第24話 スイーツ店で


 ソフィーアが街へ出かけると聞いて、ついていくと決めたのは気まぐれだった。


 私も今日は珍しく休みで、彼女とゆっくり過ごしたいと思っていた。

 休みなどは書斎で一人、読書することが多かった。


 本は一回読めば全部覚えるので、毎回新しい本をネオに用意させていたが、今日は用意しなくていいと言うと、少しほっとしていたな。


 そしてソフィーアと一緒に街へ出て、店をいろいろと回った。


 買い物とは家で商人を呼んでするもので、自ら店に行くのは新鮮だった。


 そしてさっき行った服飾店では、まさか私とソフィーア、レベッカの揃いの服を作りに行くとは思っていなかった。


 それを言われた時に、胸に広がったあの温かい感覚を、私は一生忘れないだろう。

 彼女が調理器具を選ぶ時は、全てを一気に買えば迷わずに効率がいいと思ったのだが。


 服を選ぶ時はソフィーアと一緒に話しながら迷っていたのが、少し楽しかった。


 買い物が楽しいと思ったことは今まで一度もなかったが……彼女と一緒にいると、自分でも驚くような感情になる。


 今から行くというスイーツ店もそうだ。

 私は甘いものが苦手で、それは今も変わらない。


 だが彼女が作るお菓子やスイーツは美味しく食べられる。


 好物の食べ物がない中、彼女の作る物は好きな部類に入るだろう。


 だからスイーツ店に行くのも、少し楽しみではあった。


「ここですね、アラン」

「ああ」


 店の中からすでに甘い匂いがするが、やはりそれだけで苦手だと自分でもわかる。

 一人だったら絶対に入らないだろう。


「レベッカは甘いものが好きなので、彼女のために買って帰るのもいいですし、今はどんなスイーツがあるのか見て、作る幅を広げるのもいいですね」

「商品を見れば作れるようになるのか?」

「作り方などが想像できれば、ある程度は真似ることができると思います」

「なるほど、すごいな」

「あっ、アランも買ったら食べますか?」

「いや、私はいらない。ソフィーアの作った物しか美味しく感じないからな」

「そ、そうですか……」


 少し照れたように笑みを浮かべて返事をするソフィーア。


 少しずつ彼女の表情で感情がわかるようになってきた気がする。

 そんな彼女の表情を可愛らしいと思うようになってきた。


 だがソフィーアと一緒だから、この苦手な場所でも楽しくなるのかもしれない、と思った。


 ……だから、想定していなかった。


「えっ、お姉ちゃん?」

「あっ……ベルタ」


 ソフィーアの笑顔が、曇るようなことが起こることを。


 スイーツ店に入って最初はよかった、彼女も楽しそうに商品を見ていた。


 私は注目を浴びていて、眼鏡の効果がないのかと思ったが、女性客が多いから男性客が珍しいのだと判断した。


 彼女の横で一緒に並んであるスイーツを見ていき、いくつか試食をしようと店員に伝えて待っていたところだった。


 ソフィーアにいきなり話しかける女性が来た。


「やっぱりお姉ちゃんだよね? えー、久しぶりだぁ」

「……そうね、ベルタ。久しぶり」


 ベルタ・イングリッド、私も一度だけ会ったことがある。


 私が妻の候補を探している時に、彼女もその中の一人として会ったはず。

 髪色がソフィーアと少し違い、黒に近い茶色で長い髪。


 顔立ちもそこまで似ていないな、ソフィーアの方が美人だ。


「お姉ちゃん、なんでここにいるの?」

「もちろんスイーツを買うためよ」

「あは、そうだよね、ここはスイーツ店だもんね」


 笑顔が作られているような感じだ。

 私は社交界によく出ていて、いろんな貴族の男性や女性と話すことが多い。


 だからある程度、表情で相手がどんなことを思っているのかがわかる。


 今のベルタの表情は、姉のソフィーアを心の中で馬鹿にしているような表情だ。


「ベルタもどうしたの? ここは高級スイーツ店だけど、家にそれだけの余裕はあるのかしら?」


 ソフィーアは心配しているような口調だが、少し嫌味が入っているのを感じる。

 彼女にしては珍しいことだ。


「もちろん、お姉ちゃんがベルンハルド公爵家に売られたから、かなりお金に余裕はあるわ」

「……そう、よかったわね」


 ソフィーアが、公爵家に売られた?

 確かにイングリッド伯爵家には契約結婚の件で、かなりの大金を渡している。


 だがソフィーアをその金で買ったとは、私は全く思っていない。


 イングリッド伯爵家はそう捉えているのか?


「お姉ちゃんこそ、スイーツ店に来るのは珍しいんじゃない? 家では私やお母様のために作ってくれていたけど」

「ええ、そうね。私も公爵夫人になったからお金に余裕があるし、好きな人のためにスイーツを作れるわ」


 この姉妹の会話を聞くだけで、家族仲がよくないというのがわかる。

 今は好きな人のために作れる、と言っているが、伯爵家にいた頃は無理やり作らされていたのか?


