第11話 アランから見た家族?
ソフィーアとレベッカにホットケーキを作ってもらい、食べてから数日後。
「アラン様、こちらの書類をご確認ください」
「ああ」
私は仕事の帰り、馬車の中で書類を確認していた。
一緒に乗っているのは執事長のネオだ。
まだ若いがとても優秀な男で、よく連れて仕事の手伝いをしてもらっている。
それに顔立ちがよく、いつも笑みを浮かべているから、下手な令嬢ならこいつに目を奪われることもあるのでちょうどいい。
ネオにそれを伝えたことはないが、おそらく理解していると思うが。
「今日の仕事はなかなか遅れましたね。夕食は少し遅くなりそうですが、執務室に持っていきますか?」
「いや、食堂で食べる」
「かしこまりました、そのように準備いたします」
「……もう遅いから食べているか」
「えっ?」
ネオとのいつも通りの会話の中に、私は意図せずに呟いてしまった。
「いや、なんでもない」
「そうですか……おそらくですがもう遅いので、ソフィーア様やレベッカ様は食事が済んでいると思われます。夜も遅いのでもう眠っているかもしれません」
「わかっている、言わなくてもいい」
「左様でございますか」
いつものニコニコとした作った笑いではなく、少しニヤッとした笑みのネオ。
優秀がゆえに、私の呟いた言葉の意味に気づく。少しイラっとさせてくれる。
一年前に、私は姪を引き取った。
亡き弟夫婦の娘、レベッカ。
私と弟は似ていたが、レベッカは弟の血縁を感じる顔立ちをしていた。
しかし髪色は全く違う、私は黒色だが彼女は金色だ。
そこだけ弟の妻に似ているのだろう。
私はレベッカを引き取ってから一年間、社交界でずっと「妻はいつ取るんだ」と言われてきた。
もちろん公爵の俺に直接そんな無礼なことを言ってくるやつはいないが、だいたいはそんな意図を持って「ぜひ我が家の娘を妻に」と言ってきた。
俺は特に誰とも結婚するつもりはなかった。
親を……父親を見ているから、その血筋を継いでいる俺は、女性を愛することはないと思っていたから。
それに社交界で令嬢などを見ていても、心惹かれる者など一人もいなかった。もとも両親や弟夫婦を見ているから、恋愛に関して期待をしていなかったからだろう。
だが周りからの声や求婚の数々が面倒だったから、形だけの妻を作ろうと思った。
ベルンハルド公爵家の夫人となるので、最低限の爵位を持っている貴族の令嬢の中から、適当に選んだ。
それが約二週間前、公爵家に嫁いできたイングリッド伯爵家のソフィーア嬢だ。
適当に選んだが、彼女を選んだ理由はなんとなく、レベッカに髪色や雰囲気が似ているから、というだけ。
顔立ちは似ていないが、レベッカと顔立ちが似ていたら私にも似ていることになるから、それは構わなかった。
恋愛などは面倒だと思ったから「仕事を邪魔せず干渉せず、私を愛さないこと」という条件を出した。
最初の一週間は、良くも悪くも特に生活が変わらなかった。
ソフィーア嬢と食事をする機会もあったが、特に話すこともない。
付き合いで他の令嬢と何回か食事をした時があったが、令嬢が気に入られようとしているのかわからないが、ずっと喋ってくるのが鬱陶しかった。
ソフィーア嬢は契約にしっかり従ってくれるので、過度に干渉してこない。
だから彼女との食事は気楽で、嫌いではなかった。
だがソフィーア嬢が公爵家に来てから一週間後、彼女が寝坊をした。
特にそれは珍しいことではないと思うが、なぜかその日から、彼女はレベッカと絡み始めた。
レベッカは一年前から厳しい教育を受けていた。
九歳や十歳そこらの子供が受けるには、少し厳しすぎる教育。
だがレベッカは才能があり、それについていっていた。
教育係のナーブル夫人は自分より立場が下の者を虐めるような女性だと知っていた。
だが私はレベッカが成長してほしいから、それを無視していた。
ナーブル夫人に制裁を下すなら、レベッカの意思が大事だと思った。
しかしソフィーア嬢がレベッカと会ったことにより、それが変わった。
レベッカとソフィーア嬢との食事、その時にレベッカに問いかけた。
私の質問に委縮し、今まで自分の気持ちを話せなかったレベッカ。
それを、ソフィーア嬢が支えていた。
『レベッカ嬢、落ち着いて。自分の気持ちを言えばいいのよ』
ソフィーア嬢の言葉で、レベッカは落ち着きを取り戻して、初めて私に対して自分の気持ちを言うことができた。
ソフィーア嬢の支えがあったからだと思うが、私は一年間もレベッカの気持ちを引き出すことはできなかった。
その後、ソフィーア嬢が教育係を解雇したことが契約違反だと思ったようで、謝ってきた。
それは全く問題なかったので大丈夫だと話し、私は「なぜレベッカといきなり絡み始めたのか」と問いかけた。
彼女は「レベッカと家族として仲良くなりたい」と言っていた。
家族という関係は、私にはわからない。だが少しだけ、憧れがあった。
私には家族というものが、なかったから。
その少し憧れがあったから、レベッカを引き取ったのかもしれない。
だがやはり私は冷たい人間で、レベッカの気持ちを引き出すのは私一人ではできなかった。
……あのクズの父親に育てられているから、仕方ないかと思った。
だから憧れを諦めようとした、その時だった。
『アラン様も、レベッカ嬢と仲良くしてください』
『レベッカ嬢も、私も、アラン様と家族になりたいですから』
ソフィーア嬢が言った言葉が、身体の中心を貫くように響いた。
