そうですね!」

「どうした? 何か慌てているようだが」

「いや、その……今アランが言った『愛おしく感じる』ってのは、家族的な意味ですよね?」

「……」


 えっ、なんでそこで黙るの?

 彼は少し目を見開いてから、顎に手を当てて考えている。


 そこまで考えるようなこと?


 もしかして私が自意識過剰で、傷つけないように言葉を探してくれているのかしら?


「す、すみません、変なことを聞いてしまって」

「いや、問題ない。ただ……愛おしく感じるというのは、本当のことだ」

「は、はい、ありがとうございます」

「それが家族の親愛か……ふっ、どうだろうな」


 アランにもよくわかってないみたいだけど、彼は楽しそうに笑った。


 そして馬車のドアを開いて、彼が先に出た。

 わ、私はドキドキしたままなんだけど……!


 そんな浮ついた気持ちで立ち上がり、馬車から出ようとしたからか。


 足元が疎かになり、階段を踏み外してしまった。


「あっ……」


 落ちる、と思った瞬間、目の前にはアランがいて……一瞬の浮遊感と共に、彼の顔が一気に近づいた。


「ふむ、運んでほしいということか?」

「えっ、あ……!」


 抱きかかえられて助けられただけではなく、私はアランに横抱きにされて持ち上げられている。

 こ、これって、お姫様抱っこってやつじゃ……しかもこの体勢、アランとの顔が近い!


「す、すみません、足を踏み外して……!」

「そうか、いきなり積極的になったと思って驚いたぞ」

「た、助けてくれてありがとうございます! その、もう下ろしていただいても……」

「いや、このまま屋敷に入るか」

「えっ!?」


 な、なんで!?


「足元が覚束ないようだからな」

「だ、大丈夫です! 少し考え事をしていただけですから!」

「それなら抱えられたままの方が考え事に集中できるだろう?」


 いや、全く集中できないし、考えごとじゃなくて本当はただドキドキしていただけで。


 この体勢じゃさらにドキドキしてしまう……!


 だけどそれを伝えるわけにもいかない、『アランを愛してはいけない』と契約されているんだから。


「大人しくしていろ、ソフィーア」

「……はい」


 アランはもうすでに屋敷に歩き出していて、私を下ろす気はないようだ。

 顔がものすごく近いので、私は顔を逸らしておく。


 おそらく顔も赤くなっているので、アランに見られないようにする。


 このまま屋敷に入ったら、今後ろについている執事長のネオ以外にも、いろんな使用人に見られてしまうわね。


 それはもうしょうがないとして、レベッカにはあまり見られたくない。

 なんとなく、親としてね。


 屋敷の玄関にいないことを願っているわ……。

 そう思いながら中へ入ると、レベッカはいなかった。


 代わりに大勢の使用人達に見られてしまったが、それは覚悟していた。


 だけど使用人達が少し騒がしいのかしら?

 なんだかバタバタしている気がする。


「どうしたんだ?」


 アランが使用人に問いかける、私を横抱きしたまま。

 そろそろ下ろしてほしいんだけど……。


「あっ、公爵様、奥様、お帰りなさいませ。報告することがありまして」

「なんだ?」

「レベッカ様が、熱を出しているようで……」

「えっ!?」


 アランに横抱きにされたままの格好で、思わず大きな声を上げてしまった。

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