 だが作ること自体は好きと言っていた気がするな。


「ふふっ、好きな人って……お姉ちゃん、公爵様に愛されてないでしょ?」


 嘲笑っていることを隠すこともせず、ベルタはそう言った。


 イングリッド伯爵家の者だから、契約結婚のことを知っていてもおかしくはない。

 だがソフィーアが言った「好きな人」というのは、私ではなくレベッカのことだろう。


 だからベルタの勘違いなのだが……腹が立つな。


 前までの私だったら、自分以外の人間が見下されたりしていても、特に何も感じなかっただろう。


 だが今は公爵夫人が舐められているからか……いや、違う。

 ソフィーアが馬鹿にされているのが、イラつくのだ。


 前の社交界でもそうだった。

 どこかの伯爵令嬢がソフィーアを馬鹿にしていて、それにとても腹が立った。


 自分でも思った以上に怒ってしまい、そこの伯爵家を潰そうとしたが、ソフィーアに止められて少しだけ冷静になった。


 だがあのまま激情に任せて伯爵家を潰していても、後悔はなかっただろう。


「ベルタ、契約については外で漏らしてはいけないと聞かなかったの?」

「別に誰も聞いてないわよ。それとも何? そんなに愛されてないって事実を突きつけられるのが嫌なのかしら?」

「っ……」


 今も、私は前回と同じようにイラつき始めている。

 これ以上聞いていたらまたイングリッド伯爵家を潰したくなってしまうから、そろそろ話に入るか。


 私はソフィーアの後ろに立っていたが、隣に立ってベルタを見下す。


 彼女はおそらく私が後ろで控えていたから、執事だと思っていたのだろう。


 だが私が眼鏡を外した途端、ベルタは驚きの表情を浮かべる。


「こ、公爵様!?」


 おそらくベルタは社交界などでは、ソフィーアに話すような感じではないはず。

 私もベルタと何度か話したことは覚えているが、これほど表裏がある令嬢だったとは。


 驚いた表情をしていたベルタだが、すぐに社交の場で見たような笑みを作った。


「公爵様、ご無沙汰しております。いつも姉がお世話になっております」


 私が話を聞いていたと気づいているはずなのに、顔の皮が厚い奴だ。

 普通ならすぐに公爵夫人の悪口を言っていたことを謝ったりするはずだ。


「今日はお姉ちゃんの買い物に付き合っているのですか? とてもお優しいのですね」


 公爵夫人が姉だから、謝らないでいいと思っているのか?

 それもあるだろう。


 だが一番の理由はおそらく……私がソフィーアをどうでもいい存在だと思っている。と考えているのだろう。


 ベルタは私とソフィーアが契約結婚なのを知っている、形だけの結婚なのを。


 だから私がソフィーアを大事に思っていない、と考えていてもおかしくない。


「妻の買い物に付き合う程度で、優しいと思われるとはな」

「えっ……そ、そうですよね。公爵様はもとからずっとお優しいものですよね」


 私の言葉に驚きながらも、笑みを崩さずに私だけを褒めるベルタ。


 徹底的に私だけの機嫌を取ろうとするのだな。

 私が嫌いな令嬢の特徴の一つだ。


 そして私の妻、ソフィーアを蔑ろにしているのが一番腹が立つ。


「お姉ちゃんはそちらでご迷惑をおかけしていないですか? お姉ちゃんは何も取り柄がなくて、迷惑をかけていないか心配です」


 ベルタは作り笑いをしながらそう言ってくる。


 ソフィーアを馬鹿にしないと話しができないのか?

 これがイングリッド伯爵家では普通だったのか?


 とても、不愉快なことだ。


「唯一の取り柄がお菓子作りで、私やお母様にいつも作っていたのですよ。まあ美味しいのは認めますが、このお店などのスイーツの方が断然美味しいですからね」

「……黙れ」

「えっ……」


 もうこのうるさい女の声、話を聞きたくない。


「ベルタ・イングリッド伯爵令嬢。貴様はベルンハルド公爵夫人に対して、目の余る言動が多いぞ」

「あ、す、すみません……ですがその、お姉ちゃんなので……」

「貴様の姉である前に、公爵夫人だ。そしてここは家の中ではなく公の場、言動には気を付けろ」

「も、申し訳ありませんでした」


 ベルタはようやく作り笑いが消えて、怯えながら謝ってくる。

 この店には他の客もいて、店の真ん中で令嬢が頭を下げていると目立ってしまう。


 そして私はもう眼鏡を外しているので、もうすでに私だとバレてしまっているな。


 これ以上、この店にいたら邪魔になってしまうし、興が削がれたな。


「ソフィーア、すまない。店を出るか」

「あ……はい、そうですね」


 ソフィーアも周りを見て私と同じように思ってくれたようだ。

 私はソフィーアと手を繋いで、ベルタに背を向けて店を出ようとする。


 しかしその前に一つ、ベルタの言葉で否定しておくことがある。


「一つ言っておくぞ、ベルタ嬢。私はソフィーアが作ったスイーツが世界で一番美味しいと思っている。もう貴様が食うことはないだろうがな」


 後ろにいるベルタを睨みながら言うと、「ひっ」と情けない声が聞こえた。


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