第5話 アラン様とも仲良く?



 夕食後、レベッカ嬢は別邸へと向かった。

 昼間にかなり寝ていたので、少しだけ勉強がしたいとのことだ。


 私は「無理をしなくていいのよ?」と言ったけど……。


「いえ、私がやりたいのです。公爵様やソフィーア様に認められるような、公爵令嬢になりたいので」


 レベッカ嬢は笑みを浮かべてそう言った。


 とても素晴らしくて抱きしめてしまいたいくらいだったが、グッと我慢した。


 だからこれから勉強をするようだが、私も後で別邸に向かってレベッカ嬢の勉強を見てあげるつもりだ。


 今は私が教育係を解雇させてしまったから、勉強を教える人がいない。

 だから私が少しでも勉強を教えられたらいいけど。


 レベッカ嬢に勉強を教える前に、私はアラン様に用があった。


 アラン様がどこにいるのかはわからないけど、とりあえず彼の執務室へと向かった。


 着くと同時にアラン様が執務室から出て、どこかへ向かうところだった。


「アラン様」

「ん、ソフィーア嬢。何か用か?」


 歩みを止めて私の方を振り返るアラン様。


「はい、本日は勝手なことをしてしまい、すみませんでした」

「勝手なこととは?」

「教育係を解雇したことです。契約に反する行為でした」


 私とアラン様の契約で、彼の仕事を邪魔せず干渉しない、というものがある。

 彼が選んだレベッカ嬢のための教育係を勝手に辞めさせる、これは立派な契約違反だろう。


 契約違反で一発で離婚……にならないと信じたいけど。


「別にあれくらいは契約違反ではないだろう」

「えっ、そうなのですか?」

「ああ、あの教育係はもともと俺が決めてはいないし、あの程度の人間を解雇したところで契約違反だと言うほどのことではない」

「そうですか……ですが、また教育係を探して雇わないといけないのですよね」

「確かにそうだな」


 アラン様はそう言って顎に手を当てて何か考え始めた。

 すぐに結論が出たのか、すぐに私と視線を合わせる。


「ではレベッカの教育係は、ソフィーア嬢が決めてくれ」

「えっ、私がですか?」

「ああ、あとで教育係の候補の書類を侍女に渡しておく、確認してくれ」

「わ、わかりました」


 まさかレベッカ嬢の教育係を選ぶという仕事を任されるとは思わなかった。


「ソフィーア嬢も公爵夫人としての教育も受けていると思うが、問題ないか?」

「はい、このくらいなら大丈夫です」

「そうか……ふむ、ソフィーア嬢が公爵夫人として学ぶものを学び終わったら、あなたがレベッカ嬢の教育係を務めるのも悪くないだろう」

「えっ、いいのですか!?」


 それは願ってもないことだ。

 レベッカ嬢と一緒にいる時間が増えるから、彼女ともっと仲良くなれるだろう。


 私がとても食いついたからか、アラン様が少し目を見開いていた。


「ああ、問題ない。だがあなたの仕事は増えるが、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「そうか、ではそのように頼む」

「かしこまりました、ありがとうございます」


 私は頭を下げてお礼を言った。


 これで話は終わったから、アラン様はそのまま私から離れていく……ことはなく、なぜかじっと私を見つめていた。


「あ、あの……なんでしょう?」

「あなたは、なぜいきなりレベッカと仲良くし始めたのだ?」

「っ……」


 そうだ、私は一週間前にベルンハルド公爵家に嫁いできてから、レベッカ嬢と全く関わっていなかった。


 予知夢を見て、このまま私が積極的に行動しなかったら、レベッカ嬢が未来で破滅するから……と言っても、信じてくれるだろうか。


 いや、まだ予知夢のことを話すのはやめといたほういいかもしれない。


 アラン様に「妄言を言っているのか?」と疑われる可能性が高いし、変な女と思われて離婚になるかも。


 そうなったらまたレベッカ嬢が一人になってしまって、破滅する未来が変わらないかもしれない。

 それは絶対に避けないといけない。


「レベッカ嬢が可哀そうだと思ったからです。両親が亡くなってすぐに公爵家に引き取られたのは幸運ですが、九歳の女の子が誰も知らない場所で一人で頑張っているのは、あまりにも寂しくて辛いと思います。だから少しでも彼女の寂しさを和らげようと思い、家族として仲良くしたいと思ったのです」

「……そうか」


 こ、これで納得してくれたかしら?


