第10話 お願いごと?


 今まで何回か彼と一緒に食事をしてきたけど、どんなに美味しい料理を食べても眉一つ動かさなかったのに。

 そんな彼が、自分でも驚いたように眉を上げて「美味しい」と呟いた。


「ですよね! ソフィーア様が作ったお菓子は、とても美味しいんです!」


 レベッカ嬢もアランの言葉を聞いて、無邪気に喜んでいる。


「……ああ、美味しいな」


 アランはまた一口食べて、そう言ってくれた。

 聞き間違いじゃなかったようだ。


 まさかアランは、甘いものが好きなのかしら?


 それだったら私もレベッカ嬢も好きだし、嬉しいけど。


「美味しいのならよかったです。アランは甘いものがお好きなのですか?」

「いや、特に好きではない。むしろ苦手な部類だ」

「えっ、そうなのですか?」

「ああ、私は特に好物はない。食べられないものもないが好まないものはあるから、料理人に食事で出さないように言ってある。その中に甘いものは含まれている」


 あ、やっぱり甘いものは苦手だったのね。

 それならレベッカ嬢に「ぜひホットケーキを食べてください」と言われた時は、おそらくそれを我慢して食べようとしてくれたのだろう。


 だけどアランは「美味しい」と言ってくれた。


 お世辞だったのかしら?


「え、甘いもの苦手だったんですか……すみません、アラン様、無理を言ってしまいました」


 さっきまではしゃいでいたレベッカ嬢だが、申し訳なさそうにして謝る。


「いや、レベッカ、謝る必要はない。私は嫌だったら断っているし、これは本当に美味しいと思っている。世辞などではない」

「そ、そうなのですか?」

「ああ」


 アランは証明をするようにまたホットケーキを一口食べていく。

 そして、あっという間に間食した。


 レベッカ嬢は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ご馳走様。美味しかったよ」

「よかったです!」


 アラン様は全部食べ終わり、側に合った紅茶のカップに手を伸ばしたが、中身はなかったようだ。


「紅茶をもらってきましょうか?」

「ああ、メイドを呼んでもらっていいか?」

「あっ、私がメイドの方を呼んできます!」


 レベッカ嬢がそう言って、執務室を出て行った。

 私とアランが二人で残って、軽く話す。


「本当に美味しかったですか?」

「何度聞くんだ。私はつまらない嘘はつかない」


 確かに、こんな世辞や嘘を言うような人ではない気がする。

 社交界とかでは嘘をつかないといけない場面もあるだろうけど。


「では甘いものが好きになったのでしょうか」

「ふむ、それは考えられるな。数年ほど食べてなくて、味覚が変わったのかもしれない」

「またレベッカ嬢と一緒に作ると思いますので、その時はぜひ一緒に食べましょう」


 私がそう言うと、アランは驚いたように眉を上げてから、目を細めて微笑んだ。


「ああ、それも悪くないな」


 優しい笑みでアランがそう言ったのを見て、私はドキッとしてしまった。

 やっぱり顔立ちがとても綺麗だから、笑顔も素敵だわ。


 少しだけレベッカ嬢とも似ているから、可愛いとも思ってしまうし。


 私がアランの笑みや言葉にドキッとして何も言えなくなった時、ちょうど扉にノックが響いた。


 そしてレベッカ嬢とメイドが入ってきた。


「紅茶をお持ちしました」

「ああ、レベッカもありがとう」

「は、はい!」


 アランにお礼を言われて、レベッカ嬢も嬉しそうに微笑んだ。

 うん、やっぱり本当に少しだけ似ているわね。


 アランが紅茶を一口飲んだところで、ここが執務室で彼がまだ仕事中だったことを思い出した。


「アラン、お仕事中に長居してすみません」

「いや、いい気分転換になった」

「それはよかったです。では私達はこれで失礼します」

「失礼します」


 私とレベッカ嬢は一礼をしてから、執務室を出た。

 廊下を歩きながらレベッカ嬢と話す。


「アランに喜んでもらえてよかったね」

「はい、ソフィーア様のお菓子は美味しいからですね!」

「レベッカ嬢が一生懸命に焼いてくれたからよ」


 しかし、まさかアランがあれほど美味しく食べてくれるとは思わなかった。

 特別な材料も使ってないし、普通の作り方だったけど……どうしてかしら?


