第3話
金曜日は、この冬一番の寒さを記録した。
今日は仕事帰りに友人の絵美子と、それと深加との三人で飲みに行く約束をしていた。
絵美子は半年前に仲良くなった十歳下の女の子で、飲みに誘われたり誘ったりする。
友達想いでさっぱりした性格なので男友達も多いし、なにより容姿が可愛いかった。
中年のぱっとしないおじさんとも分け隔てなく接するこの子を不思議と思ったこともあったが、同じく中年のぼくとも友達として接してくれる、そんなありがたい性格なのだ。
少しわがままなのはご愛嬌だけれども。
仕事場から二駅のホームで降り、待ち合わせの店まで足早に歩いた。
海風の冷たさにマフラーを口元まで運ぶ。
香河のほぼ中心、海に隣接する[馬場]という繁華街。この町の人口では週末にやっと賑わう繁華街だが、それでも町一番の都会である。
活気に満ちた週末の馬場が何か始まるようで、ぼくは好きだった。
店の前には、すでに二人が待っていた。ぼくを見つけるなり「あ、大地さんおつかれー」と、絵美子がパタパタ手を振りながら少し前に出る。
「お疲れ、絵美子ちゃん、深加ちゃんもお疲れっす」と、深美には少し見上げて言った。
「大地さん、おつかれさま」甘えた口調の絵美子とは対照的に、深加の声はいつも歯切れがいい。
深加は絵美子の中学からの友人で、ぼくより背の高い彼女は、ぼくより背の低い絵美子と三人が並ぶと携帯の電波マークになることを発見した女子だった。
「絵美子ちゃん、また髪の色変わった?」何度言ったかなと思いつつ、今日も聞く。
「どう?この色」かなりライトな色に染めた、外国人の子供を思わせるボブを軽く振ってみせた。
「いいんじゃない、今日の服にも似合ってるし」デザイナーらしく、トータルで見ましたと言わんばかりの気取った口調で答える。
グレーのコートに、襟ぐりがレースになっている淡いピンクのカットソーが、パステルイエローの髪色と合っていた。
「えへへ」口元を緩めて笑った絵美子は、気取った褒め言葉にどうやら満足したようだ。
深加のバックも目新しかったのでかわいいね、それ、と追加する。
「寒いよ、早く入ろ」絵美子が茶のロングブーツをぶるぶる震わせ店へと促した。
「いらっしゃいませー」
威勢の良いスタッフに相まって店内も賑やかだった。
金曜日の夜は、今日とばかりにサラリーマンの姿が目立っている。
「あー、鍋鍋!」食べる気満々だねって絵美子に言うと、ぷーっと頬を膨らませた。本当に子供みたいだ。
「こちらへどうぞー」奥の座席に案内され、じんわりと暖まってきたところでコートを脱いだとき、こっちに掛けてあげると、深加がハンガーを手に取り、にっこりと手を差し出す。ぼくは、ありがと、とコートを預けた。
彼女は普段のちょっとした気配りに長けていた。以前、悪酔いした帰りも、すっと自販機に行きお茶を買ってきてくれたし絵美子とぼくが喧嘩したときも仲を取り持ってくれた。
日常で大きなやさしさを必要とする場面は限られるけど、ちょっとしたやさしさをわかっている深加の性格は、なんだか好きだった。
少し酔いはじめた絵美子が「ねー、あとでカラオケ行こーよ! カラオケ」ご機嫌に言って鍋をつつく。
「練習したい歌もあるし、深加も行くよね!」絵美子の中ではすでに深加も行きたいものだと思っているらしい。
ウーロンハイを飲んでいた深加がグラスに付いたルージュを指で拭いながら、うん、いこっか、と答えた。
いつものことだが、これがぼくらのパターンだ。
絵美子がやりたいことを提案して二人がそれに乗る。
それを断るとへそを曲げたことも一度や二度ではなかった。
でも、ぼくはこれでいいと思っている。自分が優柔不断で決め事をするのが苦手なのもあるが、絵美子が楽しければ、なんだかぼくも楽しかった。
深加の本心は知らないけれど。
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