覚醒

私の獲物。それを殺した。その思いのままに飛びかかり、自分でも驚くぐらいの速さが出たこの一撃は、当然のように躱され、

「...ッ!」

本能がかき鳴らすアラートに従い、全力でその場から離れる。


見えなかった。


暗かったとか、そんな言い訳が通じないぐらいに早かった。通った軌道すらも見えない。体の近くに何か通る感覚。ソレが振った鉈はそのままの勢いで校舎の壁に当たり、

サクッ。と、まるで豆腐でも切ったかのように切り裂き、そのまま切り返して、私を、

「う、わぁぁ!」

地面についた手を押し出し、無理やりに躱す。体制を立て直す暇もなく、次の一撃が降りかかる。

本能のまま、ナイフを体の前に出す。目論見通りに鉈とぶつか、り、

「ぁ」

金属同士がぶつかる音、ぎぃん。と軋む音。車に引かれたかのような果てしない衝撃。

私の獲物だ。とか、やつを殺す。だとかそんなものは頭から吹き飛ばされる。気づけば数メートル程吹き飛ばされていて、ゴロゴロと転がる。ようやく止まったころ、手に持ったナイフは、

「ッ!折れ、」

安物といえど、結構愛着があったのに。取り敢えず向かってくるであろう奴にナイフを投げつけ、近くに落ちていたもう一本のナイフ——彼のモノを拾う。ちょっとラッキー。

幸運に感謝しながら、そちらに視線を向ける。現れた時のように、ゆっくりと近づいてくるそれを見ながら、考える。

どうする。どうやって殺す?太刀筋は見えない。受けることもできない。どう殺すかの前に、私が殺されてしまう。どうすれば——————

悩む時間は終わり、とでもいうように、ソレが鉈を振り上げ、


なんとなく

「...ッ!」


なんとなく、狙ってる場所が分かる気がした。


だから、避けれた。

次も、その次も。


見えない。多分首。


見えない。右足。


見えない。けど、



今は避けることしか考えられない、でも、

だんだん余裕が出てくる。次のことまで考えて回避行動をとれるようになってくる。


見えない。避けれる。


次も見えない、でも、分かる。


見えない。見えない。見え————————————


「た!」


反撃開始だ。

横に振られた鉈の下をくぐり抜け、壁に向かって跳ぶ。そのまま窓の冊子に足をかけ、さらに跳ぶ。タイミングをずらすために蛍光灯に指を掛け、滞空時間を確保し床に降りる。私が後ろに行ったと思い込んだ奴は完全に振り返っている。千載一遇のチャンス。背中側から心臓を刺すように、刃を寝かせて骨の隙間にナイフを突きこ、んで————————————


。まるで、肌に爪を押し当てたときのように。多少押し込んではいるが、それだけだ。

一瞬の思考の空白。我に返った時にはもう。回避は間に合わなかった。


衝撃。防御に用いたナイフを砕き、私の体を吹き飛ばす。一度壁に当たって跳ね返り、廊下の水道に当たりようやく動きを止める。

肺にある空気がすべて押し出されるような感覚、ゲホゲホ。と咳き込みながら立ち上がろうとするも、体が動かない。それどころか意識がどんどんと薄れていく。何とかしないと、何とか————————————




ぽん。と、肩に手が置かれる。

「大丈夫かい?狩谷君」


部、長...?だめです。ここは、危険で、


「よく頑張ったね」


言葉が出ない。口から出るのは浅い呼吸だけ。止めないと、なのに。


「後は、任せてもらおう」


どうして、こんなにも安心するのだろうか。















意識を失った彼女を優しく横たえ、同行者に声をかける。

「さて、狩谷君を頼んだよ。神宮君。」

返ってくるのは、少し不満げな声。

「部長。私今すでに一人抱えているんですけど」

うん、まあ


「頑張れ☆」「死んでください」


文句を言いつつ、狩谷君を持ち上げる。多少ふらついてはいるが、問題はないだろう。

なんだかんだ言いつつ、神宮君は大丈夫だ。彼女結構力強いし。

「じゃあ、行ってくるよ」


さあ、


「どうぞ、行ってらっしゃい」


後輩たちのために、一肌脱ごうじゃないか。



























「さて、」




「...」


「うん...半年ぶり、ぐらいかな」


「...」


「うん、そう。彼女が、だよ。ホントは今日見せるつもりじゃ、なかったんだけどね」


「...」


「少し想定外があって、さ」


「...」


「珍しいって、そうでもないよ。それにもう、見立ては付いてる」


「...」


「うん。待っててね。必ず、」




「貴方を殺して、みせるから」





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