第17話 変な勘違い?
一通りの全ての人との挨拶が終わり、少し落ち着けると思ったのだが、またチルタリス侯爵が話しかけてきた。
「ベルンハルド公爵夫人、楽しんでいらっしゃいますか?」
「チルタリス侯爵。はい、とても楽しいです」
まだ楽しめるほどの余裕はないけどね。
「それはよかった。本日は我が侯爵家が会場を決めて準備し、招待客などを決めたのです」
「まあ、そうだったのですか。招待していただいてありがとうございます」
緊張していてまだ楽しくない、って言わないでよかった……。
さらに緊張させないでほしいわね。
「いえいえ、お礼を言うのはこちらですよ。ベルンハルド公爵夫人に来ていただけて、本当に光栄に思います」
「こちらこそ、チルタリス侯爵に招待されて嬉しく思います」
「ありがとうございます。ベルンハルド公爵夫人がこんなきれいな方だったなんて、公爵様がとても羨ましい限りです」
「まあ、お上手な方ですね」
私は照れているように振る舞っておいて、チルタリス侯爵の出方を窺う。
純粋に褒めてくれているなら嬉しいが、こういう人は相手を褒めて気持ちよくさせて、自分の話を上手く進めようとしている可能性が高い。
「本心ですよ。ドレスや宝飾品もとてもお似合いです。どちらでお買いになったのですか?」
「さあ、よく覚えていません。家に商人を呼んだのは主人ですので」
「そ、そうなのですか」
なんだか世間知らずの令嬢みたいな振る舞いをしてしまったが、本当のことだ。
普通に買えばさすがに覚えていると思うんだけど、買った量も多かったし……。
「でしたら次は我が侯爵家がやっている商会に来てくださいませんか? いい商品も揃っていますし、公爵夫人にお話もありまして」
「話、ですか?」
「ええ、ここだけの話、貴族街の一画に新しいお店を建てようと思ってまして。公爵夫人とご一緒にお仕事ができたら素晴らしいと思ったのです」
「……なるほど」
まさか本当に事業の話がくるなんて……しかもチルタリス侯爵から。
どういう目的なのかしら?
「なぜ私と? チルタリス侯爵とは初対面ですが」
「はい、初対面だからこそ一緒にお仕事をして仲良くなりたいと関係を深めたいと思ったのです。詳しくは言えませんが、お店を開くなら公爵夫人の名義で立ててもいいと考えております」
よくわからないけど、怪しすぎるわね。
世間知らずの令嬢が公爵夫人になったから、騙そうとしているのかしら?
まあ特に魅力も感じないし、アランの言いつけを守るから、最初から断ることは決まっているけど。
「とても面白そうな話ですね」
「でしたら後日……」
「ですが私にはよくわからないので、主人のアラン様とご一緒にお話を伺ってもいいでしょうか?」
「……いえ、簡単なお話ですので、公爵夫人だけで大丈夫だと思いますよ」
チルタリス侯爵は笑みを全く崩さないが、少し雰囲気が変わったような気がする。
やはりアランがいたら話したくないような内容なのね。
おそらく名義を私にするって言ってたから、世間知らずな令嬢な私に事業をさせて失敗させたいとか?
それでベルンハルド公爵家の評判を下げたい、といった魂胆かしら?
「いえ、私は事業がわからないので、アラン様とお話を聞いた方がいいと思います。それでもよければ今度、公爵家にお誘いの手紙を送っていただけたらお伺いします」
「……かしこまりました。事業の準備などの目途が立ちましたら、ご連絡いたします」
おそらくこれで連絡は来ない、もしくは事業ができないという連絡が来るだけだろう。
はぁ、緊張した。
この人、自分のパーティーを楽しんでほしいとか言いながら事業の勧誘をしてきたけど、楽しませる気はあるのかしら?
