第20話 庭でのんびり

 公爵夫人として初めての社交パーティーが終わってから数日後。


 私のもとにお茶会などの招待状がいっぱい届いていた。


 主に侯爵家や伯爵家などの上級貴族の家系からだ。

 聞いたことあるような貴族の家系ばかりで、本当にすごいわね。


 この招待状からどのお茶会に行くかも、しっかり選ばないといけない。

 公爵夫人として社交界デビューしたばかりだから、みんな顔合わせをしたいと考えているのでしょうね。


 忙しくなりそうだわ。


 だけど今は、目の前のやるべきことをしないといけない。


 それは……。


「レベッカ、上手くできているわよ」

「あ、ありがとうございます!」


 レベッカとの共同作業、お菓子作りだ。


 今日作っているのはドーナツ。これも材料を混ぜていくのがほとんどなので、レベッカと一緒に作れる。


 最後に揚げないといけないから、そこは危ないから私がやるけど。


 ホットケーキもよかったけど、ドーナツは自分で形を作れるのが楽しいだろう。

 真ん中に穴をあけてもいいし、あけなくてもいい。


「ソフィーア様、この形でも大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。それはウサギさんかしら?」

「はい!」


 穴をあけないドーナツに耳のようなものがついている形だ。

 これは揚げる時に注意をしないと折れてしまうかもしれないわね。


 レベッカを悲しませないように気を付けないと。


 全部のドーナツを揚げて、無事に耳も折れなかった。


 あとはこのドーナツにチョコとかをかけたり、ちょっとした装飾をしている。


「レベッカ、これはウサギさんの目かしら?」

「はい! すごく可愛いです!」

「そうね、可愛くできているわ」


 ウサギさんを作って喜んでいるレベッカの方が可愛いけどね!

 と大きな声で叫びたいのを我慢する。


 調理場にいる料理人達もこちらを見て震えているので、叫びたいのを我慢しているのかもしれない。


 そして料理が終わって、本邸の庭に移動する。

 今日は天気も良いので、庭でお茶をすることにしたのだ。


 メイド達に準備をしてもらって、レベッカと一緒に作ったドーナツを食べる。


「うん、美味しいわね」

「はい、美味しいです! やっぱりソフィーア様が作る料理はすごいです……!」

「レベッカが手伝ってくれたからよ」


 美味しいし、ドーナツを食べて幸せそうにしているレベッカもとても可愛い。


 とても幸せな空間ね。

 レベッカと喋りながらドーナツを食べ進めていたのだが、彼女の手が止まった。


「もうお腹いっぱいかしら?」

「あっ、いえ、そうじゃないんですが……」

「じゃあどうしたの?」


 残っているのはレベッカが一番力を入れて作ったウサギのドーナツだ。

 お腹がいっぱいじゃないなら、何で食べないのだろうと思ったのだが……。


「その、ウサギさんのドーナツを食べるのが、可哀想と思ってしまって……」

「……ふふっ、そうなのね」


 何とも可愛らしい理由で躊躇っているだけだった。


 いや、だけど彼女からすれば重要よね。


「レベッカ、食べなかったら食材を無駄にすることになるし、それこそ可哀そうよ?」

「そ、そうですよね」

「ええ。それにまた一緒に作れるから、大丈夫よ」

「あ、はい! また一緒に作りたいです!」

「うん、私も」

「はい……じゃあ、ウサギさん、いただきます」


 ウサギのドーナツに一礼をしてから、少し躊躇ってから一口食べる。

 最初は罪悪感があったような表情だったけど、食べてからは幸せそうに頬が緩んでいる。


 はぁ、本当に可愛いわ……!

