第31話 まさかの罰

  知佳は、ゲームに対してかなり熱心だった。細かなところまで気を配り、確実な手つきで作業を進めた。堅実に砂をかき分けて行った。俺も知佳とたいして変わらず、砂山のてっぺんにある木の枝が倒れないように砂を分けた。


「久しぶりに直くんと海で遊べて嬉しい」


「海に来てもあの頃のように無邪気に遊ぶなんてことしないからな。大人になって砂山崩しをして遊ぶとは思わなかったけどな。俺にはあのころのような、無邪気で純粋じゃなくなったしな」


「直くんはあの頃から変わってないよ」


「大人になったんだ、変わったって」


 あの頃から十年以上たっているんだ。変わらないところも多少あるだろうが、大きく変わったと思うんだけどな。あの頃の方がもっと、子供らしく表情豊かだった気もしないことはない。


「うんうん、変わってないよ」


「……そうか?」


「そうだよ」


 知佳は俺が変わっていないように思うらしい。これは喜ぶべきところなのか、悩ましいな。子供っぽいということなのだろうか。それとも俺が自覚していないだけで、実は俺は純粋だったりするのか。いや、それだけはない。俺みたいなやつが純粋なんてありえない。あるはずがない。だからその可能性はない。


 そんな中でもゲームは進行していく。とうとうこのゲームも終盤だ。いつ仕掛けるかを考えるべきところまで来た。知佳はあくまで冷静に、焦らず砂をかき分けていた。俺の番がまわってきた。そろそろ仕掛け時かもしれない。そう思った瞬間だった。俺が少し多めに砂をかき分けようとしたとき、目の前の知佳から声をかけてきた。


「ねぇ、直くん?」


「なんだ? 今集中してるんだ」


「あのさ、私ねずっと思ってたことがあるんだけど聞いてもいいかな?」


「俺に聞きたいこと? 後にしてくれ、今集中して……」


「直くんってさ、やっぱり私のとこ好きでしょ」


「……はぁ!?」


 こいつはいきなり何を言い出すんだ。変なことを急に言ってきた。動揺が手に伝わるのが分かる。にしてもさっきの顔はめちゃくちゃ笑顔だったぞ


「え、先輩そうなんですか?」


「橋本くん……」


「直くん大丈夫? 震えてるけど?」


「え?」


「動揺したね、直くん?」


 気が付いた時には、砂山のてっぺんにある木の枝が倒れていた。俺が賭けに出た瞬間に、相手も仕掛けてきたというわけだ。あれを動揺しないで、冷静にというのはあまりに酷ではないだろうか。そもそもこれは成立するのか。確かに話しながらゲームはしていたが、番外戦もアリなのか。佐藤に抗議してみるか。


「おい、これはアリなのか? これはゲームで負けたんじゃなくて、明らかに妨害によって負けたように思えるんだが?」


「直くん、言い訳はみっともないよ。素直に負けを認めて私の要求を聞き入れてよ」


 知佳はそう言うと、手を伸ばして俺の肩を叩いた。


「でも、そんなことよりも……」


 知佳は少し間を置いて、続けた。


「直くんは私のこと、どう思ってるの?」


 俺は、驚いて口を開けた。知佳の真剣な表情を見て、彼女が本気で聞いていることが分かった。


「えっと、その……」


 俺は慌てて、返答を考えた。


「俺は、知佳は幼馴染で、一緒に過ごすのは楽しいと思ってる」


 俺は、正直に答えた。知佳は、その俺の答えに疑いの目を向けながら、俺の手を握った。


「それだけなの?」


「……それだけだよ。それよりこのゲームの判定、どうなんだ佐藤? 成立するのか?」


「先輩の手番の時に知佳さんは、砂山に触れていましたか?」


「……触れてないな」


「なら問題ありませんね。今のはアリです。砂山に対して明らかな妨害であれば、仕切り直してもう一度やってもらうつもりでした。でも今回の場合は違います。ということで盤外戦術はアリってことでお願いしますね?」


 そもそも結果が覆るとは最初から思っていない。ただ交渉しないという選択肢は俺の頭の中にはなかった。理不尽に負ける・・・・・・のだけは嫌だからな。それとそういう重要なことは最初に言ってくれよ、審判。


「そういうのは始まる前に言ってくれ」


 佐藤の顔の様子を見るとまるで反省のない顔をしている。少しイラついた。とはいえ終わったことはしょうがない。ここは切り替えなければならないのだ。佐藤の言うように知佳とのゲームで俺は負けてしまった。これから知佳の罰ゲームというか知佳の要求にこたえなければならない。


「さて、一回目のゲームの勝者は知佳さんでした。ゲームに勝った知佳さんには先輩に罰の要求ができます」


「俺にできることならな」


「分かった。これは直くんにしかできないから大丈夫」


「小野寺さん、一体何を要求するつもりかしら」


 小林の言う通りなのだが、少しだけ不穏な感じがする。そう思っているのは果たして俺だけなのだろうか。俺にしかできないこととはいったい、何を指すことなのだろうか。何も起こらないはずがない。


「では知佳さん、先輩に罰の内容をどうぞ」


「うん、このゲームのことを聞いてからずっと考えていたの。直くんにしてほしいこと」


「あんまり、無茶なこと言うなよ。俺ができる範囲で常識的なものにしてくれよ」


「大丈夫だよ、心配しないで。これから私が言うことに対して、首を縦に振ればいいだけだから。ね? 簡単でしょ?」


 知佳の顔はいつも通りの穏やかな笑顔のはずなのだが、さっきの言葉が不穏すぎてかなり怖い。何を言い出すのだろうか。


「本当に俺にできることなんだろうな?」


「うん。じゃあ、直くんが受ける罰は私と付き合って結婚して?」


「……は?」


「え、知佳さん?」


「結婚って言ったの? 小野寺さん」


 おいおいこれは、さすがにいくらなんでも無理があるだろ。

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教師が忙しくて、ラブコメしている暇がない 高崎彩 @takasakiaya

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