疾走

前々から分かってはいたが、狩谷悠里。彼女の身体能力は高い。

普段はそうでもないのだが、「殺す」という行為が絡むと途端に人間離れする。

今だってそうだ。「部長が危ない」という情報を得た瞬間に駆けだした彼女に遅れること数秒。私も走り出した...のだが、


早すぎる。


私の倍は出てるんじゃないかという速さで駆けていく。

早く追いつかないと。相手はおそらく殺人犯。刺されても大丈夫な私と違って、彼女はそうではない。


せっかくできた友人だ。失いたくない。


そう思って、スピードを上げほとんど校舎の反対側のそこにたどり着き...




その光景を見た。


それは、肩から血を流し、全身に傷をつけた男...内海だったか、三波だったか、まあどっちでもいい。


問題は反対側...それを成したであろう、少女。狩谷悠里。


彼女らの戦闘は、実に一方的だった。

当たりもしないナイフを振り回す男と、それを避けて伸びた腕などを切りつける少女。疲れが見える男と、まだまだ余裕のある彼女。

このままいけば、殺したがりの彼女は、男を殺すだろう。





...それは、



ダメだ。


彼女は誰でもいいから殺したいと言っていた。

けど、

ダメだ。そんな奴殺したら。

ただでさえ自制心が強くて、あの日以来一度も殺してないのに。

貴重な殺人の機会をそんな奴に使うだなんて

彼女が殺すのは、私だけ。

彼女に殺されていいのは、私だけ。


その衝動のままに、飛び込んだ。





何かに押された様に体制を崩した彼女を押しのけ、そのナイフに体をさらす。

少しだけ位置を調整し...刺される。


「ぐうっ...」


まず来るのは冷たい切っ先が体を抉る感覚。その次に感じるのは燃えるような傷口の痛み。自殺するときに切腹、というのは意外と死ねないもので、戦国時代でも死にぞこなった人を殺すために介錯する人が用意されるほどで、つまりいろんな死に方を模索してきた私も、刺殺という物には慣れていない。それ故に飛びそうになる意識を無理やり押さえつけながら、言葉を絞り出す。


「ねえ、知って、います、か?」


刺し方を調節したため死んではいないが、私は瀕死。あと数分も待たずに死ぬだろう。が、それは今すぐ、数秒でというわけではない。


「怪異、というのは、自分のそんざ、い、を、騙られ、るのを酷く、嫌うんです」


私の蘇生は不思議なもので、血液やら肉片やらはすべて消え、私の中に戻る。

死ぬまではその辺に垂れ流しというわけで、つまるところ今は彼のシャツに返り血が激しく付いているわけであり、


「でも、彼女ら、には、るー、るが、ある、の、で、そう簡単には、殺せま、せん」


刺されたまま、彼に体を近づけ、密着させる。

血を...を擦り付けるように。


「今、、は、怒っています」


ソレの、気配を感じる。曲がりなりにも同族ばけものだからだろうか。気配と、怒りと...歓喜を。


「普段、なら、見逃すよ、う、な違反、でも、」


ここまでくれば人間にも気配が分かるのだろうか、何かに追い立てられているかのように、彼が振り返る。その行動には、恐怖が混じっていて、


「殺しに、来ますよ」






は少女のような体型をしていて、


は緋色の頭巾を被っていて、


は手に大きな刃物...鉈を持っていて、


彼がを目視した瞬間、戦闘...いや、蹂躙...違う。






が始まり...瞬きほどの一瞬にも満たない時間で、終わった。




その無駄なく美しく首を落とされ倒れる彼をから見上げて思う。


———確かに、彼女がやったならあんなに傷口が汚くならないだろう。と



彼とともに首を落とされ...修復のために意識が途切れる数秒。その僅かな時間で状況は大きく変わっていて、


蘇生された私の目に入ったのは、







緋ずきんさんに切りかかる、狩谷悠里の姿だった。






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