第14話 咄嗟の抱きしめ?



「――奥様、危ない!!」

「えっ」


 ネオの焦った声が聞こえて振り向くと、目の前に土の塊のようなものが迫っていた。


 これはレベッカの魔法?

 もう土の魔法も練習しているの?


 こんな危険な状況で関係ないことを考えてしまっていたら……。


「わっ!?」


 後ろに引っ張られて体勢を崩したが、その直後に目の前の光景が青く染まった。


 突然のことでよくわからなかったが、目の前にあるのは氷の壁のようだ。


 そして私を後ろに引っ張ってくれたのは、アランだった。

 驚いて彼の顔を見上げると、いつもより少し焦ったような表情をしていた。


「大丈夫か?」

「え、あ、はい……」

「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です……っ!」


 い、今気づいたけど、この体勢……アランに後ろから抱きしめられている?

 私の頭がアランの胸元にある形で、見上げればすぐそこにアランの顔がある。


 腰に手を回されて支えるように抱きしめられている形だ。


 私はこの体勢を自覚して、顔に熱が集まってくる。


「そうか、よかった」


 私の無事を確認したアランが安心するように頬を緩めたのを見て、胸が高鳴ってしまう。


「す、すみません……!」

「何を謝る必要がある?」

「く、くっついてしまって、すぐに離れます……!」

「私が引っ張ったのだから問題ない。むしろ緊急時だからといって、抱きしめてすまない」

「だ、大丈夫です、ありがとうございます」


 すぐにアランの胸元から離れてお礼を言った。


「ああ……大丈夫か? 顔が赤いが」

「だ、大丈夫です!」

「俺の胸に顔をぶつけたか? 優しく抱き寄せたはずだが」

「っ……!」


 や、優しく抱き寄せたって……。

 この人、全く恥ずかしげなく、よく言えるわね……!


「奥様、アラン様、大丈夫でしたか!?」


 いつの間にか氷の壁はなくなっており、ネオとレベッカが焦った様子で近づいてくる。

 レベッカにいたっては、真っ青な顔をしている。


「す、すみませんでした! 私が魔法を暴走させてしまって……!」

「大丈夫よ、レベッカ。アランが守ってくれたから」

「で、ですが……!」


 レベッカは泣きそうになっている。

 私はしゃがんで視線を合わせて、落ち着かせるように頭を撫でる。


「大丈夫、初めてなんだから失敗して当然よ。むしろ初めてなのに土魔法も出せるなんて、本当にすごいわ」

「ソフィーア様……本当に、本当に大丈夫でしたか?」

「ええ、嘘はついてないわ。なんなら後で一緒にお風呂に入って確認する?」

「っ、します!」


 えっ、本当にするの?


 少し冗談で言ったんだけど……でも裸の付き合いってあるし、一緒にお風呂に入るのもいいかしら。


「わかったわ、だけど本当に大丈夫だから。心配しないでね」

「はい……」


 少し落ち込んだレベッカの頭をもう一度撫でる。


「奥様、アラン様、申し訳ございません。私がついていながらも、危ない目に遭わせてしまいました」

「私は大丈夫よ、ネオ」

「ネオ、私はお前が魔法の操作が上手いと知っているが、油断していたのか?」


 アランが深く頭を下げているネオにそう問いかける。


「いえ、言い訳になってしまいますが、油断をしていたわけではありません。風魔法で逸らそうとしていたのですが、レベッカ様の暴走した魔法が想像以上に強く、私の力では逸らしきれませんでした」

「……そうか。確かに受け止めた魔法は、お前の魔法より強かった。お前の手に余るのはわかったが、公爵夫人の身体に傷を負わせるところだったのだ」

「はい、私の不徳に致すところです」

「罰は……ソフィーア、何かあるか?」

「私ですか? 私は大丈夫なので、罰は必要ないと思いますが……」

「それでは沽券に関わる。罰を与えないといけない」


 うーん、公爵夫人の立場として、使用人のミスに相応の罰を与えないといけない、というのはわかるけど……。



 確かにアランがいなかったら、大きな怪我をしていた可能性もある。


 でも私が魔法を使えないからネオに頼んだわけで、彼は魔法を教えたことないのに務めてくれたのだ。


 だからあまり厳しい罰は与えたくない。


「では、一カ月の減給でお願いします。額は二割ほどで」

「それだけでいいのか?」

「はい、私は怒っていませんし、アランに守ってもらえましたから」

「……あなたが言うなら、それでいいだろう。ネオ、わかったな」

「はい、奥様の寛大なお心に感謝いたします。このようなことがないように、これから精進していきます」

「ええ、よろしくお願いね」


 少し危なかったことがあったが、魔法の訓練はこの後も少し続けた。


 アランが本邸で仕事をしに行く前に、「魔力操作の訓練だけにしとけ。魔法を発動させなくても、訓練する方法などいくらでもある」とのことだったので、レベッカはそれをやっていた。


