第21話 全部…?


 その後、私は複数のお茶会に参加をして、いろんな令嬢や夫人と関係を築いていった。


 主にベルンハルド公爵家と関係があるような貴族とのお茶会に参加した。

 そんな感じで絞らないと、本当に無数にあって選べなかった。


 それでも公爵家と関りがある貴族は多いし、結構大変だった。


 しかも私が伯爵令嬢の頃では関りがほとんど持てなかったような、上級貴族の方ばかりだったから、とても緊張した。


 つい一、二カ月前までは挨拶もできなかった人達から、逆に挨拶されるような立場になるのは、神経が磨り減るわね……。


 お茶会はだいたい一人で行ってきて、挨拶をして楽しく会話をした。


 時々、チルタリス侯爵のように事業の話をしてくる人もいたけど、それは全部断った。


 一番最悪だったのが、私が貧乏伯爵令嬢だったのを知っていた方もいて、それを馬鹿にしながら事業の話をしに来た者がいた。


 そんな愚か者はナタシャだけかと思ったけど、意外といるのね。

 ナタシャのような令嬢ではなく、どこかの伯爵家当主の小太りの男性だった。


『あなたの家、イングリッド伯爵家は私が何回も金を貸してやったんですぞ。だからその見返りをくれるのが筋ってもんじゃないのかね?』


 とかなんとか、したり顔で言ってきてイラっとした。

 もう事業の話というよりかは、ベルンハルド公爵家の金を寄越せみたいな、脅しに近いものだった。


『それは本気で言っているのですか?』

『当たり前じゃないか。貧乏伯爵家の令嬢は、話も通じないのかね?』


 ……今思い出してもイラついてくるわね。

 だけど私は笑みを浮かべながら対応をした。


『そうですか。それならベルンハルド公爵家の当主、アラン様に伝えておきますね。あなた様が見返りで金をくれ、と言っていることを』

『はっ? い、いやいや、ベルンハルド公爵様に言っているわけがなかろう。私はイングリッド伯爵家の令嬢のあなたに……』

『私は伯爵家令嬢ではなく、ベルンハルド公爵夫人です。なので私にお金を求めると言うことは、公爵家に金を求めるということです。私だけでは判断できないので、当主のアラン様に報告させていただきますね』

『っ……い、いや、その必要はないだろう。ああ、もう見返りなどは求めないから、大丈夫だ、うむ。言うんじゃないぞ、絶対に!』


 と脂汗をかきながら、私のもとから逃げるように去っていった。


 もちろん、その伯爵家当主のことはアランに報告して……その後、伯爵家当主が屋敷に直接謝りに来ていたけど、門前払いだった。


 多分あの伯爵家当主は、もう見ることはないでしょうね。


 しかし……イングリッド伯爵家、私の家は他の貴族からお金を借りたりもしていたのね。

 あまり知らなかったけど、やはり想像を超える貧乏だったのかも。



 もうあまり、興味はないけど。


「ソフィーア、大丈夫か?」


 目の前に座るアランに話しかけられて、ハッとした。


「っ、ええ、大丈夫です、アラン」


 今は馬車の中で、ある食事会が終わった帰りだ。

 それがとても大変だったので、少しボーっとしてしまっていた。


「どうやら疲れが溜まっているようだな」

「まあ、そうですね……身体の疲れではなく、精神的に疲れました」

「そうか。だが食事会やお茶会などの社交界に出るのは、そろそろ落ち着くだろう。今日の国王陛下と王妃陛下との食事会で、ひとまず終わりだ」

「……はい、そうだと嬉しいです」


 そう、今日は国王陛下と王妃陛下と食事をしたのだ。


 本当に、とても緊張したわ……。


 伯爵令嬢の頃も陛下にはお会いしたことがあるけど、とても大きな社交の場、貴族が全員来るような場で軽く挨拶をした程度で、個人的に話したことなど一度もない。


 それなのに、いきなり食事会なんて……本当にビックリした。

 しかも王宮で対面して食事をしたから、緊張しすぎて何を喋ったのかあまり覚えていないけど……大丈夫だったわよね? 何か失礼なことやってないよね?


 だけど一個だけ覚えているのは……。


『公爵夫人は、ベルンハルド公爵の好きなところはあるかしら?』


 王妃陛下が意外とお茶目な方で、そんなことを聞かれた。

 私は緊張しているし、アランの好きなところを聞かれてテンパってしまい……。


『ぜ、全部です!』


 と答えてしまった。

 一瞬だけ静まったけど、王妃殿下が一気に盛り上がった。


『あらあらあら、そうなのね! ベルンハルド公爵は確かにいい人ですものね!』


 若い令嬢のような反応を見せた王妃陛下。


 だけど王妃陛下もまだ三十歳くらいだった気がするし、そういう話もしたいのだろうか。


 国王陛下とアランは結構仲が良さそうで、また今度一対一でも食事をする約束をしていたようだ。


 それにつられて、王妃陛下も私と一緒に食事をと言われたのだが……さすがに断り切れなかったわね。

 ま、まあ、日にちは決まってないし、社交辞令で誘ってくれただけかもしれない。


 でもアランと国王陛下が仲良いのは、少し予想していた。


 だからこそ、予知夢で見た未来で第一王子とレベッカが婚約していたわけだし。

 第一王子とは今日は会わなかったけど、またいつか会う機会があると思う。


 レベッカと第一王子は、予知夢通りに婚約するのかしら?

