執着心 後編

14話

 ジュージューとベーコンの焼ける音がする。

 住職の朝食を用意するため朝早くから準備が始まり、味噌汁・焼き魚・卵焼きと健康的な食事が並び始めていた。


 朝のお勤めを終えた住職は、居間で新聞を読みながら朝食が出揃うのを待っていた。


「さぁ、どうぞ」


 住職の隣に腰を降ろした人物が、朝食に手をつけるよう促す。


 住職は新聞を閉じ、隣に座る人物が言うがままにハシを手にするが、いつも以上にその手が震えうまく卵焼きが掴めない。


 それを見た相手が気を利かせ、卵焼きをハシで掴んでそっと口元に運んでやる。

 住職は申し訳なさそうに、けれど嬉しそうにそれを口に含もうとする。


 その時、コトリと障子が開いて、男が顔を覗かせた。

 住職はその男を見て、驚いたように声を上げた。


「……椿……さん?」






  ◇  ◇  ◇






「お久しぶりです、少しお邪魔してもいいですか?」


 俺は相手が何か言いかけるよりも先に、ずかずかと部屋に入り込んだ。

 住職はきょとんとした表情で周りを見渡したが、戸惑いつつも礼儀正しく俺を迎え入れた。


「……え? ええ、どうぞお座りください」


 俺はちゃぶ台の上に並べられた朝食の数々を一瞥してから、住職の隣に座る人物に声をかけた。


「すみません、昨日頼んだものは設置してくれていますか?」

「はい」

「では、朝食の準備も終わったことですし、もう充分だと思います。申し訳ありませんが、ここへ持ってきていただけますか?」

「はい、すぐに」


 その人物は俺の言葉に頷き、足早に台所へ向かった。

 不思議そうな表情でその後ろ姿を見送った住職は、改めて俺の方に向き直った。


「あの……椿さん、これは一体……」


 住職が俺の存在に疑問を持ち始める前に、世間話で気を逸らした。


「手術は無事に終わったんですね」

「え? ええ、お陰様で。手術といっても総合検査で見つかった腸のポリープを取り除いただけですよ。10日ほど前に家に戻ってきて、入院生活で落ち切ってしまった体調を戻そうと頑張っています」

「そうですか、でも入院時よりも顔色が良くないように見えますね。手の震えもひどいですよ」

「いやはやお恥ずかしい限りです。もうすぐ60ですから年のせいもあるでしょう」

「そうじゃない可能性もありますね」


 俺の辛辣な物言いに、住職は虚を突かれたように押し黙る。


 状況がよく理解できずに困惑顔の住職を前に、台所から戻って来た人物が小型カメラをこちらに手渡す。

 俺はそこからマイクロチップを抜き出すと、自身のノートパソコンにセットし、その場の皆に見えるように動画をスタートさせた。


 画面にはある人物が朝食を作っている光景が映し出されていた。

 大根やニンジンを小さく切って鍋に投入し、そこへ味噌をぼとぼとと放り込む。手際がよさそうに見えるが、味見というものを一切しない。


 次に鮭をコンロにセットし、小鉢に卵を割り入れてハシでかき混ぜ、熱したフライパンに投入する。

 ジュージューと卵の焼けるいい音がする。


 そこでその人物はふと左右を見渡し、棚の中から小さな瓶を取り出した。そして中身の粉を少しだけ掻きだすと、そのまま卵の中に混ぜ込んだ。


 その後は何事もなかったかのように瓶を棚に戻し、出来上がった熱々の卵焼きを皿にのせて台所から姿を消した。

 

 俺はそこまで確認してから電源を切った。

 住職は目の前に置いてある卵焼きを見て、小さく呟いた。


「……満緒……何を入れたんだ?」

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