第6話 明晰夢?予知夢?
――これは……また夢かしら?
感覚的に夢だとわかった、だけどこれは予知夢かしら?
明晰夢、夢の中と理解しただけってこともありえるわね。
予知夢の中でも、「これは絶対に予知夢だ」とわかるものと、「明晰夢と予知夢、どっちだろう?」とわからないものがある。
今見ている夢は後者の感じだ。
そして夢の中なのに、普通にベッドに寝転がっているわね。
なんだか変な夢……。
「ソフィ」
えっ……?
私の愛称を呼ぶ声がベッドの隣から聞こえて、そちらを振り向くと……同じベッドにアラン様が寝転がっていた。
「目が覚めたか?」
とても柔らかくて優しい笑みを浮かべて、私を見ている。
現実のアラン様がこんな笑みをするとは思えないけど……いやまず、なんで私とアラン様は一緒のベッドに寝ているの?
「ア、アラン様?」
あっ、今気づいたけど、この夢は私が現実のように普通に動けるやつだ。
「おはよう、ソフィ」
「お、おはようございます……?」
「ソフィ、さっきからなぜ敬語なんだ? それに呼び方も、アランでいいと言っただろう?」
「え、えっ?」
待って、いろいろと待って。
私がアラン様を敬称なしで呼んでいて、しかも敬語もなし?
この夢の私ってそんなにアラン様と仲が良いの?
いや、仲良いというか……普通に夫婦みたいになってない?
「すみま……ご、ごめんなさい、アラン。忘れていたわ」
「ああ、それでいい」
私に名前を呼ばれて嬉しそうに口角を上げるアラン様。
うん、やっぱりこれは予知夢じゃないわね。
現実のアラン様がこんな甘々な笑みを浮かべるとは思えない。
ん? それならこの夢は、私の深層心理が見たいと思っている夢ってこと?
そ、それはそれでダメじゃない?
私はアラン様を愛しちゃいけないのに、こんな夢を見るってことは……。
バッと布団を捲ると同時に上体を起こした。
「は、早く夢から目を覚まさないといけないわ……!」
二つの意味で、本当に。
「ソフィ、どうした? 夢から覚めないといけないって」
一緒に上体を起こしたアラン様。
私の言葉に首を傾げている。
「あ、その……これは夢で早く目を覚まさないとって思って」
私はアラン様にそんな変なことを話す。
夢の中でこういう「ここは夢だ」と口にすることで、早くに目が覚めやすい。
これは予知夢を持っている私ならではの経験則だ。
「夢……確かにこれは夢のようだ」
「えっ、アラン様もそう思っているのですか?」
「敬語、呼び方」
「……ア、アランもそう思っているの?」
「ああ、そうだ。数カ月前まで、俺が誰かを愛して、誰かと家族になるなんて、夢でもなければ信じられなかった」
「ああ、そういう意味ね」
まあこれは夢なんだけど。
「だがこうして俺は、ソフィを心の底から愛せて、レベッカとも家族になれた。本当に嬉しく思う」
アラン様は優しく微笑んでから、私の頬に手を添えて……えっ?
「だからソフィ、俺は悲しいぞ。夢なんかと言われて」
「いや、その……」
「だから夢じゃないと、君の身体に教え込まないとな」
アラン様が私に身体を寄せて、端整な顔立ちが目の前まで近づいてくる。
「いや、ア、アラン様……!?」
「目を瞑れ、ソフィ。これは君への罰だ」
ニヤッと笑って、さらに顔が近づいて……。
いやいやこれはちょっとやりすぎじゃ……!?
とても恥ずかしいが、思わず私はぎゅっと目を瞑ってしまい――。
「――はっ!?」
私は、目が覚めた。
やっぱり夢だった、いや、絶対に夢とわかっていたけど。
ギリギリ、しなかった……と思う。
ああいう夢は目が覚めても感触とかは覚えていることが多いから、うん……つまり覚えてないってことは、してないってことね。
私はベッドから起き上がる……その時にチラッと隣を見てしまったのは仕方ない。
今の夢は……予知夢だったのか、明晰夢だったのか。
いや、まあ、絶対に明晰夢でしょう。
あんなのが予知夢なわけがないわ、アラン様が別人になったみたいだったし。
だけど明晰夢だとしても、私が深層心理でああなりたいって思っているってことで……。
あ、あまり深く考えないようにしよう。
そして私は侍女を呼んで着替えをして、朝食へと向かった。
本邸の食堂へ向かうと、またアラン様が先に食べていた。
「ん、おはよう、ソフィーア嬢」
「おはようございます、アラン」
「……ん?」
「あっ……」
言った後に気づいた、夢の名残で敬称なしで呼んでしまっていた。
「も、申し訳ありません、アラン様」
「やはり聞き間違いではなかったか。いや、謝る必要はない」
アラン様は少し目を見開いていたが、全く怒る様子はない。
そんなに懐が狭い方ではないと思っていたけど、よかったわ。
私がアラン様の正面に座って食事を待っていると、彼が話しかけてくる。
「しかしこれを機に、敬称なしで呼び合ってもいいかもしれないな」
「えっ?」
「家族……に対して、いつまでも他人行儀に呼びたくはない」
アラン様は私と視線を合わせて、口角を少し上げて言う。
「ソフィーア」
「っ……」
「そう呼んでもいいだろうか?」
「は、はい、もちろんです」
「ありがとう」
一瞬だけ、夢の中で見たアラン様と、笑みを浮かべて私の名前を呼んだアラン様が、重なってしまった。
「ソフィーアも、私のことをアランと呼んでも構わない」
「わ、わかりました、アラン」
「それでいい。だが公の場では敬称を付けてくれ、敬称なしで呼ぶのは二人きりの時だけだ」
「はい、わかっています」
アラン様は頷いてまた無表情で食事をし始めたが、いつもよりも機嫌がよさそうだ。
私と敬称なしで呼び合ったから、かしら。
なんだかあの夢が本当に予知夢なのか明晰夢なのか、わからなくなってきたわ。
だけどまだ敬称なしで呼び始めただけ、おそらく明晰夢よ、うん。
そう思いながら私も食事を始めたのだが……少しの間、胸の高鳴りが収まらなかった。
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