第3話 レベッカ嬢と仲良く?


「あ、あの……」


 レベッカ嬢が不安そうに私を見上げながら声をかけてきた。


「ごめんなさい、みっともない姿を見せたわ」

「い、いえ、そんなことは……」

「じゃあ一緒に昼食を食べましょ?」

「その、いいのでしょうか? 私が昼食を食べても……それにまだダンスの稽古も終わってないです……」


 レベッカ嬢はとても不安そうにしながらも、その瞳には少しの期待が込められている気がした。

 私は優しい笑みを意識して作りながら話す。


「いいのよ、しっかり食べて健康的に過ごすのも大事だわ。それに昼食をいつも抜いているんだったら、お腹が空いているでしょ?」

「い、いえ、特に空いては……」


 レベッカ嬢が言葉を発する前に、彼女のお腹から「ぐぅ」という可愛らしい音が鳴った。


 瞬間、レベッカ嬢は顔を青くしてお腹を押さえた。


「す、すみません! お腹を鳴らしてしまって、はしたないことをしてしまって……!」


 慌てて青い顔で謝るレベッカ嬢を見て、私は教育係のナーブル伯爵夫人への怒りがまた膨れ上がってきた。


 十歳の女の子がお腹が鳴って恥ずかしがるんじゃなくて、青い顔になって謝る?


 どんな教育をすれば、こんな反応をするようになるの?


 勢いで解雇してしまったけど、本当に解雇してよかったわ。


 私は膝をついて視線を合わせ、彼女の頭を撫でる。

 頭に手を伸ばした時にビクッとしていたけど、頭を撫で始めると不思議そうに私を見てきた。


「大丈夫よ、全く怒ってないわ」

「お、怒ってない、ですか?」

「ええ、むしろ愛らしくて口角が上がってしまうわ」


 私は両手の人差し指で口角をわざと持ち上げて、「ほら」と言った。


「レベッカ嬢のお腹の虫のせいで、こんなに上がってしまったわ」

「……ふ、ふふ」


 私の無理やり口角を上げた変な顔を見て、レベッカ嬢は思わず笑ってしまったようだ。


 なんて愛らしい笑みなの……!