「ソフィーア」
「あっ、アラン様」
後ろからアラン様に声をかけられて、彼が私の隣に並ぶ。
「ベルンハルド公爵様、お久しぶりです」
「ああ、チルタリス侯爵。本日のパーティー、お誘いを感謝する」
「いえ、こちらこそ、公爵様に来ていただけてとても嬉しく思います」
チルタリス侯爵が丁寧にお辞儀をして、アランはそれを見届けるだけ。
どちらが上の立場かはこの光景を見るだけでもわかるだろう。
「何を話していたんだ?」
「軽く世間話をしていました」
間髪入れずにチルタリス侯爵がそう答えた。
「ほう、ソフィーア、そうなのか?」
世間話、ではなかったと思うけど。
チルタリス侯爵がチラッとこちらを見てきた。
「はい、世間話をしていました。私のドレスや宝飾品がどこで買ったのか聞かれたのですが、私の知識不足で答えられませんでした」
「そうか。チルタリス侯爵、商会を知りたいならあとで調べて連絡するが?」
「いえ、そこまでお手を煩わせるわけにはいきません。自分で調べるとします」
「ああ、わかった」
なんかお互いに駆け引きをしているような会話ね。
「ベルンハルド公爵夫人と話すのが楽しくて、ついつい長く喋りすぎてしまいました」
「いえ、こちらこそ楽しかったですよ」
「ありがとうございます。公爵夫人はとてもお綺麗で聡明な方でいらっしゃる。こんな女性を娶った公爵様が羨ましい限りです」
愛想笑いの笑みと取って付けたような言葉ね。
アランと違ってこの人はお世辞が上手いようで……。
「ああ、彼女が私のもとに来たのはとても幸運だった」
……えっ?
アランの言葉に、私とチルタリス侯爵の動きが止まった。
お、お世辞かしら? 彼はお世辞を言うことはあまりないけど、社交界で人目があるから、妻を褒めるのは計算かもしれない。
「そ、そうでしたか。公爵様は運もとても良いようですね」
私のことを褒めた侯爵も、まさかアランがこんなことを言うとは思っていなかったのか、少し動揺しているようだ。
今までの会話で全く崩れなかった笑みが、崩れかけている。
「ああ、私は運ではなく実力で全てを手に入れてきたが、運もよかったようだな」
「な、なるほど、さすがベルンハルド公爵様です。では、私はこれで。パーティーを楽しんでいただけたら幸いです」
チルタリス侯爵は引きつった笑みをしながら一礼をして、私達のもとから去っていった。
残ったのは私とアランの二人だけ。
「アラン様、さっきの発言は大丈夫なんですか?」
「どの発言だ?」
「そ、その……私があなたのもとに来て、幸運だったという、発言です」
自分でその言葉を復唱するのは恥ずかしいわ……!
「何か問題があったか?」
「ここは社交パーティーですから、その発言が広まる可能性があります。そうしたら変な勘違いが生まれて妙な噂かもしれません」
「変な勘違いとは?」
「だ、だからその、アラン様が私のことが好きとか、なんとか……」
なんでこんな恥ずかしいことを連続で言わないといけないの……!
だけど公爵家当主であるアランの変な噂が広がる可能性があるのは、伝えておいた方がいいだろう。
色恋系の噂は男性からすれば興味ないかもしれないが、令嬢達はその噂に敏感だ。
そして令嬢達が噂をすれば、社交界に一気に広がっていく。
「そのくらいは問題ないだろう。ベルンハルド公爵家はその程度の噂で評判が下がることなどはない」
「そうですか、ならいいですが……」
アランがそう言うなら大丈夫なのだろう。
そもそも、彼が社交の場で公爵家の名に傷がつくような発言をするとは思えない。
私が心配するまでもなかったみたいね。
「それに、特に変な勘違いではないだろう」
「えっ……?」
アランの呟いた言葉に、私は目を見開く。
勘違いじゃない?
「あの、アラン様、それって……」
どういう意味か聞こうとしたのだが……。
「公爵様、ぜひお話をさせてください」
「いえ、公爵様、私とぜひお話を」
「構わないが、話題は一つだ」
また貴族の方々が話しかけてきて、アランがその対応をし始めた。
さっきの発言の真意を聞けなかったから、あとで聞こうかしら?
とりあえず私にも話しかけてくる人は多いので、私も笑みを浮かべながら対応しよう。
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