 婚約するとしたら、どうやって決まるのか。


 おそらくアランと国王陛下が話して決めたんだろうけど……。


「あの、アラン。第一王子って何歳でしたか?」

「第一王子? 確か十二歳だったな」


 十二歳、レベッカの二個上ね。

 確かに婚約者としてはお互いに近い年齢でいいだろう。


「その、レベッカと婚約とか、そういうお話はまだ出てないですよね……?」

「第一王子とか?」

「はい」

「いや、まだ特に出ていない」

「そ、そうですか」


 よかった、やはりまだ婚約の話は出ていないようね。


「なぜそんないきなりそんな話を?」


 アランが不思議そうに首を傾げてそう聞いてきた。

 な、なんて言い訳をしようかしら……。


「えっと、陛下とアランが仲が良そうだったから、そういう話もあるのかと思って」

「まだ出ていないが、レベッカがまだ十歳だからな。婚約の話をするのはさすがに早いと私も陛下も思っているだろう」

「なるほど……」

「ソフィーアは、レベッカの婚約相手が第一王子がいいと考えているのか?」

「あ、いや、全くそういうわけじゃありません」


 確かに今の話の流れだと、私がそう思っていると勘違いさせてしまうだろう。


 だけど私としては、全くの逆だ。


 予知夢では第一王子と婚約をして、王子から愛をもらえなかったから悪役のような振舞いをしてしまって、それで処刑されるという感じだった。


 だから第一王子と婚約しなければいいのでは、とも思っている。

 もちろん、愛に飢えていたから誰と婚約しても、愛を求めてしまうのかもしれない。


 そこは今、私がレベッカを愛してあげているから、多少は改善していると思っているけど。


「レベッカには……自分がちゃんと好きになった相手と婚約、結婚してほしいと考えています。それにレベッカのことを愛してくれる人ですね」


 うん、それはとても大事だ。

 レベッカを愛してくれる人だったら、破滅する未来は絶対にこないだろう。


 あんな可愛くて天使みたいな子で、普通に考えれば社交界で引く手数多だ。


 むしろなぜ第一王子はレベッカのことを好きにならなかったのか理解できない。


「ふむ……わかった、できうる限りそうしよう」

「えっ、いいんですか?」

「ああ、問題ない。政略結婚をしないといけないわけじゃないからな」

「な、なるほど」


 私とアランは契約結婚だけど、これは政略結婚などではない。


 ベルンハルド公爵家はどこかの貴族と結婚して勢力や地位を上げていく、なんていう政略結婚はしなくていいってことね。


 アランは恋愛が面倒だったから契約結婚をしただけで、自由恋愛で結婚を認めてくれるらしい。


「少し意外でした、アランは恋愛結婚を推奨しないのかと思っていました」

「別に推奨しないわけじゃない。ただ私は恋愛結婚に向いていなかった。それは両親や弟夫婦を見ればわかっていたことだ」


 両親や弟夫婦?

 弟さんは恋愛結婚……というより愛人を作って結婚したと思うけど。でもレベッカを愛していなかったから、親としては最低だった。


 だけど、アランのご両親は?

 私は彼の両親に会ったことない。


 両親も恋愛結婚ではなかった、ということかしら?


「私も恋愛結婚ではなかったが、もしかしたら恋愛結婚に向いていたのかもしれないな」

「えっ?」

「私は妻に好かれているようだったからな」

「えっ、あ……」


 その言葉に私は顔が赤くなってしまう。

 おそらく食事会で私が「全部です!」と答えたことを言っているのだろう。


「ち、違いますよ、あれはいきなりの質問で混乱してしまって……!」

「……ふっ」


 私が焦って言い訳をし始めると、アランが口角を少し上げて笑った。


「すまない、揶揄ってしまったな」

「ほ、本当に違いますからね? わかってますか?」

「ふっ、わかっている。だからそこまで否定をするな、嫌われているのかと思うだろう?」

「す、すみません。嫌ってもいませんからね?」

「ああ」


 揶揄われてしまったが、少し嬉しくも感じる。

 最初に会った時はこんな会話ができるほど仲良くなるとは思わなかった。


 それに今の言葉とかも、私に好かれても問題ない、みたいに聞こえる。

 だけど私は「アランを愛してはいけない」という契約をしているのだ。


 あまり勘違いしないようにしないと……というか、アランが勘違いするような行動をしないでほしいんだけど!


「ん? 睨んできて、どうした?」

「……なんでもありません」

「そうか」


 勘違いさせないでほしい、という思いを込めて睨んだが、全く伝わってなさそうだ。


 その後、私達は馬車で屋敷へと戻った。


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