第8話 勉強とご褒美


 アラン様が出かけた後、私とレベッカ嬢は別邸の書庫で勉強をしていた。


 書庫はとても広くて座って勉強できる机が並んでいて、私はレベッカ嬢の隣に座って彼女の勉強を見ている。

 今は私が作った問題を解いてもらって、その採点をしている。


 結果は……。


「満点ね、素晴らしいわ、レベッカ嬢」

「あ、ありがとうございます」


 この国の歴史、政治、事業のことなど、いろんな種類の問題を出したのに全問正解なんて、本当にすごいわ。


 公爵家に来てから一年しか経ってないのに、レベッカ嬢は本当に優秀ね。

 少し認めるのが悔しいけど、ナーブル夫人の教育もよかったのかしら?


「ナーブル夫人との勉強はどうだったの?」

「えっと……ナーブル夫人が試験の範囲を決めてくださるので、予習しておいて試験を受けて、間違えたところを復習するという形でした」

「……えっ? 待って、それだけ?」

「は、はい、だいたいは……」

「試験範囲を決めるだけ? ナーブル夫人からその範囲内を教えてもらったことは?」

「自分で学ぶからこそ知識となると言われて、全部自分で本を読みこんで学びました」


 え、本当に……?


 あの人はただ試験範囲を言って、試験を作ってきて受けさせていただけ?

 レベッカ嬢は全部、一人で本を読んで勉強したの?


 確かに試験範囲を教えてもらっていれば勉強はできるかもしれないけど、誰にも質問もできずに聞くこともできずにただ一人で学び続けるのは難しい。


 それを一年間も続けてきたの?

 勉強の時間だと思っていたのは試験の時間だっただけで、試験のための勉強は?


 もしかして……。


「寝る間を惜しんで勉強をしていたのって、試験の予習だったの?」

「は、はい、私は頭が悪いので、長く勉強しないといけなくて……」


 レベッカ嬢は申し訳なさそうにしているけど、私はナーブル夫人への怒りがまた湧き上がってくる。


 本当にあの人は……! 少しでも認めようとしたのが馬鹿だったわ!

 試験の範囲を言って問題を作って、解かせるだけって、教えてないじゃない!


 ここまでレベッカ嬢が成長できたのはすごいけど、それはレベッカ嬢がすごいだけであの人の教育が優れているわけじゃない。


「長く勉強しても満点を取れず、ナーブル夫人には怒られて……あっ、いえ、私が間違えたのが悪いので、決してナーブル夫人が悪くは……!」

「っ……いいのよ」


 私は我慢できず、座っているレベッカ嬢を抱きしめた。


 本当にあのナーブル夫人は最悪ね……教えないだけじゃなくて、頑張って一人で学んできたレベッカ嬢を怒るなんて。


 いつかもっとしっかり仕返しをしないと気が済まないわ。


「あの……?」


 いきなり私が抱きついたので、レベッカ嬢が困惑したような声を出した。


「レベッカ嬢は本当に、とても優秀ね。それに優しくて、素晴らしい子よ」

「そ、そうでしょうか……」

「そうよ、本当に。私はあなたみたいな良い子と家族になれて、本当に誇らしいわ」

「……ありがとう、ございます」


 レベッカ嬢の頭を撫でると、彼女も私の背に恐る恐る腕を回してくれた。


「私も……ソフィーア様と家族になれて、嬉しいです」

「っ、ありがとう、レベッカ嬢」


 はぁ、本当に可愛いわ……!