 こんな可愛い子が将来、破滅する運命なんて絶対に変えてみせるわ。


「一緒に食べましょ? ねっ?」


 レベッカ嬢の手を優しく握ってそう言うと、彼女は困惑しながらも「は、はい」と返事をしてくれた。


「じゃあ行きましょ。メイドさん、私とレベッカ嬢の昼食を準備して。私もこの別邸の食堂で食べるから」

「かしこまりました」


 後ろで見ていたメイドの方にそう声をかけてから、レベッカ嬢の手を引いて食堂へと向かう。

 最初は繋いでいた手に全く力が入っていなかったが、少しだけきゅっと力が入った。


 レベッカ嬢を見ると私のことを不安げに見上げていて……不謹慎にも上目遣いの表情がとんでもなく可愛くて、私の胸がきゅっとなった。


「レベッカ嬢、好きな料理はあるかしら? 何か食べたいものは?」

「え、えっと、わからないです……すみません」

「謝る必要はないわ、レベッカ嬢。まだ自分の好きな物がわからないなら、これから見つけていけばいいのよ」

「は、はい」


 私とレベッカ嬢は手を繋いだまま歩いていき、食堂の席に座る。


 普通なら対面に座るのだろうが、公爵家だからテーブルがとても大きい。


 対面に座ったら遠くなってしまうので、私はレベッカ嬢の横に並んで座った。


「あ、あの、こういう場合、対面に座るのではないのでしょうか?」


 レベッカ嬢はすでにテーブルマナーなどを学んでいるのか、不思議そうにそう問いかけてきた。


「確かにそうだけど、私達は家族だから大丈夫よ」

「っ、家族……ですか?」

「ええ、家族よ」


 驚いたように私の顔を見つめるレベッカ嬢。


 彼女は今まで家族の愛を受けたことがない。

 だけどこれからは私が彼女をしっかり愛していくつもりだ。


 その後、すぐに昼食が次々と運ばれてくる。


 いきなり別邸で私が食べると言ったので料理人の方には迷惑をかけたと思ったが、とても綺麗で美味しい料理が運ばれてきた。


 さすが公爵家ね、雇っている人も一流だわ……教育係以外は。


 なんであんな教育係にしたか、アラン様に聞かないといけないわね。

 そんなことを考えながら食事をしていると、隣にいるレベッカ嬢が食事の手が止まりかけていた。


 まだ結構余っているようだけど……。


「どうしたの?」

「あ、その、すみません、いつもより少し量が多くて……」

「もう食べられない?」

「い、いえ、食べられますが……こんなに食べていいのですか?」


 そうか、レベッカ嬢はずっと食事管理をされていたから、食べることに罪悪感を覚えているのね。


「大丈夫よ、いっぱい食べて。どれが好きとかあるかしら?」

「え、えっと、どれもすごく美味しくて、全部好きです!」


 はぁ、レベッカ嬢の無垢な笑顔が可愛いわ……!


 周りにいるメイドや執事の方も微笑ましそうにしているわね。

 さっきの稽古の時に使用人の方々は顔をしかめているか、顔を逸らしていた。


 本当なら止めたいけど、立場上それは出来なかったってことね。


 使用人の方々は良い人が多そうでよかったわ。


 昼食の量は結構多かったけど、レベッカ嬢はしっかり全部食べられた。


 十歳の食べ盛りだから、いっぱい食べられてよかったわ。


「美味しかった?」

「はい、とても美味しかったです!」


 とても可愛らしい笑みを浮かべているレベッカ嬢。

 今日一番の笑顔ね、やっぱり食事は人を幸せにするわね。


「今日この後はどういう予定だったの?」

「えっと、この後は座学で……ふぁ」


 あら、可愛いあくびね。いっぱい食べて眠くなっちゃったのかしら。

 そんなことを思っていたら、またレベッカ嬢が慌てたように顔を青くする。


「す、すみません! はしたない真似を……!」


 申し訳なさそうな顔、さっきまで愛らしい笑みを浮かべていたのが嘘みたいだ。


 私はもうその表情が見ていられず、横に座っていた彼女を抱きしめた。


「っ、えっと、ソフィーア様……?」

「ここにはあなたを怒る人なんていない。だからそんなに謝らないで」


 私は抱きしめたまま彼女を持ち上げて抱っこをする。

 そこまで力持ちではない私ですら、簡単に持ち上がるほど軽い体重。


 これからはしっかり食べさせないといけないわね。


「今日はお昼寝しましょうか。教育係もいないことだしね」

「えっ、お昼寝、ですか?」

「ええ、眠いんでしょう?」

「いや、あの……」

「正直に答えてくれると嬉しいわ」

「……はい、その、昨日も遅くまで勉強をしていたので」

「昨日も、遅くまで?」


 私は思わず復唱してしまった。


「あっ、私がいけないのです。試験でいつも満点を取れないので……」

「もういいわ、大丈夫よ」


 話を聞いていると怒りが湧いてきてしまう。

 レベッカ嬢には怒ってないのに、彼女にそれが伝わってしまうといけない。


「彼女の部屋はどこかしら? 案内をお願い」

「こちらでございます」


 メイドの方がすぐに食堂の扉を開けて、案内をしてくれる。


 私はレベッカ嬢を抱き上げたまま移動する。


「ソ、ソフィーア様、自分で歩けますよ……!」

「大丈夫よ、レベッカ嬢は軽いから。大人しく抱えられていてね」

「ですが……」

「レベッカ嬢は甘えていいのよ」

「っ、甘える、ですか?」


 その言葉に少し驚いたのか、近くで私を見つめてくる。

 睫毛が長くて綺麗ね、本当に可愛らしい。


「そうよ、レベッカ嬢はまだ幼いから、甘えていいのよ」

「……そう、なのですか?」

「ええ、もちろん」


 レベッカ嬢は今まで両親から愛してもらえず、公爵家に来ても厳しい教育をされ続けてきた。


 甘えたことなど人生で一回もないのかもしれない。


 だから私が甘えさせてあげて、処刑されるような未来を変えないといけないわ。


「レベッカ嬢、私の首に手を回さないと危ないわ」

「は、はい」

「ふふっ、いい子ね」


 レベッカ嬢がぎゅっと抱きしめてきて、彼女の温もりが伝わってきた。

 それはレベッカ嬢も同じだったようで。


「温かい、です」

「ええ、そうね。安心する温もりだわ」

「安心……はい、とても安心します」


 さっきまで緊張していた声が、今は少し油断したような声色になってきた。


 はぁ、声まで可愛いわね……!