 レベッカを見ているだけで疲れが吹き飛んでいく。


 これでレベッカも疲れが取れるといいんだけど……。


「レベッカ、最近の勉強はどうかしら?」

「はい、座学とかは順調だとは思いますが……魔法がやはり難しくて」

「最近は魔法をいっぱい練習しているみたいね」

「はい、その……前にソフィーア様を危ない目に遭わせてしまったので」

「私は大丈夫だったから、気にしなくていいのよ?」

「いえ、あれは私が未熟だったので、次は絶対にないようにしたいです」


 前にレベッカが魔法を暴走させて私に当てかけてから、彼女は魔法をよく練習するようになった。


 それはいいのだが、少しやりすぎだとは思う。

 魔法の専門の教師を雇ったが、その人は「レベッカ様はとても素晴らしい才能をお持ちです」と言っていた。


 だから普通に学んでいければいいのだが、レベッカは一人でも隠れて練習している。

 前に彼女の部屋に行ったときに、机の上が魔法学の本などで埋まっていた。


 おそらく部屋で魔法を学んで、練習しているのだろう。


「頑張るのはいいけど、無理はしないようにね」

「はい、わかりました」


 真剣な表情で頷くレベッカ。


 本当に大丈夫かしら?


「ソフィーア、レベッカ」


 後ろから声をかけられ、振り向くとアランがいた。


「アラン、今お帰りですか?」

「ああ、今日は仕事が早く終わったからな」


 屋敷に帰ってきて、庭でお茶をしている私達に会いに来てくれたようだ。

 アランの後ろには執事長のネオもいた。


「お、お帰りなさいませ、アラン様」

「ああ、ただいま、レベッカ」


 まだレベッカはアランと喋る時は緊張するようだが、今のやりとりは家族っぽいわね。


「ん、そのお菓子はまた作ったのか?」

「はい、私とレベッカが一緒に作りました」

「とっても美味しいですよ! アラン様もその、よかったら……!」


 レベッカは期待を込めた視線でアランを見上げている。

 アランはしばらく悩んでから頷く。


「ああ、私もいただいていいか?」

「は、はい!」

「もちろんです」


 私とレベッカが頷くと同時に、ネオがアランの椅子を持ってきていた。


 さすが、仕事ができるわね。

 アランはネオが持ってきた椅子に座り、ドーナツを手に取って一口食べる。


「……やはり、美味しいな」

「ですよね! やっぱりソフィーア様が作るお菓子は、とても美味しいんです!」


 お菓子のこととなると、アランにも饒舌になるレベッカがとても可愛い。


 私もアランが美味しいと言ってくれてほっとした。

 彼は甘いものが苦手と言っていたが、私達が作るお菓子は美味しいと言ってくれる。


 それがお世辞でもないとのことなので、なぜ美味しく感じるのかはよくわからない。


 だけどアランが私の作ったお菓子を、口角を少し上げて目を細めて、美味しそうに食べてくれるのは……うん、なんだか照れるけど嬉しいわね。


「ソフィーア、お茶会などの誘いはきているか?」

「はい、私が把握しきれないほどお誘いがきています」

「そうか。面倒だと思うが、いくつかは受けてくれ。あと、私と共に出ないといけない食事会などもあるから、あとで日程を伝えておく」

「かしこまりました」


 本当に忙しくなりそうね……。


 それにアランと一緒に出ないといけない食事会って、相手は誰なんだろう。

 もしかして国王陛下とかじゃ……ま、まさかね。


 レベッカとずっと仲良くお茶をしているのが幸せなんだけど、そうもいかない。


 公爵夫人としての仕事はしないと。


「ここから数週間は顔合わせなどで忙しくなると思うが、それを過ぎれば無理にお茶会や社交界などに出なくていい」

「かしこまりました、公爵家の名を落とさないように頑張ります」

「そこまで肩に力を入れるものではない。ソフィーアなら問題なくできるだろう」

「ありがとうございます」


 アランがそう言ってくれるが油断しないように頑張ろう。

 だけど私が社交界に出ることが多いと、レベッカの勉強などを見ることができなくなる。


「レベッカ、私は少し忙しくなりそうだから、勉強は見られなくなるけど、大丈夫?」

「はい、大丈夫です! しっかり勉強します!」

「うん、それは全く心配してないんだけど……」


 レベッカは真面目だから私が見ていなくても、怠けたりはしないだろう。

 逆に、一生懸命やりすぎる気がする。


 今でも時々、私が止めないと勉強し続けることがあるから。


「あまり無理しないようにね、レベッカ」

「はい、心配ありがとうございます」


 レベッカは微笑んで嬉しそうにそう言った。

 最初に会った時は笑みを浮かべるのも少なかったけど、最近は普通の子供のように笑ってくれる。


 レベッカの笑顔のために、私も社交活動を頑張らないと。

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