第4話
洗面台の鏡に映った目は少し赤い。
ちょっと飲み過ぎたと思ったが、今日はみんなのテンションが高く楽しい。
自分もかなり浮かれている。ふーと息を吐きながら店のトイレで目を洗ったが、
勢いよく跳ねた水がベージュのパンツにシミをつくる。
うえー、おしっこが跳ねたみたいだと気にしながらドアを開けた時、
深加が壁にもたれて立っていた。
シミをゴシゴシしていたので少し恥ずかしかったが何もなかったように、
トイレ待ち?とたずねると、「ううん、絵美子ちゃん酔いつぶれちゃった」
またか…。
「どうしよう、わたし明日仕事だし絵美子ちゃんなかなか起きないよね…」少し困ったように言う深加が、腕時計を見ながら訴えるような眼差しを向けてきた。
あれから半強制的にカラオケボックスに移動し、時計は午前二時を回っていた。
いいよ、オレ起きるまで待ってるし。
仕方ない素振りをした自分だが、嫌でもなかった。
深加は本当に申し訳ない顔で「ごめんね、大地さん。今度はわたしも付き添うからね」と両手を口の前で合わせる。
そのまま深加を近くのタクシー乗り場まで送って行き、すぐに絵美子のいる部屋へと戻る。絵美子は酔いがひどいと寝てしまうのがお決まりのパターンだったが、
ぼくはこれが好きだった。もともとお世話をするのは嫌いじゃないし、
かといって誰でもいいって訳でもない。要するに二人きりの時間が心地よかった。
時計は午前四時を回っている。
周りの部屋の歌声も聴こえなくなり、テレビから曲の紹介だけが響く。
室内でビールを飲んだり、普段歌わない曲を歌ったり、アイスを注文したり、絵美子の寝顔を見たりしていた。
さすがにそろそろ眠くなってきたし、営業時間も迫ってきたので起こさねばと思い、
気持ちよく眠っている絵美子をゆさゆさと揺すってみた。
「絵美子ちゃん、そろそろ帰ろっか」優しい声で問いかけてみる。普段ならこれを五、六回繰り返さないと起きてくれない絵美子だったが、今日は一回で起きてくれた。
「今何時ー…」
「四時半」子供をあやすように応えた。
「てか深加はーー?」あす仕事早いからって帰ったと伝えると、
「あー、あたしも昼から仕事だしー」寝ぼけまなこで、大きな目が人並みの大きさになっている。
「じゃ出よっか」
「うん、出るー」
会計を済ませ外に出ると、入ってきたときと同じ夜が、刺すように冷たい空気と夜明けを告げている。
酒と眠気で火照った二人の体にはちょうどいい。
「タクシー乗り場まで送ってくよ」と、乗り場まで促した。
歩きがおぼつかない絵美子の腕を支えながら、千鳥は本当にこんな風に歩くのかと思うと少し可笑しくなった。
「何笑ってるの? 」いや、何でもないと応えると絵美子は気持ちわるーと言ってから「大地さんは?」と聞いてきた。
どうやら何で帰るのか聞いているようだ。二十キロの道のりをタクシーで帰るのは料金的にキツかったので、飲みの時は電車をつかっていた。
「おれ電車で帰るから」「えー、じゃあ今日早めにお開きになってたら始発まで待つつもりだったのー?」薄く形のいい口から白い息が舞い上がる。
「だって、絵美子ちゃんいつも酔って寝ちゃうじゃん。だから今日は予想通りの時間だよ」おどけたように、でもちょっと皮肉混じりに言ってみた。
「えー、ひどーい。まるでわたしが呑んだくれみたいじゃん」
そうだよ、と心で言った。
「ちがうの?」わざと意外そうにぼくが言う。
「もう、いいし。酔っぱらいじゃないから支えなくてもいいし」手をかるく振り払われたが絵美子の顔は笑っていた。
笑顔は人を幸せにするけど
それと同じだけ不幸もある。
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