16話

 部屋には重苦しい空気が流れていた。


 厳しい視線で満緒を睨みつけている住職、その視線を驚愕の表情で受け止める満緒、そして決意に満ちた瞳で2人を見守る京香。

 完全に無関係の第三者ながら、この状況を涼しい顔で受け止めている俺。


 三者三様の有様だが、それぞれお互いの出方を探っているようだ。

 この沈黙を最初に破ったのは満緒だった。


「マジかよ親父。確かに俺はできた息子じゃないけど、血の繋がった親を殺そうとするほど落ちぶれちゃいない。親父は俺よりもこのアバズレ女を信じるのか?」

「母親に向かって何てことを言うんだ、京香に謝りなさい!」

「はッ、何が母親だ。俺に一切の愛情を向けない女が母親だっていうのか?」


 その言葉を聞いた俺は、ようやくといったふうに口を開く。


「それがあなたの本心ですね、満緒さん」

「は? 何だって言うんだよ、部外者はひっこんでろよ、っていうか帰れ!」


 興奮して手あたり次第どなり散らす満緒を前に、俺は冷静に言葉を返す。


「塩田雄太さんを知ってるね?」


 俺がその名前を口に出すと、満緒はピクリと眉をあげた。


「君の小学校からの同級生で、この下の商店街で実家のせんべい屋を継いでるみたいだね」

「ああそうだよ、あいつがなんかベラベラしゃべったのか」


 満緒は鬱陶しそうに髪を掻きあげる。


「君は高校を中退した後、職につくこともなくぶらぶらした生活を続けていて、毎日競馬やパチスロに明け暮れているって教えてくれたよ。勝率は良くないみたいで、ギャンブル絡みでかなりの借金があるんだってね」

「だからなんだよ、それが親父を殺す同機か?」

「借金に加え、薬物にまで手を出してたらお金がいくらあっても足りないだろね」

「いい加減にしろよ、お前の想像だけで善良な若者を殺人犯に仕立て上げようとするのか。だいたいお前は不法侵入者なんだよ、警察呼ぶぞこらぁ!」

「どうぞ、呼んでくれ。それでそこの粉や卵焼きなんか、みんな調べてもらおう。そうすれば君の誤解も解ける、みんなスッキリするだろう」


 俺の思わぬ返しに、満男は勢いを削がれたように口を閉じる。

 その様子を目の端に捉えながら、俺はスマホを取り出し3ケタの数字を押した。

 その瞬間、満緒が血相を変えて俺のスマホを払い落とした。


「やめろ!!」


 スマホが勢いよくちゃぶ台にぶつかり、住職の近くへ落ちた。

 住職がそれを拾い上げ、耳に当てた後、みんなに向けて言う。


「……時報だよ」


 満緒は鬼のような形相で俺を睨みつけた。


「このクソあまぁ!」

「そんなに怒らなくてもいいじゃないか、時間が気になっただけなんだから。警察に連絡されると何か問題があるのかい?」

「…………」


 部屋の中に微妙な空気が漂った。

 俺はとつとつと話し始める。

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