第9話 第三勢力
私、渡辺優菜は本屋でアルバイトをしていた。書店のカウンターに座っていると、わたしは少し驚いた。橋本直樹先生と小林麻衣先生の2人の先生が店に入ってきた。二人は仲が良さそうで、笑いながら棚を眺めている。
私の担任でもある橋本先生は背が高く、不器用なやさしさで人気のある先生だ。物事に動じないタイプに見える。本棚に目をやり、本の背表紙を指でなぞり、何かを探しているようだ。その姿は、まるで自分の肌に馴染んでいるような、軽やかなものだ。
一方、麻衣先生は少し堅い感じがする。橋本先生よりも背が低く、姿勢も硬い。店内のあちこちに目を配り、あらゆるものを一度に見て回る。指をピクピクと動かしながら、この店にいることに違和感を覚えているようだ。ここに来るのは初めてなのだろうか。
印刷されたばかりのインクと紙の香りが充満し、棚に並ぶ無数の本に囲まれたこの書店の居心地の良い一角で、俺たちは試し読みをしていた。ページが揺れる音が実に心地よい。しかし、私の思考は、橋本直樹という1人の人物に集中している。
橋本直希先生は口数の少ない男性で、その静かな表情の奥にあるものがどこか気になる。漫画や小説が好きで、想像力が豊かで、現実を直視するよりも虚構の世界に逃げ込む方が楽なのだろうかと、つい考えてしまう。誤解されるのを恐れて会話を控えめにしているのか、それとも会話をするよりもこの空間がが好きなのか。しかし、彼の本に対する視線は強烈で、何か目を引き付けるようなものがあるような気がしてならない。
と小林先生が思っている一方で橋本は小林先生について考えていた。
自信と洗練された雰囲気を醸し出す1年生担任の小林麻衣先生。留学経験もあり、世界的な視野を持ち、英語を使うのも印象的である。しかし、俺が注目したのは、彼女が漫画や小説、文学を愛していることだ。俺と同じように文学を愛する人は俺の周りにはなかなかいないので、クールな外見からは想像できない魅力があるのだろうと思う。彼女もまた、文学の世界に癒されているのだろうか、あるいは、文学を読むと、もっとシンプルななにかを思い出すのだろうか。
今日は買うつもりの一冊がある。生徒からおすすめされたものだ。
「この小説はどうだった? おすすめよ」
「俺には合わなかった」
「あらそうなの」
少し残念そうにする小林先生。そんな顔をされると申し訳なくなる。だからと言って、自分の意見を偽ることはしたくなかった。
「あった。これか……」
「それがお目当ての本?」
「ああ、前に勧められていたんだ」
「へ~、誰から?」
「うちのクラスの生徒から」
そう言うと小林先生の目つきが鋭くなった。何か悪いことでも行っただろうか。思い返しても、別に変なことは言っていないはずだ。
「私のおすすめより、生徒の本なのね」
ああ、そういうことか。確かに生徒は生徒だが少し違う。
「確かに生徒だが、
「どういうこと?」
「今日もあいつのおすすめを聞いておくか」
そう言って、要領を得ない小林先生と俺はその店員のもとに歩いて行った。
橋本先生たちは私のいるカウンターに近づいてきた。いつものように私にお勧めの本を尋ねにきたんだろう。
「よっ、渡辺」
「こんにちは橋本先生、小林先生」
「あら、渡辺さん? ここでバイトしているの?」
小林先生は私がここで働いていることを知らなかったようだ。
「はい、小林先生はここは初めてですか?」
「ええ、橋本先生はいつも来てるの?」
「そうですね、常連さんですね」
「私は何も聞いてないわよ」
「言ってないからな」
そんな会話をしている先生たちを見るのは初めてかもしれない。なんとなく橋本先生の方を見てみると先生の手にはすでに本を持っていた。その本は私が以前紹介した本のように見えた。
「橋本先生。その手にある本は?」
「前におすすめされた本だよ。気になってたから今日買うつもりだ」
「そうですか。読んで後悔しない本ですので、読まれたらぜひ感想を教えてくださいね」
「ああ、約束する。それとは別にまた渡辺のおすすめ教えてくれ」
私は読んだことのある小説を何冊かと新刊小説を勧めると、先生は興味を持ったようだ。その時、麻衣先生が嫉妬の眼差しでその本を見ていた。
いったい麻衣先生は何を考えているのだろう。橋本先生が生徒と心を通わせていることだろうか。それとも橋本先生の心に響く本を見つけることができるのがうらやましいのだろうか。私は本屋で働くくらい本が大好きなのだ。人に合った本をおすすめするのは書店員として朝飯前である。
二人の教師が店を出るとき、一見円満に見える関係でも、その裏には複雑な感情が潜んでいることを考えずにはいられなくなる。橋本先生は佐藤先生と小野寺先生のどちらかと付き合うものだとばかり思っていたが、もしかしたら小林先生も? ひょっとしたらそうなる可能性があるのかもしれない。佐藤先生、小野寺先生。もたもたしてたら、第三勢力? の小林先生に奪われちゃいますよ。
と、何でもかんでも恋愛にこじつけさせてはいけない。小林先生のことはまだ様子見といったところだろう。橋本先生は人気者だな。
ちいさな書店員は二人の先生が出て行った後も、頭の中では二人の教師のことでいっぱいだった。
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