 そんなことを思いながら、レベッカ嬢の部屋に向かう。


 寝室をメイドの方に開けてもらうと、そこはとても豪華な部屋だった。

 だけど机の上に多くの本や紙が置いてあるから、そこでずっと勉強をしていたようね。


 あとで寝室と勉強部屋は分けさせよう、これじゃ気持ちを切り替えて眠れないでしょう。


 私はレベッカ嬢をベッドの上に優しく下ろす。


「あっ……」


 私から離れる時に、レベッカ嬢の寂しげな小さな声が漏れたのが聞こえた。

 くっ、本当に可愛すぎるわね。


「運んでいただきありがとうございます、ソフィーア様」

「ええ、それじゃあ一緒に寝ましょうか」

「ほ、本当に寝るのですか? まだお昼ですが……」

「昨日も夜遅くまでレベッカ嬢は頑張ったんだからいいのよ。それに休まないと身体を壊してしまうわ」


 一緒に布団の中に入って、顔が向き合うように横向きに寝転がった。

 部屋を暗くして、ベッドの側にある灯りだけが薄っすらと光っている。


 少しだけレベッカ嬢の表情が見えるくらいの明るさだ。


「寝づらくない?」

「はい、大丈夫ですが……」


 普段着のまま寝転がっているので、少し寝づらいはずだ。

 それにお昼に寝るのはいけないことだと思っているようなので、眠気がこないのかもしれない。


 私はもう少しだけレベッカ嬢の方に身体を寄せて、彼女の頭を撫でる。


「あっ……」

「頭撫でられるのは嫌い? 寝づらいならやめるけど」

「い、いえ……その、撫でられると安心して、気持ちいいです」


 レベッカ嬢は恥ずかしそうに小さな声でそう言った。

 うん、可愛いわね。


「じゃあ撫でてもいい? レベッカ嬢の髪はとても綺麗で、触り心地がいいから」

「はい……」

「他に何かしてもらいたいことはある? 甘えてもいいのよ」

「……あの、一つだけ、いいですか?」


 不安そうにレベッカ嬢が聞いてきた。

 今までずっと私の態度や行いに戸惑っていたレベッカ嬢の、初めてお願い事。


 とても嬉しいわね。


「ええ、何かしら?」

「……その、また、抱きしめてもらっても、いいですか?」

「っ……!」


 か、可愛すぎる……!


 よく声を出さなかったわ、私。

 不意打ちでレベッカ嬢の可愛さがきたから、声を上げそうだった。


「もちろん」

「あっ……」


 レベッカ嬢を抱きしめると、彼女もさっきと同じように抱きしめ返してきた。

 私の胸元にレベッカ嬢の顔があるような体勢だ。


「息苦しくない?」

「はい、大丈夫です……」

「寝られそう?」

「はい……安心、します……」


 少し眠くなってきたようで、レベッカ嬢の声が小さくなってきた。

 彼女の頭に手を回して、頭を撫でる。


「おやすみなさい、レベッカ嬢」

「はい……おやすみなさい、ソフィーア様……」


 レベッカ嬢は安心しきったような声でそう言った。

 そしてしばらく経つと眠ったようで、可愛らしい寝息が胸元から聞こえてくる。


 ふふっ、本当に可愛いわね。


 こんな可愛い子が将来、愛情を求めて令嬢に嫌がらせをして、王子を毒殺しようと考えるなんて。

 今からレベッカ嬢を愛していけば、おそらくその未来は変えられると思うけど。


 レベッカ嬢も眠ったし、私も眠ろうかと思ったけど……。

 全然眠気がない、そういえば私は昼頃まで寝ていたわね。


 さすがにベッドの中から抜けようとしたら、せっかく眠ったレベッカ嬢も起きてしまうだろうし。


 仕方ないけど、このままの体勢で寝転がっているしかないわね。


 その後、レベッカ嬢が起きるまでベッドの中で過ごした。

 レベッカ嬢は疲れと寝不足もあったのだろう、夕食前まで穏やかに眠っていた。


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