第12話 公爵夫人の買い物
私が公爵家に嫁いでから、一カ月ほどが経った。
この生活に結構慣れてきたと思う。
伯爵家にいた頃よりもメイドや執事が多いのは、まだ少し慣れていないけど。
まだ慣れないのが……何か買いたいと思ったら、お店に行くのではなくお店側の人が商品を持って屋敷に来てくれることだ。
これは本当にビックリしたわね。
そして今日も、商人達が商品を持ってきてくれる日だ。
今日持ってきてくれるのは、主にドレスや宝飾品だ。
今度、私が公爵家に嫁いでから初めての社交界パーティーがある。
だからそれに着ていくドレスや宝飾品を用意しないといけないのだ。
屋敷の中で一番広い応接室に店の人達を通して、商品を並べていってもらう。
多くの人達がいるけど、これは多分一店舗だけじゃないわよね?
アランに任せていたけど、まさかここまでの商品を用意させるなんて思わなかった。
ドレスが百着以上、宝飾品もネックレスやイヤリング、指輪、それぞれ百個ほど並べられている。
「奥様、どうぞご覧ください! これは今流行りの装飾がなされているドレスで、黄金の刺繍が奥様の髪色に合っています!」
「こちらのイヤリングは青色の宝石が施されていて、この大きさの宝石は帝国内でも滅多に見られません。奥様の瞳と同色で素晴らしいと思いますよ!」
「は、はぁ……」
商人達が説明してくれるのだが、どれも綺麗で素晴らしいのだが、多すぎてよくわからない。
いろいろと悩むんだけど、一つ気になるのは……これだけ準備してもらって、一着だけ買うのはやっぱりダメかしら?
おそらく商人達は公爵夫人だからドレスを何着も、宝飾品を何個も買える財力を持っていて、ここで買ってくれると思っている。
実際に財力はここに揃っているドレスや宝飾品を半分買っても大丈夫なくらい、品格維持費としてアランにいただいている。
しかもそれが一カ月に使ってもいい額というのが驚きだ。
だけど私は社交界に着ていくドレスと宝飾品を数個だけ買って、終わろうと思っていた。
だけどそれは多分ダメね、公爵夫人として。
こういうのをしっかり買って経済を回していくというのも、公爵家の夫人としてやるべきことなのだ。
でも、どれを買えばいいんだろう……。
それこそ「ここからここまでを買います」と言えばそれで済むんだろうけど。
さすがにそんなことはしたくはない。
そう思いながら頭を悩ませていると、応接室の扉が開いて、レベッカが入ってきた。
「あら、レベッカ。どうしたの?」
「えっと、今日のダンスの稽古が終わったので、報告に来ました」
「そうなのね、よくできたかしら?」
「は、はい、執事長のネオ様がお相手してくれたので……」
レベッカの後ろには執事長のネオがいた。
彼はいつもアランの仕事を手伝っているのだが、今日は執事がついていくような仕事ではなかったようだ。
だから私についていたのだが、私がドレスを選んでいる間、レベッカの稽古を任せていた。
ネオはいつも笑みを浮かべていて物腰が柔らかいので、レベッカを任せても大丈夫だと思ったから。
「ソフィーア様、ご挨拶申し上げます」
「ええ、ネオ。レベッカの稽古を見てくれてありがとう」
「とんでもございません、奥様がご指示されたことならなんでもやりますよ」
ネオは綺麗なお辞儀をしながらそう言った。
「レベッカのダンスはどうだったかしら?」
「とても素晴らしかったですよ。まだ習い始めて一年だとは思えないほどです。レベッカ様はダンスの才能があるようです」
「そ、そんな、私はまだまだです……」
「いえ、レベッカ様。私はご主人様と同様に、お世辞は言いませんよ」
「ふふっ、そうよね、ネオ。レベッカはとても綺麗に踊るわよね」
ネオはアランと違い、軽い冗談も言えるようだ。
だけど本当にレベッカはダンスが上手い、まだ十歳で一年しか習ってないとは思えない。
まだ身長が足りないのでパーティーなどで踊ることは難しいかもしれないが、いつ誰と踊っても恥をかくことはないだろう。
むしろその美しさに他社の目を引き寄せるほどだ。
……親バカすぎるかしら?