「確かにそうかもしれないな。私はそこまで考えが回っていなかった」


 なんとかアラン様は納得してくれたようだ。


「私もレベッカ嬢と同じような立場ですから、その考えができたのかもしれません。私は二十歳で嫁いだ身なので、レベッカ嬢とは全く別ですが」


 私もいきなり公爵家に来たから、レベッカ嬢と少しだけ境遇が似ている。

 だけど私とレベッカ嬢の立場は違うし、辛さも全く別物で、レベッカ嬢の方が辛いに決まっている。


「……なるほど。ではソフィーア嬢も、公爵家に来て辛いのか?」

「はい? いえ、私はそこまでは……」

「そうか、何か辛いことがあるなら言ってくれ。出来うる限りは改善しよう」

「あ、ありがとうございます」


 まさかそんな気遣ったことを言われるとは思わず、少しビックリした。

 アラン様は冷徹な方と聞いていたけど、少し違うようね。


「あなたがレベッカと家族のような関係になると言って別邸に行った時は驚いたが、これなら問題はない……いや、むしろソフィーア嬢のお陰で、レベッカが成長したと思っている」

「そうですか?」

「ああ、今までは私に自身の気持ちを伝えることはなかったが、今日初めてそれが出来た。本当は一人で成長してほしかったが、私が厳しすぎたようだ」

「公爵家の当主としては素晴らしい考えだと思います。レベッカ嬢の今後のことを考えての教育だったのは事実でした」


 まあ厳しすぎると言うのは否定できないかもしれないけど……。


「――私は、違うと思っていたのだがな」


 アラン様は視線を下げて小さく呟いた、かすかに聞き取れるくらいの言葉だ。

 その言葉を放った時の彼の表情は寂しそうで、諦めが入り混じったような複雑なものだった。


 私が見てきた中で一番、アラン様の感情が出ているように感じた。


「アラン様……?」

「っ、いや、なんでもない」


 アラン様はすぐにいつもの無表情になり、私と視線を合わせる。


「これからもレベッカと仲良くしてやってくれ。レベッカに悪影響が出ないのならば、私は何も言わない。むしろ良い影響が出ているようだからな」

「はい……」

「レベッカとソフィーア嬢なら、家族になれるかもしれない」


 さっきのつぶやきを聞いたからだろうか。少し違和感を覚えた。

 今の言葉もまるで自分は……アラン様は家族にはなれない、と言っているように聞こえた。


「アラン様も、レベッカ嬢と仲良くしてください」


 だから思わず、考える前に口から言葉が出た。


「レベッカ嬢もアラン様と仲良くしたいと言っておりました。私とだけじゃなくて、アラン様とも」

「……そうなのか」

「はい、アラン様とレベッカ嬢はすでに家族ですから」

「だがそれは書類上の話だ」

「今はそうですが、これから本当の家族になればいいのです」

「これから、か……」

「はい、必ずなれますよ。レベッカ嬢も、私も、アラン様と家族になりたいですから」

「っ……」


 私の言葉に目を見開いて驚いたアラン様。


 えっ、そんなに驚くようなことかしら?


 ……あっ、待って、私がアラン様と家族になりたいって言ったら、「妻として愛してほしい」みたいにならないかしら?


 そ、それはマズいわ! これは完全な契約違反……!


「す、すみません! 今のは言葉の綾で、私は妻として愛してもらいたいとかではないので、本当に……!」


 私が慌てて弁解をしようとすると、アラン様は口角を上げてクスッと笑った。


「ふっ、わかっている。ソフィーア嬢がそんな考えで言ったとは思ってない」

「そ、そうですか……それならよかったです」


 だけどまさか笑われるとは思わなかった。

 アラン様の笑みを初めて見たけど、顔立ちが整っていて綺麗だから、やはり少しドキッとしてしまった。


 いけない、私は彼を好きになってはダメなのだ。


 それこそ契約違反になってしまうから、気を付けないと。


「では、私は仕事に戻るとする」

「あ、はい。長く引き留めてしまいすみません」

「いや、とても有意義な時間だった。礼を言う」


 有意義? そこまでのことを話したかしら?

 ただ教育係を勝手に解雇したことを謝っただけだけど。


「お仕事、頑張ってください」

「ああ、おやすみ、ソフィーア嬢」

「おやすみなさい、アラン様」


 私達はそう言って別れた。


 とりあえず契約違反ですぐに離婚、ということはなさそうだ。

 本当にそれはよかったわ。


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