井戸から出たまこと

夏伐

井戸から出たのは……

 当時、俺は映像系の専門学校に通っていた。

 映画が好きで、そういう所に行ったんだけど、同じ科に「○○の映画って……」と話題にすれば「ああ、それ面白くないよね。このカットとかこの一連のシーン、カメラワークが好きじゃなくってさ~」とまあ、こんな感じで全部否定するような奴がいたんだ。


 皆そいつには自分の好きなものの話題は避けていた。好きなものを貶されたくないだろ?

 ある夏の日。

 そいつ以外で集まってテレビを見てたんだ。よくあるじゃん、心霊特集ってさ。


「なあー、あいつこういうの見ても合成だって言うのかなー?」


 誰かが言った。そしたらみんな賛同するように、


「そうだ、みんなでこういうの作ってさ、あいつビビらせてやろうぜ!」

「いいね!」

「いくつか分かりやすい合成も入れておいてさー、一個だけ本物っぽいの入れたらだまされるんじゃない?」


 そんな流れで俺たちは心霊映像をつくることにした。

 みんなでテーマを決めた。ありきたりだけど『口にしてはいけない』とか。

 冒頭に「見たものを口にしてはいけない……」なんて感じのオープニングムービーを入れた。


 休みの日とか、授業外の時間とか。授業で習ったり自分で調べたり出来ることを全部やってその心霊映像(仮)を呪いのDVDとして奴に見せる時がやってきた。


 そいつのことは。みんなが心霊映像を見てビビってるから評論家として意見がほしいと言って呼び出した。

 いつも無理やり混じってくるから、そう誘った時のやつの顔は嬉々として輝いていた。

 DVDがはじまると案の定、あいつは手を叩きながらバカにしはじめた。


「ここ合成じゃんwww しかもすっげー下手wwww」


 あいつは想像通りの感想を言っていた。そう言わせるために作ったとしてもむかつく。だけど最後まで黙ってそいつに見せた。

 最後の方はあいつも映像をじっくり見ていたから自信があった。


「最後の井戸はなんだったんだ? あれだけやけにリアルだな」


 その言葉に俺たちの頭に浮かんだのはハテナだった。

 井戸を上から映す。ただそれだけのシーンだ。リアルも何もない、ただの井戸だ。


「井戸? 確かに意味は分からないけど」


 有名映画っぽくておもしろそうだ、とロケに行った先で誰かが言いだしたのだ。井戸はたしかに雰囲気があったので、映像の最後に少しだけ映していた。


「井戸を登るシーン、なんか本当にリアルだな……」


 あいつはとても不安そうな顔をしていた。いつもの自信にあふれているあいつにしては珍しい姿だった。

 そんなシーンはないはずだ。

 誰も覚えがないのか、黙ったままだった。この映像を作ったときに監督をやった奴が「そんなカットは作ってない」と言いながら最後の方を再生しはじめた。


「作ってない? ってことは、これお前らがつくったのw」


 途端にあいつはいつもの調子に戻った。

 しかし、映像を何度見かえしても件の井戸のシーンは俺たちの記憶にある通りだった。


「今度は女がうつってる……」


 たった一人だけあいつだけには何かが見えていたようだった。

 以来、仲間うちでは、心霊映像作りにはまりそれで小遣い稼ぎをする奴もいたけど、ほとんどがそういう映像はもう作らないと決めたようだった。


 嫌いなやつだったとはいえ、その映像を見せて以来、あいつには見えない彼女が出来たからだ。

 しばらくして、退学してしまったし本当に悪いことをしたな……。

 責任を押し付けようにも、井戸を撮ろうと言ったのは誰か分からないままだ。誰も、誰が言いだしたのか思いだせなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

井戸から出たまこと 夏伐 @brs83875an

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説