03_聖銀福音_ナガト


 ナガトとアイリは生き残りが寄り合うシルバーベルという場所を目指して進んでいた。

 

 シルバーベルの場所はアイリのみが知っており、ナガトはアイリを護衛しながら目的地に向っている状態だ。

 地図と標識を見ながら間違いの無いように進む。

 

「移動を初めて三日、今のことは順調ですね」

「そ、そうね」

 

 アイリの態度は未だに他人行儀だった。

 

(まぁ、出会って三日だしそんな簡単に信用なんかできないか)

 

「そろそろ、人口が多かった都市部を突っ切ります。バケモノと遭遇するかもしれません」

「気をつけないとね」

「バケモノは力が強く、私たちを襲います。できるだけ遭遇は避けたいです」

「都市部を迂回するのは?」

「迂回路は以前の大地震でおそらくダメになっていると思います。迂回できなくて後戻りするのは私の体力ではかなりキツイです」

「わかりました」

 

 歩みを進めると所々廃墟が見え始める。

 

(三日でここまで荒廃するんだ。人間の力は凄かったんだな)

 

 ナガトは心で呟きながら荒れ果てた都市部に足を踏み入れた。

 窓ガラスの割れたビル、燃え尽きたような建物、海外にあるスラム街の様相だった。

 

(本当にここは日本なのか?)

 

 目を疑いたくるなほど荒んだ光景、何よりも人の気配がほとんど無い。

 ただ、時より道ばたに見覚えのある白い物があったが、ナガトはそれが何なのか考えないようにした。考えたくもなかった。

 

「ここも随分荒廃していますね」

 

 アイリはポツリと呟く。

 

「ここに来たことがあったのですか?」

「子供の頃に一度」

「子供の頃にですか」

「あの頃はこんな事になるとは思いませんでした」

「そうですね」

「やけに淡々としていますね。辛くないのですか?」

「うーん……あんまり実感がないみたいな感じで、いや実際辛いんだけど。心のどこかでこれが現実じゃないんだって思いたいのかも」

「ちょっとわかります。ちょっとだけ」

 

 ナガトはふわっとした感情がずっと続いていた。

 

(なんて言うか大事なことを置き去りにしたような)

 

 同時にそれについて考えると頭の中にもやもやしてしまう。

 

「どうかしました?」

「いや、何でもないよ」

「それならいいのですが」

 

「それより市街地を抜けたら良い場所を見つけて体を休めよう」

「そうですね、もう日が傾き始めていることですし」

 

 廃墟群を進む。

 寂しい寒い風が二人の頬を撫でる。

 

「……ナガトさん」

「見えてる」

 

 二人は低い姿勢で廃墟のビルに身を隠す。割れた窓から外を見ると人の姿を見つける。

 人と言っても、顔の半分は歪で質感が人間のそれではない。

 おぞましいバケモノに成り果てたその姿をナガトは目にする、

 

「(あれが感染者)」

「(注意してください。音で獲物を探しています)」

「(耳がいいんだ)」

「(戦いますか?)」

「(周りには他にはいない。相手の目を考えると進行方向が視界だね。ここで倒す方が安全かも)」

 

 ナガトはバックパックを降ろすとナイフを取り出す。

 

「(大丈夫ですか?)」

「(やるしかない……かな)」

 

 ナガトは身を低くしてゆっくりとバケモノの背後を取る。

 ナイフを逆手に持ち剥き出しの太ももに突き刺し一気に引く。だが途中で恐怖が勝りナイフを手放す。

 

(よし! 太ももには太い血管がたしかあったはずだから!)

 

 血が噴き出すと同時にナガトは体を翻して後方にダッシュする。

 

 靱帯を損傷したバケモノは足がもつれてそのまま転び、地面に血だまりを作る。

 ナガトはコンクリートの塊を両手で持ち上げると倒れたバケモノの頭に狙いを定める。

 

 何度も、何度も、肉が潰れる音がした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸が乱れ、指先は痺れたような感覚だった。

 

 

「ナガトさん! 大丈夫ですか?」

「え? ん? 大丈夫。たぶん」

 

 アイリの方へ振り返った瞬間、彼女の表情は硬直した。

 

「あ……」

「どうしたの?」

 

 ナガトは顔についた血を拭う。

 

「……い、いえ?」

 

 アイリの表情は不可解だった。

 

(やっぱり、頭を潰したのがショッキングだったのかな)

 

「じゃ、じゃあ行きましょうナガトさん!」

 

 どことなくよそよそしさをナガトは感じたが、無理もないとナガトは心で納得する。

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