第9話 アランもスイーツを?
数時間後、私とレベッカ嬢、それにアラン様の三人で夕食を食べていた。
三人で一緒に食べるのはこの前、教育係を解雇した時以来だ。
私とレベッカ嬢は昼食や夕食は一緒に食べることが多かったが、アラン様は仕事が忙しいようで、一緒に食べるのが久しぶりになった。
しばらく黙って食事をしていたが、アラン様が話を切り出す。
「今日からソフィーアがレベッカの教育係を務めているが、どうだった?」
これは……どっちに聞いているのかしら?
とりあえず私が答えましょうか。
「はい、今日は座学の試験を行ったのですが、レベッカ嬢は本当に優秀でした。様々な範囲から問題を出したのですが、一問も間違えることなく満点でした」
「ほう、そうだったのか」
「はい、とても良く勉強しています。だけど勉強をしすぎ、だとは思いましたが……」
「どういうことだ?」
「十歳の令嬢が学ぶには、範囲が広すぎると思いました。前の教育係、ナーブル夫人はしっかり勉強を教えていなかったみたいですし」
私はアラン様に、ナーブル夫人が試験問題を作るだけで、その試験範囲の勉強はレベッカ嬢に一人でやらせていたことを話した。
それを聞いたアラン様は特に顔色を変えず、むしろ不思議そうに首を傾げた。
「? 勉強とは、そういうものじゃないのか?」
「えっ……もしかして、アラン様もそうやって勉強をなさってきたのですか? 子供の頃から?」
「ああ、教育係との勉強時間は、試験を解くだけだったな」
まさか、アラン様もそんな教育をされていたなんて……。
普通の人だったら絶対に無理だから、これはベルンハルド公爵家ならではの教育の仕方なのかしら?
「だが私は本を一度読めばほとんど覚えられたからな。だから座学は簡単だと思っていた」
「な、なるほど……レベッカ嬢もそうなの?」
「本を読むのは好きですが、さすがに一度読んで全部覚えるのは……」
「そ、そうよね」
「二回読めば、ほとんど覚えられると思いますが……」
「……そ、そうなのね」
やはり血筋みたいね。
本の厚さとか内容にもよるけど、一回や二回でほとんど覚えられるものではないでしょ。
私は絶対に無理だわ。
「確かにレベッカ嬢の優秀さに合った教育方法かもしれませんが、夜遅くまで勉強しないといけないのは成長を阻害します」
「ああ、それもそうだな。レベッカに合った教育をしてくれたらいい」
「わかりました」
座学はもうほとんど終わっているような気がするけど……。
「レベッカは、今日はどうだった? 初めてのソフィーアの教育だったが」
「は、はい、少し緊張していましたが、本当に優しくて楽しかったです!」
レベッカ嬢がとても可愛らしい笑みを浮かべて、アラン様にそう報告をする。
アラン様も表情は変わらないが少し雰囲気が柔らかくなっている気がした。
「そうか、それは何よりだ」
「はい! それに一緒に料理をして、食べたお菓子もすごく美味しかったです!」
「お菓子? 一緒に作ったのか?」
「はい! とても楽しかったです!」
あっ、これは言っても大丈夫だったかしら?
教育の時間だったのに勝手なことをしているんじゃない、と怒られるかも。
「私が準備していた試験問題が満点で教えることがなくなってしまったので、ご褒美をあげたのです」
私が先に理由を話して、怒られるなら私の方にと仕向ける。
しかしアラン様は怒った様子もなく「そうか」と言った。
「公爵様にも……アラン様にもぜひ食べてもらいたいです!」
レベッカ嬢が興奮したように言った言葉に、私は目を見開いた。
えっ、アラン様に食べていただくの?
「ふむ……別に構わないが、すぐに作れるのか?」
「あっ……ど、どうなんでしょうか、ソフィーア様?」
不安そうに見上げてくるレベッカ嬢に、私は戸惑いながらも答える。
「まだ生地の材料は余っているので、すぐに作れると思いますが……その、アラン様は甘いものは大丈夫でしょうか?」
アラン様が甘いものを食べているのを見たことがないし、なんとなくだけど苦手そうな感じがする。
私の問いかけに、アラン様は頷いた。
「ああ、問題ない」
「そうですか。では作ってまいりますね」
「ソ、ソフィーア様、私も一緒に作っていいですか?」
「ええ、もちろんよ、レベッカ嬢」
私が頷くと、レベッカ嬢は顔を輝かせた。
レベッカ嬢は料理を作るのが好きになったのかしら?
