15話

 いつの間にか俺たちの背後に立っていた満緒は、無表情で消えたパソコン画面を見ていた。

 住職が再び尋ねる。


「満緒? あの粉はいったい……」


 その声にようやく我に返った満緒は、満面の笑みで答える。


「隠し味だよ、うま味調味料をちょっと足してるだけだよ」

「……そうか」


 住職はそう呟いて俺を見る。

 その背後から、嫌悪感たっぷりの表情をした満緒が口を開く。


「っていうか、なんなんですか椿さん、人の家に勝手に入ってきて。依頼は3週間前に終わりましたよね」

「ああ、だけど新しい依頼が入ったんだ」

「新しい依頼?」


 満緒は鬱陶しそうに眉根を寄せた。

 俺の言葉に応じるように、女が一歩前に進み出た。


「……私が……今度は私が依頼しました」

「京香……」


 住職は訳が分からないといった表情で、俺と京香、そして京香を睨みつけている満緒を見た。


「京香、どういうことなんだい? 一体椿さんに何を頼んだんだい? ポン吉の供養ならこの前済ませただろう」

「ポン吉のことではありません。満緒さんにとり憑いている邪悪な悪霊を祓ってもらいたくてお呼びしたんです」

「悪霊? バカじゃねぇの、憑いてるとしたらそっちだろ」


 満緒は小馬鹿にしたような表情で京香を睨みつけた。

 京香はその視線に動じることなく、強い口調で言い放った。


「満緒さんが薬を盛って、光照さんを殺害しようとしていることは知ってるのよ」

「なっ!」


 住職は驚いたように目を見開き、京香を見て満緒を見、そして俺を見た。

 手をぶるぶる震わせている京香とは真逆に、満緒はどこか余裕しゃくしゃくの表情で俺を見た。


「はは~ん、さては京香さん、この男に入れ知恵されたんだろ。親父を殺した後、俺を犯人に仕立て上げたら全てうまくいくって。ふざけんなよ、俺が疑ってんのは京香、お前の方だよ!」

「何を言ってるの、私がそんなことするはずないじゃないの」

「親父が死んで遺産が手に入ったら、邪魔になるのは俺だけだ。でもその俺が殺人犯で捕まれば、遺産は全部あんたのもん、そういう魂胆だろ」

「いい加減になさい、それはそっくりあなたにも当てはまるじゃないの」


 京香は震える声で満緒に反論する。


 満緒は鼻で笑うようにして京香を見、俺をひと睨みしてから台所へ向かい疑惑の瓶を取り出した。


「あんたらの疑ってんのはこれだろ? だったら俺が目の前で飲んでやるよ。バカバカしい、ただの調味料だってのに」


 満緒はそう言って手のひらに粉を落とそうとするが、俺がそれを制止した。


「そんなことしなくていい、ちゃんと検査キットを持ってきたから」

「は?」


 俺は鞄の中から透明な液体の入った試験管を取り出す。


「テレビなんかで見たことがあると思うが、これは警察が押収した粉の薬物判定に使うものだ。ここにその粉を入れて色が変わればアウトって流れだ」

「はっ、バカバカしい。そんなことしなくても俺が体で証明してやるよ」


 満緒は検査キットの存在を無視して自身の意見を通そうとするが、俺が強い口調で遮る。


「いや、君は証明にならないよ。日ごろから摂取して耐性が付いていた場合、多少の粉を服用したところで大きな変化はないだろうから」

「椿さん、なんてことを……」


 俺の言葉に住職は気色ばむが、満緒が無言で俺を睨み続けているため口を閉じた。

 俺はみんなに見えるように瓶の中から粉を少し液体に落とし、軽く揺すってみせた。

 予想通り色が変わった。


「な……なんてことだ、満緒」


 住職は思わず立ち上がるが、軽いめまいを起こしてすぐに腰を落としてしまう。


「光照さん!」


 京香が慌ててその背中をさする。


「おいおい、親父。俺よりもその怪しい男を信じるのか? そんなのトリックに決まってんだろ、こいつは京香に金を積まれて寝返ったんだよ。ったくご丁寧にカメラまで仕込んで気持ち悪いやつらだな」


 住職はどちらの味方に付いていいのか分からず、無言でちゃぶ台に目を落とした。

 そこには熱々の卵焼きが載っている。


 手が不自由になった住職のため、満緒が毎日かいがいしく手作りしてくれる愛情たっぷりの食事だった。


 けれど……。


 住職は苦しそうに目を瞑り、歯の隙間から絞り出すように声を出した。


「満緒……お前、私を殺そうとしてるのか?」

「……親父……」


 満緒は愕然とした表情で、住職を見た。

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