 耳元で囁かれるように言われたから、キュンとしすぎて心臓が止まるかと思った。


 私はレベッカ嬢から離れて、頭を撫でながら考える。

 まさか彼女がここまで勉強ができるとは思っていなかった。


 私が彼女に教えられることなんて勉強くらいだと思っていたけど……もしかしたらすでに、レベッカ嬢は私よりも勉強ができるかもしれない。


 今日の午後の予定は彼女に勉強を教えるはずだったけど、ここまでだったら考え直さないと。

 これ以上教えるとしたら、もう魔法学とか戦術とかになってくると思う。


 さすがにそこまでは私も詳しくないし、別の先生を雇わないといけない。


 だから今日はそれができないから……そうだ。


「レベッカ嬢、今日の勉強はこれで終わりよ」

「えっ、もうですか? ですがまだ問題を解いただけでは?」

「レベッカ嬢が満点を取ったし、もう教えることはないと思ってね。だから今日は、ご褒美を作りましょう」

「ご褒美を……作る?」


 可愛らしく頭を傾げたレベッカ嬢に、私は笑みを浮かべながら頷く。


「ええ、お菓子です」


 私はお菓子作りが趣味で、嫁ぐ前は時々作っていた。

 本職の人にはさすがに負けると思うけど、簡単なものだったらレベッカ嬢と一緒に作れるだろう。


「お菓子ですか?」

「ええ、甘いものは好きかしら?」

「あ、あまり食べたことありませんが、好きです!」


 とても可愛らしい笑顔、やっぱり女の子は甘いものは好きよね。


 ベルンハルド公爵家の食事は朝昼晩、全部美味しいけど、デザートなどはほとんど出ない。

 出ても果物を少しだけ、という程度だ。


 確認していないけど、アラン様が甘いものがあまり好きではないのかもしれない。

 というかあの人は、食事なんて栄養を取る行為で、全部同じだと思っていそうだけど。


 甘いものが全然出ないので、自分でそろそろ作って食べたいと思っていたところだ。


「じゃあ一緒に作りましょうか、レベッカ嬢」

「料理はしたことないですが、大丈夫でしょうか……?」

「大丈夫よ、簡単なものを作るから」


 そして私達は本邸の調理場へと向かう。

 向かう時はレベッカ嬢と手を繋いで……小さい手が可愛らしいわ。


 別邸から移動して本邸の調理場へ着くとさすがに料理人の方々に驚かれたけど、事情を説明して調理場の一画を貸してもらう。


 すぐに作れるもので、甘くて美味しいもの……ホットケーキでいいかしら。


「じゃあ一緒に作っていきましょうか」

「は、はい!」


 調理場がレベッカ嬢には少し高いから、彼女用に小さな台を用意してもらって、その上にエプロンを着けて立っている。


 くっ、なんて可愛いの……調理場に天使が舞い降りたわ。


「今日はホットケーキを作りましょうか。混ぜる作業が多いから、レベッカ嬢でも作れると思うわ」

「わ、わかりました、頑張ります!」


 そして私達は一緒に料理をしていく。

 後ろで料理人の方々がこちらをチラチラと見ているが、私達が怪我をしないように見守っているのかしら?


 それとも……。


「よいしょ……で、できました、これくらいで大丈夫ですか?」


 一生懸命に料理をする可愛い天使を見て、微笑ましく思っているのかしら。

 調理場の雰囲気的に、おそらく後者ね。


 私も一緒に見守っているけど、しっかり一緒に作らないと。


「ええ、そのくらいで大丈夫よ。上手くできているわ」

「はい! えへへ……!」


 褒められて嬉しいのか、愛らしい笑みを浮かべてくれた。

 もう本当に可愛くて、私だけじゃなくて調理場にいる料理人全員が笑顔になった。


 その後もレベッカ嬢は元気に材料を混ぜていって、私が焼いて完成した。


「これがホットケーキよ」

「ふ、ふわふわです!」

「ふふっ、そうね。あとはこれにバターと蜂蜜をかけて……」

「わぁ……!」


 蜂蜜がホットケーキにかかるところを、目を輝かせて見ている。


 反応も可愛らしいわね、好き。


 ここで食べるのは行儀が悪いから、どこかの部屋で……そうだ、レベッカ嬢の新しい部屋で食べよう。


「レベッカ嬢、あなたの部屋で食べるのはどうかしら? 紅茶も用意しましょうか」

「は、はい! とてもいいと思います!」


 本邸の調理場に来てよかったわ、レベッカ嬢の新しい部屋に持っていきやすい。


 メイドにお願いをして、紅茶なども用意してもらう。


 レベッカ嬢の部屋に移動して、対面に座って紅茶の準備ができるまで待つ。

 待っている間、レベッカ嬢はそわそわしながらホットケーキをチラチラと見ていた。


 ふふっ、早く食べたいのね。

 紅茶を淹れてもらい、レベッカ嬢は「いただきます!」と言って一口食べた。


「んんー! 美味しいです!」


 顔を輝かせて、満面の笑みでそう言った。


「よかったわ、だけどゆっくり食べてね。喉に詰まらせちゃうから」

「あ……は、はい、すみません」


 はしゃいでいたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くするレベッカ嬢。

 だけどホットケーキが美味しいようで、もぐもぐと食べ進めていく。


 はぁ、可愛い。

 私も食べて美味しいことは確認したけど、レベッカ嬢が可愛く食べているのを見る方がお腹いっぱいになるわ。


 レベッカ嬢は満面の笑みで食べ進めていき、すぐにお皿の上からホットケーキがなくなってしまった。


「あっ……」


 一瞬だけ悲しそうにするレベッカ嬢、しかしすぐに笑顔を浮かべて「ご馳走様でした」と礼儀正しく言った。


 くっ、もう私はお腹いっぱいよ……!


「レベッカ嬢、私の分も食べられる?」

「えっ? あ、いや、大丈夫です! 私の分は食べ終わったので……!」

「私がお腹いっぱいになっちゃったの。だからレベッカ嬢、食べてくれないかしら?」

「っ、あ、あの、いいんですか?」

「もちろん、レベッカ嬢が食べてくれないと、せっかく一緒に作ったホットケーキが残ってしまうわ」

「じゃ、じゃあ、いただきます……!」


 レベッカ嬢は少し申し訳なさそうにしていたけど、またホットケーキを食べ始めて顔を輝かせた。


 はぁ、本当に可愛い……頬いっぱいに食べていて、リスみたい。

 この光景を見ながら私はずっと紅茶を飲んでいられるわね。


 その後、ホットケーキを食べ終わっても、私とレベッカ嬢はお茶をしながら話し続けた。

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