 もちろん魔力操作は練習できるのだが、魔法を発動させた方が面白いだろうし、夢中になるだろう。


 でもレベッカは真剣に魔力操作を行っていた。

 まさかレベッカがここまで才能があるとは思わなかった。


 これから魔法を教える時は、しっかりとした専門の先生を雇わないといけないわね。


 その後、今日の魔法の訓練を終えて……私とレベッカは一緒にお風呂に入った。


 別邸に大浴場があり、滅多に使われないが今日は用意してもらった。


 そしていつもはメイドの方に髪などを洗ってもらっているが、今日は自分達でやることにした。


 私は自分でできるけど、レベッカは慣れていないみたいだから、私が髪を洗ってあげる。


「大丈夫? しっかり目は瞑っている? 流すわね」

「はい、大丈夫です」


 洗った髪を流して、私達は大浴場に一緒に入る。

 十人以上で入っても問題ないくらいに大きいのだが、私達はくっついて入っている。


「レベッカ、私に傷はなかったでしょう?」

「えっ……あ、は、はい、そうでした!」


 レベッカはハッとして返事をしていたが、完全に忘れていたようだ。

 一応、私の傷を見るという理由で一緒に入っているんだけどね。


「す、すみません、ソフィーア様。ただ私がその、一緒にお風呂に入りたいと思っていただけでした……」

「ふふっ、そうなのね」


 やっぱり一緒に入りたいだけだったようね。

 恥ずかしそうに口までお湯に沈めているのが可愛いわ。


「大丈夫よ、別に怒っていないわ。私もレベッカと入るは楽しいしね」

「あ、ありがとうございます! その、家族って、一緒にお風呂に入るものだと思って……」

「そう? まあ仲良くないと一緒に入らないわよね」

「はい! だからソフィーア様と一緒に入れて嬉しいです……!」

「私もよ、レベッカ」


 そして私達は一緒にお風呂から出て、夕食へと向かう。

 いつもは夕食を食べてからお風呂に入っていたけど、今日はレベッカが魔法の練習で汗をかいていたから、先に入ったのだ。


 食堂に行くと、すでにアランが待っていた。


「すみません、お待たせしましたか?」

「いや、問題ない。数分程度だ」


 一カ月前までは一分でも遅れたら、先に食べ始めていたけど。

 アランも家族になるために行動してくれていると思うと、嬉しいわね。


 席に着いて食事が運ばれてきて、三人で食べ始める。


「レベッカ、魔力の操作はどうだった?」

「は、はい、言われた通りにやりました。あまり上手くなった実感はありませんが……」

「魔力操作の練習とはそういうものだ。焦る必要はない、やっていれば必然と実力は上がっていく」

「か、かしこまりました、頑張ります」

「ああ」


 この一カ月で少しずつレベッカとアランの会話も増えてきた。

 とてもいい傾向だ、このままもっと仲良くなっていけたらいいわね。


「……ん、ソフィーア、何かいつもと顔つきが違うな?」

「はい? そうですか?」

「ああ、なんだか少し幼く見えるような……」


 私の顔をじっと見てくるアラン。

 それに少しドキドキしながら理由を考える。


「もしかしたら、この前にお風呂に入って化粧を落としているからかもしれません。いつもは公爵夫人らしく、凛として見えるように化粧をしてもらっていますから」


 もとの顔立ちをいかした化粧だと思うが、良く言えば綺麗な感じ、悪く言えば怖い感じに化粧をしてもらっている。


 あまり化粧をしてもしなくても、私は変わらない方だと思うんだけど……アランはよく気づいたわね。


 なんだか少し恥ずかしい。


「なるほど、そうだったのか。いつもは綺麗だが、今は可愛いのだな」

「……えっ?」


 い、今、アランが、私のことを綺麗とか、可愛いって?


「アラン、今なんと言ったのですか……?」

「ん? 化粧をしていたら綺麗で、していなかったら可愛いと言ったが」

「っ……!」


 き、聞き間違いではなかった……!

 まさかそんな誉め言葉を言われるとは思わず、顔が赤くなるのを感じる。


「どうした、私は客観的に見てそう思っていったのだが、間違っていたか?」

「い、いえ、間違っているわけでは……え、客観的ですか?」

「ああ、普段は凛としているのだから綺麗で、今は幼く見えるのだから可愛いのだろう?」

「……な、なるほど」


 そうか、アランは客観的にとらえた事実を言っているだけなのね?


 別に私のことを主観的に見て、綺麗とか可愛いって言ったわけじゃない……のかな?

 でもアランはお世辞を言うような人じゃないし……よくわからないわね。


「わ、私もいつもソフィーア様はいつも綺麗で可愛いと思っています!」

「ふふっ、ありがとう、レベッカ」


 レベッカが可愛らしく褒めてくれたので、頭を撫でながらお礼を言う、


「レベッカもとても可愛いわよ」

「あ、ありがとうございます……」


 うん、本当に、天使なんか目じゃないくらいにね。


 アランの言ったことはあまり考えすぎないほうがいいかもしれない、答えはよくわからないから。

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