問答
私は、長い間ずっと避けていたことがいくつかある。
そのうちの一つに、密室で誰かと二人きりにならないというものがある。
一度殺せると思ってしまうと抑えるのにだいぶ苦労することになるから。
だというのに、
「私、実はカラオケに来た事なかったんですよ」
「私は二回目かな」
まったく殺意がわいてこない。
今日は誰にも殺意を抱いていないから、もしかしたら少しは私の殺したい欲求は解消されたのかもしれない。このまま出てこないのが一番いいが、そんな簡単にはいかないだろう。今度はいつ抑えきれなくなるのだろうか。その時には、また、
「そういえば、友達が出来たらカラオケ行きたいって言ってたけど、なんで?」
思考を止める。これ以上は彼女に失礼だ。もう殺したから礼儀もなにもない気がするが。
「ええと、私、友達がいなかったので、羨ましかったんです。クラスのみんなが、どこどこに行った、誰々と遊んだ。そんな風に、とても楽しそうに言ってたのが」
「あの人は友達じゃないの?あのすれ違った時に喋ってた」
「あなたと同じですよ」
一度区切って、言う。
「あなただって、あの時喋ってた人を友達だなんて思っていないでしょう?」
「...そうだね」
沈黙が流れる。その重苦しい雰囲気を払拭するかのように明るい声で、彼女は言う。
「さて。話を変えましょう。私、あなたのことを全く知りません。あなたも、私のことを全く知らないでしょう?」
確かにそうだ。私の中での神宮綾音は、よくわからないけど死なないやつ。としか言えない。
「私はあなたのことをもっと知りたいし、あなたにも私のことをもっと知ってもらいたいんです」
お互いを知る。私が人生でまったくやってこなかったことだ。他人を知るのは、怖い。自分のことを知られるのは、もっと怖い。でも、
「分かった。あなたのこと、教えて。私のことも、教えるから」
神宮綾音なら、この不思議で不死身な少女のことなら、知ってみたい。知ってほしい。
「では、質問をしましょう。嘘無しで、一つずつ、交代で。まずはあなたからでいいですよ」
...考える。私は、何を知りたいか。神宮綾音との僅かな時間の中で最も知りたいことは、不死身とは何なのか。でもこれについては少し聞きにくい。だから、
「なんで、あの時飛び降りてたの?」
「死にたかったから、です」
「それは何で?」
「質問は一つまでですよ。...あなたは、昨日あの場所で何をしていたんですか?」
いきなり来た、結構言いにくいこと。でも、嘘無しと言われたからには、答えないといけない。どうせ噓をついても、この少女は容易く見破るだろう。そうなれば、私の質問にも嘘で答える可能性がある。だから、
「動物を捕まえてた。殺すために」
私が勇気を出してはなったその一言で、彼女は少し目を見開いたようだったが、すぐにいつもの微笑みに戻り、私に質問を促した。
聞くべきか、聞かないべきか迷った。でも、私をまっすぐに見つめるその目が、聞かずに誤魔化したらいけないと語りかけている気がして、
「どうして、死にたいの?」
一度目を閉じて、開く。死ねないらしい彼女は、死にたい理由を語りだした。
「私は、知っての通り死ねません。死ねないというのも、正確には、致命傷を負った瞬間に正常に戻るのですが。」
「私の母も、私と一緒で不死身だったんです。見た目通りの年齢の私と違って、相当長く生きているようでした」
「私は、母が笑ったところを見たことがありませんでした」
「それどころか、怒ったところも、悲しんだところも」
「私がボロボロないた映画も、腹を抱えるほど笑ったコントも、母の表情を変えたことがありませんでした」
「私はそんな母を笑わせようといろいろしたこともありました。全部無駄でしたが」
「そんな生活をしていて、私が八歳の誕生日を迎えたその日に」
「母は死にました」
「どうやって死んだのかはわかりません」
「不死身には制限があるのか、死ぬ方法があるのか、それは分かりません」
「でも、母は死んだその瞬間に」
「初めて、笑ったんです」
「笑顔の母は、これまで見た誰よりも、どんなものよりも美しかった」
「そんな母を見て、私は死に強い好奇心を持ちました」
「何度か死んでみたのですが、あれ程の喜びを感じたことはありません」
「だから、私は死にたいんです」
「母のように、素晴らしい死を」
「母のように、美しい死を」
「私は迎えたい」
「昨日飛び降りたのは、言わば誤魔化しです」
「お腹が空いている時に水でごまかすように、ただの死で誤魔化すんです」
「ああ、さっきの質問に追加で答えます」
「飛び降り自殺は、したことがなかったので、昨日は試してみたんです」
「いつも通りの死でしたが」
「何の変哲もない死でも、私は少しだけ満足するので」
「質問の答えは、これで終わりです」
「それでは私からの質問です」
「どうして、誰かを殺したいって、思ったんですか?」
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