「またソフィーア様と一緒にお菓子を作りたいです!」

「そうね、私もレベッカ嬢と作るのは楽しかったわ。またその時はアランにも分けましょう」

「はい……あの、ソフィーア様」


 レベッカ嬢が止まって私のことを見上げてくるので、私も視線を合わせる。


「なにかしら?」

「その、ソフィーア様はアラン様を敬称なしで、呼んでいますよね」

「そうね、アランにそう呼んでもいいと言われたから」

「な、なら……私のことも、レベッカと呼んでもらえますか……?」


 不安げに、だけど少し期待がこもった目でそう言ってきた。


 か、可愛い……!

 し、心臓が高鳴りすぎて止まりそうだわ。


 私はしゃがんでレベッカと視線を合わせて、笑みを浮かべる。


「ええ、わかったわ、レベッカ」

「っ、ありがとうございます……!」

「ううん、こちらこそごめんなさい。家族なのに、呼び方が少し他人行儀だったわね」


 私もどこかで家族として踏み切れていなかったのかもしれない。

 しっかりしないと。彼女が未来で破滅するのを止められるのは、私しかいないんだから。


「レベッカ、他に何か私にお願いしたいことはあるかしら?」

「お願いしたいこと……」


 他人行儀になっていたことから、他に何かお願いごとを聞いてあげたいと思ったけど、いきなりすぎたわね。


「いつでも言ってね。私にできることだったらなんでもするから」


 私がそう言ってレベッカ嬢と手を繋いでまた歩き出す。

 するとしばらくして、レベッカ嬢が「あっ……」と小さく呟いた。


「ん? レベッカ、どうしたの?」

「な、なんでもないです」


 どう考えても何か思いついたような声だった気がするけど。

 もしかして、何かお願いごとが思いついたのかしら?


「私にお願いしたいことがあった?」

「っ……あの、その……」


 やっぱりあるみたいね。


「何かしら?」

「その……ソフィーア様の呼び方、なんですが……」

「私の呼び方?」


 それは私がレベッカと呼ぶことに対してなのか、レベッカが私に対しての呼び方なのか、どっちなのだろう。


「……い、いえ! やっぱり違うお願いごとでいいですか?」

「お願いごとは何個でもいいのよ?」

「ま、まだ少しこれは緊張するので……違うことでもいいですか?」

「そう?」


 よくわからないけど、レベッカがお願いをするようになったのは嬉しいわね。

 今まではずっと大変だっただろうから、なんでも叶えてあげたくなる。


「何かしら?」

「今日、私は初めて本邸で寝ると思うのですが」

「ええ、あなたの新しい本邸の部屋でね」

「はい……ベッドがいつもよりも大きいから、少し寂しいような気がして……」


 レベッカは繋いでいる手をキュッと強く握った。


「い、一緒に寝てくれませんか……?」

「っ……」


 あ、危うく可愛すぎて、昇天するところだった……!

 天使が、天使がいるわ……!


「も、もちろんいいわ、レベッカ。今日は一緒に寝ましょう?」

「あ、ありがとうございます!」


 不安げな顔から、満開の花のように笑顔になった。


 はぁ、お願いごと自体が可愛いし、表情や動きも可愛すぎた。

 こんな天使みたいな子と一緒に寝てほしいと言われたら、いつでも一緒に寝てあげたい。


 だけど最初は多分、このお願いごとじゃなかったのよね?

 何をお願いしたかったのかしら?


 まあ、いつか言ってくれることを期待していよう。


 その後、私とレベッカは彼女の新しい部屋で、朝まで一緒に寝た。

 最初は前回のようにレベッカの可愛い寝顔を見ていたけど、さすがに眠くなったので普通に眠った。


 順調に仲良くなっていっている気がして、よかった。

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