心の中を覗いていたのではないか、と言うほどに、私が望んだような言葉を言われた。
だから私はソフィーア嬢が……ソフィーアが、少し気になっている。
「アラン様、着きました」
「……ああ」
少し考えごとをしていたら、もう公爵家の屋敷に着いていた。
まだ書類を読み切っていなかったな。
「あとで読む、執務室に持っていってくれ」
「かしこまりました。まずは食堂でお食事でしょうか?」
「ああ、着替えてからな」
「かしこまりました、準備いたします」
仕事終わり、いつも通りに馬車を降りて本邸に入り、自室へと向かおうとする直前。
一つ、食べたいものがあったことを思い出す。
「ネオ、料理長に伝えろ。今日の夕食、最後に甘いものを出してくれと」
「はい? えっと、果物か何かでしょうか?」
「いや、甘いもの……できればホットケーキを」
「かしこまりました」
ネオは不思議に思っているだろうが、しっかり指示を聞いて料理長に伝えに行った。
もしかしたらあいつは、すでに俺がソフィーアの作ったものを食べたことを知っているのかもな。
今日の食事で、私は苦手な甘いものを克服したのか確かめたかった。
もう令嬢からお茶会の誘いを受けることもなくなったが、そのようなお茶会では甘いものが多く並んでいる。
用意していただいたそれらを全く食べないのは礼儀に欠けるので、少しは食べないといけないのだが、まあ苦手だ。
食べられないことはないが、できれば食べたくない。
だから克服しているのならよかったのだが……。
「……ふむ、ご馳走様」
料理長が作ったデザート、指示通りにホットケーキを作ってもらったのだが、やはり美味しくはなかった。
ソフィーアが作ったものと遜色はない、むしろ公爵家の料理人が作ったデザートの方が美味しいはずなのに。
というよりも私はあまり食事に関心がないから、どれだけ人気な店で高い食事を食べても、次の日にはその味のことなんてほとんど覚えていない。
だがソフィーアとレベッカが作ったというあれは……美味しかったし、今でも味を覚えている。
なぜなのか、全くわからないな。
「執務室で仕事をする、急ぎのものから持ってこい」
「かしこまりました」
ネオにそう指示を出して、私は執務室へと向かう。
正直、急ぎの仕事などはないだろう。明日やっても構わない仕事ばかりだ。
これから寝るまでの時間は暇なので、仕事をするだけだ。
あまり暇で無駄な時間は作りたくない、効率が悪いから。
それに趣味もないから暇な時間を作っても、やることがない。
執務室へと向かう途中、通りかかった部屋の中に、レベッカの新しい部屋があった。
扉も少し装飾を変えたのか、レベッカの部屋だとわかりやすい。
そういえば、レベッカの部屋の内装は確認していなかったな。
もうすでに眠っているのだろうか。
確か、ナーブル夫人に教育を受けている時は、この時間まで勉強をしていることは珍しくなかったはず。
だが今はソフィーアが教育している。彼女はレベッカの健康面も考えているので、もうすでに眠っている可能性が高いな。
なんとなく気になってしまって、気づいたら扉を開けていた。
音を立てないように中に入ると、少しの灯りと共に寝息が聞こえてきた。
やはり眠っているようだ、そう思いながらベッドに近づくと……眠っているのがレベッカだけじゃなく、ソフィーアもいることに気づいた。
なぜソフィーアも? いや、前にも一緒に昼寝をしたと言っていたから、一緒に眠っていてもおかしくないか。
暗いがベッドの側に淡い灯りがついているので、二人の顔が少しだけ見える。
ぐっすり眠っているようで、俺が近づいてベッドの縁に腰かけても、起きる素振りはない。
顔立ちは似てないが、安心して眠っている顔はどこか似ている気がするな。
これなら親子だと思われる……いや、姉妹か?
レベッカは十歳で、ソフィーアは二十二歳。
親子と呼ぶには、少し歳が近すぎるか。だが書類上の関係は義母と義娘だ。
だが家族であるのは間違いない。
まだ彼女達が出会って一カ月も経っていないが、家族のような形、関係になっている気がする。
私には、あまりわからない。
だが……。
『レベッカ嬢も、私も、アラン様と家族になりたいですから』
そう言った時の、ソフィーアの笑みを思い出す。
そして二人が執務室に持ってきてくれた、ホットケーキの味と、レベッカの嬉しそうな笑みも思い浮かぶ。
なぜか、胸のあたりが温かくなるのを感じた。これが何なのか、わからない。
だがソフィーアが公爵家に嫁いできてから、何かが変わった。
良い変化なのか、悪い変化なのか。
だが私にとって、嫌なものではないのは確かだ。
しばらく見ているとソフィーアとレベッカが同時に寝返りを打ち、布団が少しだけめくれ上がった。
動きがほとんど同じだったので少しだけ口角を上げて笑ってしまった。
私は布団を彼女達にかけ直して、起こさないように部屋を出た。
執務室へと行くと、ネオが部屋の前で私を待っていた。
「あっ、アラン様。どちらへ行っていたのですか? 食堂を出てから執務室に真っ直ぐ向かったと思ったのですが」
「なに、少し野暮用だ。気にするな」
「はぁ……」
優秀で勘がいいネオでも、私がどこへ行っていたのかはわからないようだ。
それはそうか、今までの私だったらレベッカの部屋などに行くことはなかったのだから。
その後、いつも通りに寝るまで仕事をしたのだが……少しだけ捗ったような気がした。
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