いや、本当のことだから仕方ないわね。
「あ、ありがとうございます……」
恥ずかしそうに頬を染めてお礼を言うレベッカも可愛いわね。
そんなことを話していたが、商人達を待たせていることに気づく。
「あ、すみません、お待たせしました」
「いえいえ、大丈夫です。失礼ですが、そのお嬢様は……」
あ、そうか。まだレベッカはデビュタント、社交界デビューをしていないので、容姿が知られていない。
ただベルンハルド公爵家が義娘を引き取ったという話は有名だから、商人達も目星はついているだろう。
「こちらはレベッカ・ベルンハルド、公爵家の令嬢です。レベッカ、ご挨拶を」
「レ、レベッカ・ベルンハルドです。よろしくお願いします」
レベッカが少し緊張しながらも、スカートの裾を持ってお辞儀をした。
「これはこれは、ベルンハルド公爵令嬢でしたか」
「見目麗しいご令嬢でしたので、そうだと思いました。お会いできて光栄です」
「あ、ありがとうございます」
商人達がレベッカに挨拶をしていき、レベッカも臆せずに目を見て挨拶をしている。
立場ではレベッカの方が勿論上だけど、商人達は大人なので少し気後れするかと思ったけど、意外と大丈夫そうね。
ここ一カ月で私が褒めながら教育をしているから、少しずつ自信がついているのかも。
破滅した未来では怒られて育ったから、自分を強く保つために心を閉ざしていたと思う。
だからこれはとても良い傾向ね。
「ソフィーア様、その、私も一緒に見ていていいですか?」
「ええ、もちろん。少し待っていてね、早く選ぶから」
「いえ、ゆっくり選んでもらっても大丈夫ですので」
レベッカはそう言ってくれるが、私も早くレベッカと楽しく話したい。
この後はまた二人でゆっくり、お菓子を食べながらお茶をする予定なのだ。
もう「ここからここまで全部」と言おうかしら。
「奥様、こちらの商品はどうでしょうか? 金色の宝石を施したネックレスです」
「えっと……」
「こちらは二つありまして、レベッカ様とお揃いで付けることもできます」
「買うわ」
「ありがとうございます!」
はっ、私は何を……!
私の口から意図せずに「買う」という言葉が出ていたわ。
だけど今のは仕方ないでしょ……レベッカと一緒のネックレスなんて、買うしかないわ。
まだ彼女はデビュタントしてないけど、ネックレスくらいなら普段使いでも問題ないから、買っても問題はないでしょう。
「奥様、こちらのドレスはいかがでしょうか!?」
他の商人の方が少し焦ったように商品を紹介してくる。
「こちらはとても高級な布を使っていて、うちの商会でしか卸していません! なのでご注文いただければ、何色でも何着でもどんなデザインでも作れますよ!」
「そうですか……」
「もちろんサイズも自由ですので、レベッカ様と奥様でお揃いのドレスを作ることも可能です!」
「注文するわ」
「ありがとうございます!」
はっ、私はまた何を……。
脊髄反射で返事をしてしまっていたわ
だけどこれも仕方ない、レベッカとお揃いのドレスなんて何着あってもいいわ。
「失礼ですがレベッカ様のドレスもお作りしたいので、詳しいサイズを教えていただきたいのですが」
「そうね。レベッカ、大丈夫かしら?」
「え、えっと、もちろん大丈夫ですが……いいのですか?」
「何がかしら?」
「私の服も買ってくださるのは嬉しいですが、その、ソフィーア様のお買い物では?」
「そうね、私の買い物だから、私が買いたい物を買っているの。私が買いたいものはレベッカとのお揃いのものだから」
「ソフィーア様……!」
レベッカが目を潤ませて嬉しそうに微笑んでくれる。
私とお揃いで喜んでくれるのは嬉しいわね。
……嫌な顔をされたら、なんて考えてなかったけど、されなくて本当によかったわ。
レベッカのサイズを測るために、彼女は別部屋に行った。
そこでメイドに測ってもらって、商人に教えるという形だ。
「ソフィーア様、本当によろしいのですか?」
「えっ、何がかしら?」
ネオにそう問いかけられて、私は首を傾げる。
「そろそろレベッカ様は社交界デビューをしますが、その時にはおそらくまたドレスを見繕っていただくと思います。だから今注文するのはドレスを着るのは、結構遅くなるかもしれません」
「あら、そうなのね」
「はい、それにまだレベッカ様は成長途中、今ドレスを作っても着られなくなる可能性もあります」
確かにネオの言う通りね。
今作ってもすぐに社交界で着るわけじゃないし、成長して着られなくなるかもしれない。
「そうね、だけど私は今欲しいの。今のレベッカとお揃いで着られるのは、今しかないから」
私は予知夢で彼女の未来の姿を見ているけど、本当に綺麗に成長していた。
だけど今は、とっても可愛い。
この可愛さは今しかないんだから、今のレベッカと一緒のドレスを着たい。
もちろん大人になったレベッカとも一緒のドレスを着たいけど。
「……左様ですか」
「ええ、それに私は物欲がないから、レベッカと一緒のものだったら買いたくなるし、これでいいのよ」
「ふふっ、かしこまりました。余計なことを言ってしまいすみません」
「いえ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
その後、商人達が私が興味を持つもの……主にレベッカとのお揃いの物をいろいろと紹介してくれたので、いっぱい買ってお金を使うことができた。
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