第12話 相合傘

 その日は午後から各地で局地的に激しい雨の日だった。職員室でで外を眺めていると、窓ガラスを叩く雨粒の音が聞こえてきた。生徒たちはすでに帰り、俺は家に帰るための荷物をまとめていた。傘を忘れたことに気づいたのは遅かった。


 雨の中に出て、冷たい水が服にしみ込むのを感じながら、”なんで今日みたいな日に傘忘れるんだよ”と俺は自分を罵った。俺は道を急ぎ、一時的に避難できる場所を探しはしたが、見つかることはなかった。その時、同僚の佐藤と知佳が小さな傘の下に身を寄せているのを見つけた。その時、佐藤と千賀の2人が傘を差しているのを見つけ、手を振ってくれた。


「直くん?」


「先輩? 傘忘れたんですか?」


「見ればわかるだろ。そうだよ」


「なら私の傘に入ってください」 

「なら私の傘に入っていいい」


 同時に佐藤と知佳がそう言った。


 雨をしのぎたい気持ちはめちゃくちゃある。だが問題は、どちらの傘に入れてもらうかだな。佐藤も知佳も付き合いが長いからどちらでもいい気はした。佐藤とは高校からの付き合いだし、知佳とは幼馴染だし。どちらの傘に入れてもらうか決めかねていた。


「先輩は私の傘に入りたいんですよね?」


「雨をしのげればどちらでも」


「先輩は高校の時もしてたじゃないですか相合傘」


「直くん久しぶりに相合傘して私と帰ろう」


 しかし、雨はますます激しくなり、傘に入らないという選択はなかった。仕方なく、俺は傘を入れてもらう人物を選んだ。


「お前らいつの話してんだよ。まぁ今日は知佳にお世話になろうか」


 気兼ねなく傘に入れるのはどちらかというと知佳だな。懸念点は知佳が言ってた頃とは状況が違いすぎる点だ。あの頃は俺たちは幼かった。今は立派な大人だ。やや気恥ずかしいところは否めない。


「やった」


「何でですか先輩?なんで私じゃないんですか?」


 佐藤は不満げで、知佳は喜んで笑顔になっている。そんなに喜んでくれると、なんだか選んだ俺も嬉しい。


「いやなんとなく。しいて言えば、前にカラオケに誘ったからだな。あの後、お前らはしゃぎすぎて大変だったんだからな。その原因を作ったからだ」


「それを言われると何も言えませんね」


 ということで知佳に傘を入れてもらうことになった俺は傘の下に身を寄せ、体を密着させ、濡れないようにした。その結果、俺たちはさらに体を密着させることになった。心臓の鼓動が早くなるのを感じ、誰かに聞こえているのだろうかと思った。気まずい状況だったが、それでもどこか心地よさもあった。佐藤はいつも笑顔でかわいらしく、知佳は自然体で、まるであの頃のように親しみやすい。二人とも、俺を安心させてくれた。


 歩いていると、英語の先生である小林先生とすれ違った。彼女は大きな傘を差し、雨の中を堂々と歩いていた。俺たちに気づいた小林先生は、


「橋本先生傘を忘れたの?」


 と声をかけてきた。


「ええ、まあ」


「なら私の折り畳み傘を貸してあげるわ 

 We'll call it even.(じゃあこれで貸し借りなしね)」


 ここでの貸しとはこの前の1週間いなかった時、俺が代わりに担当したことを言ったのだろう。俺たちは、どうしたらいいのかわからず、顔を見合わせた。また傘を持ち替えるのは面倒だし、かといって大きな傘で雨をしのぎたい気持ちもある。


 結局、小林先生の申し出を受けることにして、小林先生は笑顔で傘を渡してくれた。俺は知佳の傘から離れ、小林先生から貸してくれた傘を差そうとしたその時、知佳が一瞬悲しそうに見えた。それでも雨をしのげる大きな傘があるのは安心だ。


 雨の中を歩きながら、俺は同僚たちの性格の違いに気づかざるを得なかった。佐藤は遊び好きでいじわる、いつも冗談を言って俺たちを笑わせようとする。知佳はああ見えて真面目で、いつも物事を深く考えている。小林先生はクールで自信に満ち溢れ、決して動揺することなく、何があっても動じない。そんな印象を受ける。


 俺は、彼女らが俺をどう見ているのか気になった。不器用で口下手で、こんな大雨に忘れ物をしている先生と見られていたのだろうか。借り物の傘をさしている俺を哀れんでいるのだろうか、それとも一緒にいて楽しいのだろうか。俺は、何か悪いことをしているのだろうかと、自意識過剰で自信のない気持ちになった。


 駅に近づくにつれ、俺たちは別れることになった。しかし、傘の中で共有したつながりの感覚は拭い去れなかった。ほんの一瞬の出来事だったが、それが俺たちを結びつけてくれたことに感謝した。


 あの後雨はさらに強くなり、色とりどりの傘を差した仕事終わりの人の群れをかわしながら、駅に着いた。駅構内を進むと、佐藤達と歩いたときから、俺は自信喪失の気持ちを拭い去ることができなかった。まるで雨のせいで、不安な気持ちが表面化し、自分に自信が持てなくなったような気がした。


 電車を待つ間、俺はスマートフォンを取り出し、メッセージをスクロールさせた。佐藤から、傘を忘れたことをからかわれて、”今すぐ戻って家まで送りましょうか”と誘われていた。知佳からもメッセージが来ていて折り畳み傘がなくて貸せなかったことを謝っていた。それと”今度は二人きりで帰れるといいね”と来た。どちらのメッセージも心臓に悪いものだった。もちろん適当にメッセージを返したが。


 俺は、彼女らのメッセージを読みながら、胸が温かくなるのを感じた。俺の不安は、雨と自分の不安のせいで、空想の産物だったのかもしれない。


 電車が到着し、俺は電車に乗り込み必死に席を確保した。電車が駅を離れるとき、俺は雨粒が外の景色をぼやかすのを見ていた。傘をさした仲間とのつながりは、やはり刹那的なものではなかった。性格や考え方は違っても、なんだかんだと俺のことを考えてくれてるのだと、改めて実感した。

 俺は、このような素晴らしい人たちと一緒に仕事ができることに感謝した。

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