趣味が増えるのはいいことね。
「ソフィーア、すまないがこの後は執務室で仕事をする予定だから、料理ができたら執務室に持ってきてくれないか?」
「わかりました、アラン様」
「ソフィーア、敬称が付いているぞ」
「あっ……はい、アラン。わかりました」
「それでいい」
敬称なしで呼ぶことが慣れなくて、ついついアラン様と呼んでしまう。
心の中でも「アラン」と呼んだ方がいいかしら?
……そうね、家族になりたいって言ったのは私だし、いつまでも敬称を付けていたら仲良くなれないわね。
これからは「アラン」と呼ぶことにしましょう。
夕食を終えて、アランは執務室へと行き、私とレベッカ嬢は調理場でホットケーキを作る。
「ソフィーア様、私がホットケーキをひっくり返していいですか?」
片面を焼いている時に、レベッカ嬢にそう言われた。
さっきは材料を混ぜて生地を作ってくれたけど、今回はすでに生地はできている。
だからひっくり返すという作業をしたいのだろうが、大丈夫かしら。
「……わかったわ、レベッカ嬢。だけど熱いから気を付けてね」
「は、はい!」
レベッカ嬢が台に乗って、ヘラを持ち慎重にホットケーキをひっくり返そうとする。
とても真剣な表情で、そんな顔も可愛いと思う。
しかし、結果は……ちょっと崩れてしまった。
「あっ……上手くできませんでした」
「いいえ、初めてでこれは上出来よ。よく頑張ったわ」
「ありがとうございます……」
レベッカ嬢は口ではお礼を言っているが、納得はしていないようだ。
ふふっ、なんだか子供らしい感じで可愛らしいわ。
勉強に関して、本当に天才なところを見たから、ギャップがあるわね。
「もう一個作りましょうか、レベッカ嬢。次は上手くできるかも」
「っ、はい! 頑張ります!」
気合を入れて、次のホットケーキを作っていく。
結果はさっきよりも上手くはできたので、レベッカ嬢も嬉しそうな笑みを浮かべた。
「できたわね、レベッカ嬢」
「はい、できました!」
「じゃあアランのところに持っていきましょうか」
お皿に二枚のホットケーキを盛って、二人で彼の執務室へと向かう。
私がお皿を持っているので、レベッカ嬢が執務室の扉を緊張しながらも叩いた。
「ア、アラン様、レベッカです。ホットケーキを持ってきました」
「アラン、私も一緒です」
そう声をかけると、中から「どうぞ」と聞こえてくる。
レベッカ嬢が開けてくれて、執務室の中に入る。
中は結構広く、両壁に本棚があって、扉の正面に大きな机と椅子があり、そこでアランが仕事をしていた。
「意外と早かったな」
「生地はあって、焼くだけでしたので。バターと蜂蜜もかけていますが、大丈夫ですか?」
「問題ない」
アランは書類か何かを書いていたようだが、私がお皿を置きやすいように退かしてくれた。
私は座っているアランの目の前にお皿を置いた。
「どうぞ、ホットケーキです。レベッカ嬢が生地を混ぜてくれて、さらには生地を焼いている時に綺麗にひっくり返してくれたのです」
「い、いえ! その、ソフィーア様の指示で混ぜていただけで、ひっくり返すのもソフィーア様がやった方が綺麗でした。私は手伝っただけです」
レベッカ嬢は否定したが、私は本当に指示をしただけで、ほとんどは彼女が作ったと言っても過言ではない。
「そうか、だが確かに形が崩れているな。これはレベッカがやったからか?」
「は、はい、ソフィーア様がやった時は綺麗でした」
「なるほど、レベッカも精進するんだぞ」
むっ、アランからも少しは褒めてもいいと思ったんだけど……まあ、彼はそういう人よね。
「はい、頑張ります!」
レベッカ嬢もわかっているからか、落ち込むことはなかった。
アランはフォークとナイフを取り、綺麗に切り分けて一口食べる。
私とレベッカ嬢は机の前に立って、少しドキドキしていた。
甘いものは苦手そうだけど……さすがに「不味い」とかは言わないわよね?
少しありえる……と思っていたけど。
「っ……美味しい、な」
「えっ?」
アランの言葉に、私は驚いて思わず声を上げてしまった。
まさか彼の口から「美味しい」なんて言葉が出るなんて。
今まで何回か彼と一緒に食事をしてきたけど、どんなに美味しい料理を食べても眉一つ動かさなかったのに。
そんな彼が、自分でも驚いたように眉を上げて「美味しい」と呟いた。
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